【31】なんでそれ割っちゃまずい雰囲気出してたの?
ぱりんて……ぱりんって割れちゃったよ?!え、どうしよう。思わずそのままの体勢で何か知っていそうなロウレンを見るアリス。
「すまぬ、遅かったか」
あっけらかんと言うロウレンは深刻そうではないのに、その場には結構まずいんじゃないかという空気が漂った。
「……まあどの道この娘を元に戻すには壊すより他ないからな。なに、気にするなて。なんとかなろう」
ひらひらと手を振って一同を宥めるロウレン。
「えっと?とりあえずその怪しげな珠からいろんな魔力が出てったみたいだけど。なにこれ?」
一人冷静に状況を観察するソアン。
「そういえば身体が軽くなった気がします……」
自身の手を見てそう告げるラファエル。横にいたラーナも同じ表情をしており、不思議そうに自分の掌を見つめていた。
「つまり、この珠にそこのお二人とそっちのお嬢さんとかの魔力が封じられてて、それが元に戻ったってことかな?魔物のおにーさん」
「お主よく見えているな。その通りだ」
感心したようにその赤い瞳でソアンを見る。
「それなら良いことなんじゃない?なんでそれ割っちゃまずい雰囲気出してたの?」
「そうだな、あの男が言っていたことを覚えているか。この娘らの力を使い、魔物を呼び寄せているとーー」
ーーーーそういえばそんなことも言っていた気がする。カルミア家の真相を聞いている間に記憶の端においやっていたが。
「ーー実際魔のモノを呼び寄せているのはそこの金の髪の娘の力に惹かれるものだが、魔物とは元来魔力の大きさに反応するもの。それが今この珠に長年封じられていた力の放出により、この地はここ一帯で最も高い魔力地帯となってしまった。それ故、その珠を使い魔のモノ達を止めることも制御することも出来なくなった」
淡々と事実を述べるロウレンに、改めて鬼気迫る状況を理解した一同は驚愕の色を浮かべる。
「ええ……私そんな大事なもの壊しちゃったの」
何か手を打てたかもしれないのに、と少し落ち込むアリス。でもまあエミリア様を救うにも壊さないといけなかったし、でも……とアリスにしては珍しく狼狽えていた。
「い、いえ!アリス様が触れる前に珠は割れてしまいましたから!アリス様がお気になさることは……!」
「そ、そうですよ!きっと叔父……いえ、ラウスに酷使され過ぎたのでしょう。貴女の所為ではありません」
あまりにも珍しいアリスに頑張ってフォローするラーナ達兄妹。わたわたと身振り手振りで表現しているあたり身体はだいぶ楽になったらしい。
「お主が触れる前に割れたのは、魔力を吸う珠の能力がその大きさに耐えきれんかったからだろう。無理もない」
どこか含みのある言い方に何人かがロウレンを見たが、気にせず言葉を続けた。
「お主、まだ魔力は残っているな」
赤い瞳がアリスを見る。何か策があるのだろう。アリスは俯きかけていた顔をしっかりと上げ、その赤い瞳を見つめ返した。
「ーーええ。私にできることはあるかしら」
「ならばよい。この娘の魔力も解放された。目を覚まさせるには我の実体化を解かねばならなぬ」
実体化を解くーーそれはエミリアからの魔力供給を止めるということだった。
「この娘に預けたこの首飾りを外し、お主がつけるのだ。我はまだ姿を失うわけにはいかないのでな」
「しかしそれではアリス様の魔力が……!」
ここに至るまで多量の魔力を消費しているだろうアリスを心配したラーナが声を上げる。
魔力を感知できるソアンも、その提案には渋い顔をしていた。
「あら、私なら大丈夫ですわ。この程度で根をあげるレイウェル公爵令嬢ではございませんの」
そう言って不敵な笑みを浮かべるアリス。
そうそう忘れかけていたけど私ラスボスだしね!こんな時こそ気丈に振る舞わないと。
しかしそんな毅然としたアリスのお陰で、一同の士気が高まったことなど本人は知る由もなかった。
「「「レイウェル……?」」」
なぜかその時いくつかの声が重なった。え、なんで?言ってなかったっけ??
「な……レ、レイウェルだと?!」
一族の過ちを知りその場に崩れていたラウスが息を吹き返したかのようにその言葉に反応した。その場には え、知らなかったの?という空気が漂う。
そんな中一歩前に進み出たのはラーナだった。
「この方はこの国でも随一の名家レイウェル公爵家のご令嬢、アリリエス・フォン・レイウェル様ですわ!」
あぁ、ここにもまたアリス信者が増えてしまった。オリオンはラーナの紹介を聞きながら、ふと思った。そして、こうして彼女は知らずのうちに味方を増やしていくのだろうなと内心で笑う。シリアスな状況なのであくまでもポーカーフェイスだ。
対して初めて知ったのだろうラウスは更に衝撃を受けた様子だった。いや、王族相手に暗殺計画してたの誰だよ。なんでここまできて公爵家の名に驚く。
「まあ、王族以外に喧嘩売ってる相手知らなかったのなら仕方ないよねぇ。だってこんなとこまで彼の有名な公爵家ご令嬢が乗り込んでくるなんて誰も思わないもん」
あっけらかんと言うのはソアン。その表情はどこか楽しげだ。知らずに飛び込んだ罠に気づいた敵の様子が滑稽なのだろう。
「レイウェル公爵家など、知らなかった……!私はただ、ラーナの側にあった魔力の反応と、この地でのあの光を見て……いやしかし何故レイウェル家がこんな……」
「え、なんでこの人レイウェルにこんな反応してるの……?」
アリスは思わずみんなの方を振り返る。しかし一同はなんとも言えない表情で返した。
「レイウェル家は王家に次ぐ名家だからな。仕方ないんじゃないか?一応そのご令嬢だし。うちのアスター家とはわけが違う」
そう冷静に返すのはオリオン。いやアスター家も公爵家だけどね?そう言いたいアリスだがここはぐっと堪えた。みんなの視線が痛い。
「レイウェルとは……ふむ。通りで懐かしい魔力がしたものだ」
赤い目を細めて楽しそうにアリスを見るロウレン。意味深なことを呟いている。
「しかしなんだ、お主はてっきりリーフィアの血筋だと思ったのだがな……」
顎に手を添えて考え込むロウレン。その小さな独り言に反応したのはアリスだった。
「リーフィア……?
母の旧家だけれど、あなた知ってるの?」
アリスの言葉に、目を丸くするロウレン。そしてさらに笑みを深めた。
「――やはりそうか。それならば納得のいくというもの」
どういうこと?と不思議そうな顔をするアリス。
「まあそう急ぐな。この場を収めてからでもそう遅くはなかろう」
「……そうね、早くエミリア様の目を覚まして、魔物の群勢を止めて、学院に帰らなければなりませんもの」
ふう、と一度深く息を吐くと、アリスはエミリアの首飾りに手をかけた。思ったよりすんなり外れたそれを、ゆっくりと自分の首にかける。
ぐわんと世界が揺れる感覚がした後、身体から力が抜けるかのように魔力が吸われるのが分かった。
え、これずっと着けてたエミリア様やばくない?さすが主人公エリーちゃん。
自分もラスボスとして有り余る魔力を持っているが、今回の騒動で魔力を使い続けている今、この吸引力は流石にこたえた。
「アリス様!お顔が真っ青です……っ」
心配そうなラーナに笑いかけるが、上手く出来なかったようでより心配させてしまった。
「それよりもエミリア様は……」
首飾りを取り外したことで自由になった彼女の身体はソアンにより支えられていた。そんなエミリアに近づいたロウレンは彼女の額に手をかざす。やわらかい光が浮かび、ゆっくりと消えていった。
すると、閉じられていた目蓋がゆっくりと開いていく。何も映していなかった瞳は光を取り戻したものの、情報量の多さに頭が追いつかない様子だった。無理もない。しかしぽかんとしながらも、ただ一つの方向を見て呟く。
「アリス……さま?」




