【29】流石だな、力持つ者よ
屋敷の奥へと進むと、地響きのような揺れがだんだん大きくなっていった。この扉の先に、魔力の渦がある。一行は大きな扉の前で立ち止まった。
「なん……だ、これ」
突然頭をおさえて苦痛に顔を歪めるレン。
「ーーーレン?」
「離れていろ。ーーーいやな音が……する。これは……おれ達を惹き寄せている……?」
いやな音??そんなものはアリスには聞こえなかった。しかし確かにレンはそれを感じていた。そしてふと何かに気づいたように、反射的にアリスをみる。
「おまえ……匂いがーーー」
レンからこぼれた言葉は小さく、またすぐに考え込んでしまった。
ーーー匂い。レンが言っていたことを思い出すアリス。まさか後回しにしていたことが裏目に出たのだろうか。え、そんなに重大なことだった??
「だめだ、このままではーーー」
レンの様子に困惑する一行。あと一歩のところで進めない。するとオリオンが静かにアリスの横に並んだ。
「アリス、彼は大丈夫なのか??
それにーーー聞くに聞けなかったが……彼は一体……?」
ーー何者なのか。
そう問いたくなるのは自然のことだろう。一人先を行ったアリスを追って来てみれば、見ず知らずの男と行動を共にしているのだ。そうでなくとも気にはなる。
アリスは頭を抱え込むレンを気にしながら、オリオンに向き合った。
「彼は……レン、と呼んでるわ。この領地の森で兵に見つかりそうになったところを助けて貰ったの。それに、ラファエル様を助けられたのもレンのお陰よ」
ところどころ端折って伝えるアリス。嘘は、言っていない。今ここで彼が魔物と伝えたところで混乱を招くだけだ。それは避けたい。
「彼は……そうね、少し特殊な体質だから、私たちに分からないことでも感じるのだと思う」
そうか、とその瞳に鋭さを残しながらも引いたオリオン。そんな二人の様子をちらりと見るソアン。彼はレンの気からなんとなく察してはいたが、アリスの様子に害がないと判断して黙認している。万が一があれば自分がいち早く動けばいい、ただそれだけのこと。
ーーーーそう思っていた。
するとレンがいきなり強い力でアリスの腕を掴んだ。その瞳は鋭く光っていた。
「耳飾りを……取り戻せ。間に合わなくなる」
「耳飾り?」
そういえば耳飾りがどうとか話していたのを思い出す。あまりの必死の形相に、思わずオリオンを振り返った。
「耳飾りって……アリスが置いて行ったあれのことか?」
そう言ってオリオンがソアンを見やる。探索時にソアンに渡していたはず。あぁ、と合致したソアンはしまっていたそれを取り出した。
「これ??」
「そうみたい。よかった持っていてくれて」
そして耳飾りがソアンからアリスに渡ろうとしたその時ーーー。
ドンッ!!!!
一層大きな揺れがアリス達を襲った。
あまりの揺れにその場に膝をつく。
耳飾りはーーーー未だソアンの手の中にあった。
「なん、だ、この気配……!」
突然のことに驚き目を見開くのはソアンであった。
彼はただならぬ数の気配を一瞬にして感じ取った。
それはこの国で、世界で、人間の敵と称される魔物のモノであった。
「ソアン??」
「あんた……!仲間を呼んだのか?!」
心配そうなオリオンを余所に、レンに向かって叫ぶソアン。彼にしては珍しく動揺している。そのただならぬ様子に一同は言葉をなくした。
「ーーーーおれじゃ、ない」
未だ苦痛に顔を歪めるレンは、冷静に答えた。
「その娘の、匂いに呼び寄せられているんだ。間に……合わなかった」
「レン、それって……」
二人の会話から状況を悟ったアリスがレンを見たその時。
「ーーー流石だな、力持つ者よ。」
いつの間にか開け放たれた扉から、透明の珠を持つ男が現れた。心底面白そうな、興味深そうな顔をアリスに向けている。
「ラウス……!」
怒りのこもった声でその名を叫ぶラファエル。
やはり、この男がーーー。
「ほう、生きておったか。我が可愛い甥よ」
にこりと笑ってそう言うラウスに、ラファエルの怒りは増すばかりであった。彼が置かれていた状況は悲惨なもので、とても血の繋がった血族に対する仕打ちではなかった。にもかかわらず、何が悪いと言わんばかりの微笑みに、この男の狂気を感じた。
「そんな目をするでない。そなた達には辛い思いをさせたな。しかしそれも今日までだ」
笑みを深めると、透明の珠をゆっくりと前に突き出す。するとラウスの後ろから1人の少女が歩み出た。
「エミリア様……!」
その姿は探し求めていた人であったが、光のない瞳に先刻のラーナを彷彿させた。
「この者はよい。これほどの力を有しているとは思わなかったが……期待以上だ」
ーーそれはそうだろう。だってその子主人公だもの。……なんて言えず、内心で顔をしかめる。
「なにより真の力持つ者をこの地に呼び寄せてくれた。ーーそこの、金の髪の娘よ」
んーー?思わず後ろを振り返る。しかしここに金の髪と呼べる物を持つのは一人しかいない。
「ーーわたし?」
「そなたも、我が悲願の為協力してもらおう」
恍惚とした表情でアリスに歩み寄るラウス。正直鳥肌ものだ。
咄嗟にオリオンとソアン、レンがアリスを背に庇う。
「邪魔立てするものは容赦せぬぞ。それに……もう遅い。この者と、そこの金の娘の蜜なる力により呼び覚まされた魔のモノ達はもうすぐそこまで来ている」
にやりと余裕の笑みを浮かべるラウス。信じてなるものかと疑っている味方に対し、苦い顔をして口を開いたのはソアンだった。
「……そのおっさんが言ってるのは本当だよ。物凄い数の魔物の魔力を感じる。たぶん、ここに向かっているんだと思う」
「ほう。少しは見れる者もいたか。その髪色……アルビスの一族か。それならば納得もいくというもの」
今度はソアンを見て面白そうに笑うラウス。
アルビスの一族……?彼が?? 咄嗟にソアンを見るアリス。
アルビスの一族といえば、少し変わった魔力を持つ一族で、真っ白な髪に青い瞳が特徴だ。彼らは魔力の希少性からその身を狙われることも多く、滅多に人前に姿を見せないと言われている。アリスも過去に会ったことは一度しかない。
「うるさいな。そんなことどうだっていいよ。僕らはあんたを止めに来たんだ、魔物なんか構ってられるか」
そう吐き捨てるように言うとその水色の瞳でラウスを睨んだ。有無を言わせぬその意気に黙り込むラウスだが、また面白そうに笑う。
「そう言っていられるのも今のうちだ。そなたの言った通り、魔物の進行はすでに始まっている」
「ラウス・フォン・カルミア、魔物を呼び寄せてどうするつもり?彼らがあなたに従うとは思えないけれど」
すっと前に出ると、アリリエスは真っ直ぐにラウスを見て言った。
「心配無用。そなた達の力をもってすれば造作もない。現にそこの黒髪の男も力の影響を受けているではないか」
黒髪の男。唯一該当するレンに目を向ける一同。その表情は未だ晴れない。彼は忌々しげにラウスを睨んでいた。
「その娘の影響で姿を得たようだがな。そのお陰で今は自我を保っているようなものよ」
アリスとソアン以外はよく分からないといった表情をする。この男、余計なことを……。
「だがまあそれも数刻の間だ。今に魔物の群勢が押し寄せれば自我など保てまい。そうなれば共に王都を襲撃するまで」
「王都襲撃……?!」
「謀反など馬鹿な真似はよせ!」
ラーナとラファエルが悲痛に顔を歪め、声をあげた。
「ーーーーなぜだ?」
ふいにラウスの表情が歪んだ。
「我らはここまで耐えた。あらぬ疑いをかけられ、裏切りのカルミア家などと囁かれ……我が一族は何百年も耐えてきた。それもこれも全てはこの王族の所為なのだ。奴らが我らを怖れ、陥れてきた元凶なのだ。奴らを殲滅せねば我らが日の光の下暮らすことは一生できない。」
「それは違う!」
すかさずラファエルが口を挟むも、ラウスは拒絶した。
「違わぬ!我が兄は腑抜けだった。あろうことか王族に対し忠誠を誓うなどと、腑抜けたことを言い出したのだ。我らの想いは、悲願はどうなる?我らを虐げてきた奴らを許すとでもいうのか?」
「ーーーーだから、殺したのか。父上を」
ラウスの冷笑が、その答えだった。




