【30】それは違う!!
“ 父上を殺した ”? 叔父上が??
ラファエルの言葉に驚いたラーナは咄嗟に兄を見る。
「お父様はご病気だったのでは……?!」
「いいや。おそらくはラウスによる魔法で魔力を奪われ、憔悴したのち亡くなったんだ。私にしていたのと同様にな」
私はアリス殿達のお陰で助かったのだがーー。
そう続けるラファエル。あのままでは数日のうちに父親と同じ運命を辿っていたことだろう。
「兄上は我らを裏切ったのだ。王国側に寝返るなどと、一族の長たる者のすべきことではない。お前もだ、ラファエル」
そう言うラウスの瞳には怒りの色が滲んでいた。
それに呼応するように後ろで控えていたエミリアが一歩前に踏み出した。
「なぜ我らの悲願の邪魔をする?この国の王族は我らの力を恐れ、抑圧してきたのだ。このような辺境の地に追いやり、永遠に伯爵の地位へと押し留めた。“ 裏切りのカルミア家 ” というレッテルを貼ったのも奴らだ!「それは違う!!」」
ラウスの止まらぬ感情を遮ったラファエル。その顔は先程までの怒りの色はなく だだ、哀しみに溢れていた。
「ーーーー叔父上は知らないのです。我らの罪を。」
「我らの罪、だと?我らが一体何をしたというのだ……!こんなにも国を想い 国王、民の為と尽くしてきた我らを先に裏切ったのは奴らだ」
「いいえ」
静かに否定するラファエル。
「違うのです。先に約束を違えたのは我らの祖先です。もっとも、そのつもりなどなかったのでしょうが……。」
「……どういうことだ」
「これは当主のみに伝えられる真実。同じ過ちを繰り返さぬようーー父は亡くなる前、私に託しました。
祖先の過ちーーそれは魔物と交わったことです」
「なん……だと……?それは禁忌のはず……」
告げられた内容に、ラウスは信じられないのか狼狽えた。ラファエルは静かに続ける。
「その通りです。我が祖先は禁忌を犯したのです。それにより、魔物との戦いに利用され王国を窮地に追いやることなど、考えもしなかったことでしょう」
きっと彼らは信じていたのだ。自分たちが手を取り愛し合うことでこの争いは収まるのではないかと。人と魔物を繋ぐ架け橋になれるのではないかと。
ーーしかしそれは思い違いだった。
結ばれようとしていた魔物自体は良魔であったが、結果的に2人は双方に利用されてしまう。そして一枚も二枚も上手であった魔物側に味方する形となってしまった。それまで不可侵であった魔物の王国への侵入を許してしまったのである。
その後、カルミア家のある若者が王国軍に協力することで戦況は一転。結果として魔物を排除することはできたものの、その若者は戦死。以降王家の計らいで地位剥奪は免れるも、それ以上昇進できない位となった。
王国を裏切るつもりはなかったカルミア家だが、結果として大きな痛手を与えてしまう為、裏切りの家との噂が広まってしまったのである。
魔物と交わった話は極秘とされ、カルミア家一族でも当主とごく一部しか伝えられていなかった。
「そん……な……」
話を聞いたラウスは愕然とした表情で膝をついた。それが本当のことならば、自分のしていたことは一体なんだったのか。これではただの逆恨みの逆賊だ。
「そんな話……信じられるわけがない」
無意識に言葉を紡ぐ。そうだ、口から出まかせの可能性だって大いにある。むしろそんな大昔の話、証明できる筈もない。
明らかに余裕のなくなった頭で普段はしない思考をしていることに薄々気付きながらも、ラウスは止まらなかった。ーー否、止まれなかった。
「ーー全て誠のことよ」
突如その場に響き渡る声。あたりを見渡すと、いつのまにかエミリアのすぐ隣に見知らぬ青年が立っていた。アッシュグレーの長い髪を横に緩く流した赤い瞳のその人は、最初からいたと言わんばかりにその存在を主張した。
「ーーだ、だれ?」
誰の声だったか。しかしそれはその場の全員の声を代弁していた。
「ーーーーロウレン……」
そんな中、ぽつりと言葉を零したのは表情を歪め青年を凝視するレンだった。
その様子にもしかしてーーとアリスは数刻前を思い出す。
それはレンの協力を得る際、彼に聞いた願いだった。
『ここに助けたい奴がいる。だがおれの今の力ではどうすることもできない。ーーお前の力でそいつを解放したい』
あの時はそれしかないと了承したが、レンが言うからには彼と同類、つまりは魔物ということだろう。だからあの時彼はアリスがあっさりと信じたことに疑問を持ったのだろう。
まあアリスは既にレンを信用しているし、彼の仲間なのであればそれほど悪いヒトでもあるまいと考えていた。
その時、真っ赤な瞳がアリスを捉える。
「ーーほう、お主が……」
何か言いたげなロウレンはそのまま何も言わず少しの間アリスを観察するように眺めると、ふと面白そうに笑った。
「ーー???」
なんか笑われてる……?なんで?
思わずきょとんとするアリスにまたロウレンは笑いを深めた。そして流れるように視線を動かすと固まったままのレンを見やった。
「久しいのーー。お主は相変わらずだな。
ーー我に縛られずとも好きなところへ行けばいいものを……」
困ったように言う彼に、レンは小さく馬鹿野郎、と毒づいた。
「ーーなんだお前は、どこから出てきた?」
ラウスが困惑を隠せない表情のまま、睨みつける。
「我が名はロウレン。そこのカルミア家当主が話していた、人と交わった魔物とは我のことよ」
「「「「?!」」」」
いきなりの当事者発言に一同は動揺を隠せない。
「な……?!しかしそれは、何百年も前の話で……!」
長年語り継がれてきた話を受け継いだラファエルは思わず口にする。
「なに、魔物とは人よりも長生きなものでな。驚くこともなかろう?」
「し、しかし当時の争いで当人達も命を落としたとか……」
「ーーーー我も命を落とす筈だったのだ。しかし最愛の妻ライファが我に最期の魔法をかけたのだ。
我の傷を癒し生かす魔法を……」
どこか切なげな顔で遠くを見るロウレン。きっと彼の望むところではなかったのだろう。愛する妻に先立たれ、共に逝くことすら叶わない身体となってしまったのだ。
「しかしそれでも実体を持つことがなかなか出来なくてな。そこの者が思い違いをし行動を起こしても止める手立てがなかった。
ーーつい先日その者の策略により連れてこられたこの少女の魔力を借りて、なんとかこの姿を得たのだ」
そう言ってロウレンは虚ろな目のままのエミリアを見る。その首には青年の瞳と同じ真っ赤な色の石がついた首飾りがあった。おそらくはそれが魔力供給の役割を果たしているのだろう。
「まあそういうわけだ。先の話は誠のこと。我らの思いなど無いに等しく、我が同胞に利用されこの国の人々を脅かすこととなってしまったのは変えようの無い事実だ」
改めて、ラファエルの話を肯定するロウレン。
「なに、まだ信じられぬと言うのならお主に見せてやろう」
そう言うと彼はゆっくりとラウスに近づき、その頭に手を乗せた。抵抗するすべもなく、様々な記憶が流れ込む。
「あ……あぁ……やめてくれ、そんな……」
そうしてロウレンの手が離れる頃には、ラウスはその場に崩れていた。もはや絶望の色だけを残してーー。
そしてラウスが手にしていた透明の珠は床へと落ち、アリスの方へと転がっていく。
カルミア家の思わぬ事情に顔を歪めながらも、アリスは足元へと転がってきたそれに手を伸ばす。嫌な力を感じる……ラーナやエミリアを操っている源だろうか。
そしてアリスの指先が触れようとしたその瞬間ーー
「あ、ならぬ。それに触れてはーー」
ぱりんっ
「えっ」
ロウレンが言いかけたのも虚しく、その珠は粉々に割れてしまった。




