【25】そんなに欲しいなら私のをあげるわ!
薄暗い通路をどれほど歩いたことか、その暗さからよく把握ができない。アリリエスは信じていないわけではないが、少しの不安を感じつつあった。
「ねえ、レン。この通路どこまで続いているの?」
「なんだ、疲れたのか」
「そういうわけじゃないけれど。少しエミリア様達が心配で」
そう言って長い睫毛をふせるアリスを横目に見たレンは、ふうと息をつきその歩みを止め天井を見た。
「ーーーーここだ」
「え??」
なんの変哲も無い壁が続いているように見えるアリスは はてと首をかしげた。
「何にも見当たらないけれど??」
「おれなら通れる」
そう言うとレンはアリスの側により腕を掴んだ。と思うが早く、上に向かって勢いよく地を蹴った。突然の浮遊感。
「っ?!?」
いやちょ、ぶつかる!?!!
アリスは襲いくるであろう衝撃に目を瞑った。
ーーーーのだが。
「おい、なにしてるんだ」
すぐ上から聞こえるレンの声に、自分の足で地を踏む感覚、それに少し肌寒い空気を感じ、ゆっくりとその瞳を開けた。
「「え……?」」
視界に広がる光景に驚くと同時に、おんなじような顔をしてこちらを見る瞳と目が合った。ついでにハモった。
「ーーーーーあなたは……」
地下牢のような薄暗いその部屋には、何処かで見たような蒼い瞳を持つブロンドヘアーの青年がいた。その痩せた白い身体には傷が目立ち、顔色も真っ青だった。
「よう、まだ生きてたな」
そう言って青年に近づくレン。しかし青年はレンのことを知らないらしく、警戒心を強めた。
「何者です。私のことを知っているのですか」
「ーーー知ってる。……お前が生まれるずっと前からな」
ぼそりと呟かれたレンの言葉に更に怪訝な顔をする青年。
「あぁいや、おれはお前が囚われた時から知ってる。お前には見えてなかっただろうがな」
「レン、囚われたって この方はもしかして……
ーーラーナ様のご家族なの?」
見覚えのある髪と瞳の色。どこか既視感を覚えるその外見と、この土地この状況。考えられることはおそらく……。
青年は一瞬の驚きののち、アリスの告げたその言葉にいち早く反応した。
「ラーナを知っているのですか?!」
がしゃん!!
青年が勢いよく動いた拍子に、腕やら足やらにつけられた錠が大きな音を立てて青年の動きを制した。
「っ」
苦しげな表情を浮かべる青年に近寄るアリス。痛々しげで重苦しい錠が存在感を増していた。外すことは出来ないかと、その錠に触れようとしたその時。
ぐらっ
一瞬視界が歪む感覚がして、アリスは一度手を離した。これは……。
「やめたほうがいいでしょう。これに触ると魔力が吸いとられる……」
力なく告げる青年に、アリスは表情を歪めた。彼は、いつからこんなことに……?
「ーーーー我が父もきっとこうして魔力を吸い尽くされたのでしょう。私がもっと早くに気づいていれば……」
「あなたは……」
「私は……ラファエル・フォン・カルミア。ラーナは私の妹です」
彼の口から告げられた名に、記憶を探るアリス。ラファエルといえば、今は亡きカルミア伯爵の名を引き継いだという若き当主だ。しかしそんな彼が何故こんなことにーー?
「それで、あなたはラーナを知っているのですか」
不安げに揺れる蒼い瞳をしっかりと見てアリスが答えた。
「はい。ラーナ様はアメリア学院でのご学友です」
「アメリアでの?あなたは一体……」
「私はアリリエス・フォン・レイウェルと申します」
「レイウェル公爵の……あなたが……?」
これでもないかというほど驚きに満ちたラファエルの顔を見てアリスは苦笑する。そりゃあ国でも一、二を争う血筋の令嬢がこんなところにいきなり姿を現せばそんな反応にもなるだろう。
現に次々と疑問が浮かび上がっているのが見てとれた。
「おい、そろそろ時間がない」
それまで黙っていたレンが口を挟む。おっといけない。必要なくだりではあるが少々時間がかかってしまった。
「と、いうわけです。詳しい話は後にしましょう。私も彼もあなたの敵ではありません。むしろラーナ様諸共助けに来ました。私の仲間もこちらに向かってます。以上、これだけはお伝えしておきますね」
そう言ってアリスは にこっと笑うと安心させるようにラファエルを見た。そしてもう一度その錠に手を伸ばす。
「だっ……だめです触れてはーーー」
「はいちょっとお静かに。レン、私の目的を果たすためには彼も必要だと判断してここへ連れて来たのね?」
ほぼ確認事項なそれにレンは何も答えない。
「なら早く助けて先を急ぐまでよ」
言い終わると同時にアリスはラファエルの錠を掴む。魔力が流れていく感覚がした。
ーーーだがそれが何だ。
「お生憎様!こちとら いらない特典(=ラスボス)で魔力に困ってないの。そんなに欲しいなら私のをあげるわ!」
魔力を吸われるのではなく、無理やり流し込むアリス。やがて金色の光が鎖を伝って上へと流れた。そしてそれは膨大な力に耐えきれなくなったのか、眩い光を放つと粉々に砕け散った。
「なっ……?!」
信じられない光景に驚きを隠せないラファエル。自分だってここから抜け出そうと何度も何度も試した。しかし、どれも上手くいかなかった。力も使い果たし、諦め掛けていた、それなのに。
この目の前の少女は、いとも簡単に自分を自由にしてしまった。彼女は一体……?
「っと……あとはその傷ね」
ふうと額の汗を拭うと、今度はラファエルに向かって手をかざした。エメラルドグリーンの淡い光が彼を包む。少しの間柔らかなそれに包まれていると、重い身体が徐々に軽くなり、小さな傷はすっかり塞がってしまった。
「ーーーその辺にしておけ。いくらお前でも力は尽きる」
レンに腕を掴まれたアリスは素直に魔法を解くと、すとんとその場に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
回復したラファエルが慌ててアリスに駆け寄る。
「大丈夫……少ししたら治りますから」
そういう彼女の顔色は少しばかり悪い。あれだけの魔力を使っては当たり前だろう。しかし少しすると彼女はレンの腕を借りて立ち上がった。
「……あなたのことは分かりました。それで、そちらの黒髪の方は一体……?」
「彼は……レンと呼んでます。この領地の森で会いました。彼にも目的があって、私に協力してくれています。敵ではありません」
そうきっぱりと告げるアリスをレンは黙って眺めた。
「そう……ですか」
「まあそういうことだ。動けるようになったのなら先に進むぞ」
「しかし……この部屋には幾重にも魔法がかけられているのです。一体どうやって」
ラファエルの言う通り、この部屋を探ってみると中から外への魔法が一切かけられないように厳重に縛られていた。こんな状況でよく命が持ったものだ。
「あーそれおれ関係ないから」
「レンあなたさっきもそう言ってたわね?」
どういうこと?というアリスの疑問を余所に、またもや問答無用で2人の腕を掴むと勢いよく地面を蹴った。
「「っ?!」」
アリスにとってはデジャブな二度目の浮遊感。きっとぶつからないのだろうことは理解していても身体は勝手に身構えてしまう。仕方ないことだ。
一方ラファエルはおそらく初めてなので、折角助かったのにもう一度死を感じたことだろう。あーめん。
何の衝撃もないことが分かると、2人はゆっくりと目を開けた。対して何もなかったかのように降り立つレンに、ジト目を向けるアリス。この男、少し説明というものが足りない。今更だが。
ーーー次にやる時はちゃんと伝えてからにしてね。
そう告げようとする前に、ガタッと音がして口をつぐむ。音の方を見ると、数人の兵士たちが一斉にこちらを向いているところだった。
「「「あ」」」




