【32】勿論、それはあり得ない選択ですわ
何故か真新しいヒビやら半壊した壁やらが目立つ古びた屋敷。
そこには、この国随一の公爵令嬢に令息、安否不明だった伯爵令嬢、あと見知らぬ青年が数人と……何故か床に崩れ落ちている、自分を攫ったと思われる男。
――なにがどうなっているの……?
エミリアは絶賛困惑していた。なんとなく軽くなった身体に重い頭。突然の情報量に思考が追いつかない。
そもそも何故このメンツがこんなところに??確か自分は見知らぬところに連れてこられた筈……?
しかしその問題の人物は床で意気消沈している。何があったというのか。
ただ、一つわかることは――
「アリス……さま?」
目の前にいる、この方が助けに来てくれたのだということ。だってこんなにも安堵した表情をしているのだ。きっとたくさん心配をかけてしまったのだろう。申し訳ない気持ちと、自分などを迎えに来てくれた嬉しい気持ちと、複雑な心境になる。それは一粒の涙となってエミリアの頬を流れた。
「エミリア様?!」
突然涙を流したエミリアに、慌てるアリス。どこか痛いのか、いや怖かったのかそうだよね、とおろおろする彼女は珍しい。学院では毅然とした立派な公爵令嬢の、アリスの素の顔なのだろうか。
心が温かくなりながらも、徐々に思い出される記憶に表情は暗くなる。
「アリス様……申し訳、ございません。私のせいでこんなことに……!」
「エミリア様!私の所為なのです……!私が、我が家が皆様を巻き込んでしまったのです。本当に、申し訳ございません……!」
目を赤らめて言うラーナ。隣にいるよく似た青年も、ラーナを支えながら頭を下げた。
「エミリア様、まずはご無事で何よりです。よく、耐えてくださいましたね。迎えにくるのが遅くなってしまい申し訳ございません。
それとラーナ様ですが、そこにいる彼女の叔父上に操られていたのです。この度のことは全て彼が仕組んだこと。ただそれよりも今は少し面倒なことになっていまして……」
アリスは少し気まずそうに足元の珠の破片を見た。
「面倒なこと、ですか?」
「話せば長くなるのですが……今は時間がないので簡単にご説明します」
そう言って現状を簡潔に話すアリス。それを聞いたエミリアは驚き、真剣な表情になった。
「では、その魔物の大群をどうにかしなければならないのですね……」
「ええ。でも肝心の珠は割れてしまったので何か対策を考えないと」
二人が考え込んでいると「ねえ、」と声がかかる。声の主はソアンだった。
「その魔物達ってそもそもどうして突然ここに向かってるの?
公爵家のお嬢さんの力に惹かれてるって言ってたけど、そこのおじさんが変な珠使うまで魔物達は襲って来なかったわけだよね?」
確認の意味でアリスを見ながら言うソアンは、こくりと頷いたのを見てまた続ける。
「いくらなんでもそんな珠一つで魔物の群勢を操れるものなの?」
その問は赤目の青年二人に向けられていた。
「ふむ。この国の王都には長きに渡り魔物除けの結界が張られていてな。今となっては脆きものだが……。
その中には魔物にとって甘美な魔力を持つものが多数存在している。喉から手が出るほど欲しいソレは結界により手に入れることが出来ずにいた。
それが今、結界の外に出てきたものだから、尚のこと魔物達の衝動は抑えられないのだろう。その娘らはそれだけ魔物にとって得難いものなのだ」
そう言って赤い瞳がエミリアとアリスを見据えた。
「え?私もですか?!てっきり勘違いだったのかと……」
驚くのはエミリアだ。アリスのおまけくらいにしか思ってなかったのだろう。
当の本人に至っては先程レンから断片的に聞かされていたので、黙って考え込んでいる。
エミリアに関しては主人公なので納得だが、そんな設定があったとは。
「正確には、魔物を引き寄せているのはリーフィアの子の甘美な魔力で、お主の場合その器と魂が狙われている」
「えっと……?」
「お主の身体は魔物を操るのに相性の良い器だということだ。
ーーん?これも伝わらぬか。
ふむ……魔物がリーフィアの子の魔力を得て、お主の器を使えば、この世を牛耳れるだろう。こう言えばわかるか?
そしてその器の代用品が、あの珠だ。あれは魂の結晶。かつて魔の物たちを従えていた巫女の魂のかけらだ」
そう語るロウレンの言葉に、一同は言葉を失った。
アリスはいちいち母の姓のリーフィアの子と言われる方に違和感を感じていたが、全てが終わったら聞こうと思い、黙って聞いていた。
「しかしまあお主については、そこの愚かな男も気づかなかったようだがな。甘美な魔力の持ち主、力持つ者の一人と思ったのだろう。あの巫女の宝珠さえあれば魔物を呼び寄せた後操ることも可能だからな」
さも当然のように語る彼に対し、いち早く立ち直ったのはソアンだった。
「んーと、それってつまり。
さっきの珠の代わりにこっちのお嬢さんと公爵家のお嬢さんの魔力があったら魔物の群勢操れるってこと?」
「まあ、そういうことになるな。
……なるのだが、今ここは高魔力地帯となっている。このままでは、どのみち魔物がこの地へ向かってくるのは止められぬ」
薄く見えた希望の光がまた閉ざされる。
「で、でも!私とアリス様が力を合わせてどうにかなるということはありませんか??」
この状況でめげないエミリアは流石主人公といえる。無鉄砲に、というよりは心の底からそう信じているようだが。
アリスはゆっくりと息を吐くと、すっとロウレンに向き直った。
「ーー私の力を使って、この地の魔力を抑えることはできますか?」
その言葉に彼の赤い瞳はふと細められた。
ーーーー応。
「リーフィアの子よ、そなたは限界までその魔力を我に……この首飾りに注ぐのだ。そうして直ちにその耳飾りの魔法を完成させよ。さすればその甘美な匂いは隠されよう。
お主は、その首飾りをもってしてこの地の魔力を封印するのだ」
前半はアリスに、そして後半はエミリアに向かって言った。
「わ、私が封印をするのですか??」
「ちょっと待って。それでこの地の魔力を抑えたところで魔物達の勢いは止まるの?」
ソアンの言葉はもっともだ。高魔力地帯を抑えたところで魔物を避けられないのであれば意味がない。
「リーフィアの子の魔力を吸収し、その娘が封印の力を使えば、この首飾りは巫女の宝珠の代わりとなろう。魔物達を退けるくらいのことはできる。
宝珠がなくともその娘の器を使えば可能だが……それは娘の命を代償とする。お主らの意図する答えではないだろう」
漸く確信をついた言葉に、エミリアは青ざめた。エミリア自身が器となることは死を意味するのだ。無理もない。
「勿論、それはあり得ない選択ですわ」
すっと歩みでたアリスが真っ直ぐにロウレンを見た。そしてエミリアを安心させるように、にこりと笑みを向ける。
「アリス様……」
対処法が定まりつつある中、各々言いたいことを飲み込んだ。例えそれがどんなに危険でも、今は彼女達に掛けるしかないと理解していたからだ。
「レンーーと呼ばれているのだったな。都合が良い。まだ意識は保てるか」
赤い瞳が、未だに辛そうに頭をおさえているレンに向く。レンは頷くと、彼の言わんとすることが分かったのか、ロウレンとアリスの元へ近寄った。満足げに笑ったロウレンが彼に耳打ちする。その言葉に一瞬目を見張ったレンだったが、すぐに「分かった」と応えた。
「ロウレン様、」
アリスが小声でロウレンに話しかける。
「この首飾りは、その……今の私の魔力を限界まで注いだくらいでは壊れませんよね??」
アリスは今かなり魔力を消費しているので、残った分程度では大丈夫だと思いたい。が、前科ありだ。
何もかも彼に尋ねているのは忍びないが、分かるものなら教えを乞いたい。今度こそ、壊すわけにはいかない。
「問題ない。その為に我がいる。
ーーしかしお主も覚悟をすることだな。これをすることで今この時は凌げても、大きな渦は避けられまい」
ぼんやりとしたそのお告げのような物言いに、アリスはどこか吹っ切れたように笑う。
「元より承知の上です。少し前に人生最大のネタバレをくらいまして、自らの運命に向き合っている最中なのです」
「ほう?」
そんな取り繕わないアリスの表情を見て、ロウレンは興味深そうな顔をする。
「こちらには心強い味方がたくさんいますからね。私も負けてられません。来るべき日まで、抗ってみようと思います」
そう口にすると、アリスはエミリア達を見た。
今ある魔力を限界まで使えば自分は使い物にならないだろう。魔力とは生命力に等しく、一歩間違えばこの命はない。しかし限界まで注がなければ、恐らくこの策は成功しないのだろう。そのギリギリを見極めるのは至難の技だが、やるしかない。
「ーーエミリア様、あとはお願いします」
エミリアが意志の強い瞳で頷いたのを見ると、アリスはその首飾りに手をかけ、そっと首から外す。
次の瞬間、アリリエスの身体から金色の光が溢れ、その赤き首飾りへと流れた。
大気が揺れる。空気の波がアリスを中心として広がっていった。




