【21】あなた追われているの?
「えーーーー」
アリスはぱちりと瞬きをした。ついでに目を擦ってみる。一体何が起きたというのか。
「あなたは……一体……」
アリリエスの目の前には真っ黒な髪に赤い瞳の青年(?)がいた。先程光の矢を放ったところ……なんかヤバそうな得体の知れないモノがいたところだ。どうやって撒こうか考えていたというのに、そんな緊迫した雰囲気は何処へやら。……なんというか拍子抜けだ。
「あ、ぶねぇ」
アリスの攻撃を間一髪避けたと思われるその人物は、先ほどの得体の知れない不気味さを一切感じさせなかった。いや、突然現れたのでアリスにとって不審者であることには違いないのだが。
なにやら自身の手や身体を見て目を丸くしていた青年は、ガン見されていたことに気づいたのか、アリスを視界に映した。そして瞬時にふわりとアリスの目の前へと降り立つ。
「ーーーーみつけた。美味そうな匂いするヤツ。」
……前言撤回。やっぱりヤバい奴だった。そして顔が近い。すかさず距離を取るアリス。
「あなたは誰?さっきのは何?」
「ーーーさっきの?」
アリスの問いかけになにやら考え込む青年。そしてふと思いついたようで。
「あぁ、お前おれのあの姿見えたのか」
納得納得、と一人解決した青年は「にしてもあぶねぇ」と文句を言ってきた。知らん。こっちは必至だ。
「まあいいや。とりあえずお前ついて来い。ここにいると面倒くせぇから」
そう言うと軽くアリスの腕を掴んだかと思いきや、物凄い力で引っ張られた。
「ちょっ……!私はあなたに付き合っている暇は……」
「別にお前の邪魔するつもりねぇよ。むしろやったれ。……だが今じゃない。」
何のことを言っているのか分からないが、訳ありな青年の言動に、大人しく従う他なかった。馬鹿力め。
青年に連れられ森の中を進んでいくと、いきなり茂みに突き飛ばされた。何をするんだと口にしかけた言葉を引っ込めるアリス。茂みのすぐ側を防具をつけた兵が通りかかったのだ。あの紋はどうやら王国の兵ではなさそうだ。あれかな、敵さんかな。
「ーーーいたか?」
「いや、光の跡はこの辺りだと思うんだが……」
「早く見つけて主様の元へ連れて行かねばヤツが……」
「そうだな、急ぐぞ」
兵たちはそんな会話をするとまた別の場所へと離れていった。しばらくすると茂みから引っ張り出されるアリス。さっきから扱いが雑だ。それにしても……
「あなた追われているの?」
「お前がな?」
「冗談よ。助けてくれたのね、ありがとう」
ふふっと笑ってお礼を言うアリスに、青年は 別にと答えるとまた森の中を進んだ。縦横無尽に進む彼について行くしかないアリス。こんなことしてる場合ではないのに、と焦りを感じつつも先程助けてくれたことを考えると無碍にできない。
時間としては 然程経ってないようだが焦っている時は時間が長く感じる。そうこうしていると青年の歩みが止まった。
「ーーーついたぞ」
「ここ??」
そこはまだ森の中で、目の前には大きな木があった。
一体どこだと思いながら青年の言葉を待つ。
「そこの幹の間から中に入れる。ここならお前のその匂いも隠せるだろう」
そう言う青年に続き、なんとも狭い幹の間に身体をねじ込ませた。なんとストイックな入口だ。まあこれなら先程の防具をつけた兵士など入れまい。
中へ入ると見た目よりも空間があいており、2人が立っても問題ない高さがあった。
「さっきからその……匂いってなんのこと??香水なんてつけてないのだけれど。」
アリスが眉を寄せて聞くと、青年はふと考え込んだ。
「お前ら人間は感じないだろうな」
「人間はって……まるであなたが違うみたいに言うのね」
きょとんとするアリスに大真面目な顔をする青年。
え、ちょっと待って何その顔。
「おれは人間じゃない。
ーーーーお前らの言うところの、魔物だ」
えーーーー。
アリスの目に驚きの色が浮かんだ。それを少し面白そうに眺める青年……いや、魔物。
えーと?魔物ってあの魔導師がよく討伐しましたとかって言ってるあの魔物?直接見るのは初めてだが、こんなにも人間くさいものなのだろうか。意外すぎる。
「言っておくがお前の想像しているのとは違う。魔物にも色々あるんだ。おれのような形を得られるモノと、そうでない異形なモノ。お前ら人間にちょっかいかけてるのは大体後者だな」
「あらそうなの。じゃああなたはやっぱり良いヒトなのね」
「それは知らん」
きっぱりと言う青年はやはりそんなに悪く見えない。先程の真っ黒な影の時の方が余程ヤバそうな雰囲気だった。
「だって今のあなた人と変わらないように見えるわ」
「ーーーそれはお前のチカラの影響だ」
あっけらかんと答える青年だが、またハテナを浮かべるアリス。そろそろそちらの常識が通じてないのを理解してほしい。そんなアリスのジト目が物語っていたのか、青年は次いで口を開いた。
「さっきお前が放った光の矢。直撃は避けたが……おれは それの余波を受けた。だからこの形に戻れた」
未だきょとんとするアリスに青年は ふと息をつくと、また続ける。
「おれはここの領主のせいで今の形を見失い、お前が最初に見たあの姿でこの森を彷徨っていた。
そこへお前が現れた。
お前の魔力はおれ達を惹きつける香りをしている。
それにつられてお前を見つけた。
そしてお前の放った光の矢の影響で、おれは姿を取り戻せた」
青年の丁寧な説明で、漸く理解しがたい内容が頭に入ってきた。そこまで聞いてアリスは思う。
「……私の魔力ってそんなに特殊なの」
「特殊だな」
間髪入れずに回答がくる。なにやら厄介そうな展開に、頭を抱えたくなるアリス。
「あぁでもそんなこと後よ あ・と!
私は探している人がいるの。一刻も早く助けなければ」
「ーーーだからお前をここへ連れてきた」
「どういうことーーー?」
青年はその場にしゃがみこむと足元を探り出す。
すると ガコッという音がして地下への階段が現れた。
「お前が探しているのはこの先だ」
どうして知っているのかと問いたげなアリスの瞳が青年を映す。
「数刻前に、この地のモノではない魔力を感じた。お前の匂いに近い魔力が一つと、この地のモノに近い魔力だ。それはこの先の、領主の家に向かった。ここはその地下へ通じる通路だ。」
正面から行くよりは近いだろう。そう続けた青年に今度は目を丸くするアリス。話を聞く限りその可能性は低くない。
「待って、領主の家って……ここは王都ではないの?」
もしかしてとは思っていたが必死に馬を走らせている間に王都を超えていたのだろうか。
「ーー違う。ここは…………」
続く答えにアリスはやはり、と納得してしまう。
彼はアリスの前に現れてからというもの、やけに親切だ。罠という可能性も捨てきれないが、何故だがそのどこか真剣な赤い瞳を見ると、罠だとは思えなくなる。
アリスは前を向くと、しっかりと赤い瞳を見据えた。
「ーーーーそれで、あなたは私に何を求めるの?」
まっすぐに赤い瞳を見て問えば、青年は少し面白いものを見るようにその瞳を細めた。そして口元がゆっくりと弧を描く。
◆
青年の願いを聞いたアリスはあっさりと了承した。
「お前、変わってんな。おれの話信じるのか。
……こっちとしては都合いいが」
「あら。信じない方がよかった?」
「そういう訳じゃないが……」
あっけらかんとするアリスに、少し呆れた表情を見せる青年。こう言っちゃなんだが、少しは疑え?そう思ってしまうのも仕方ない。
「なにより時間がないもの。それじゃあ交渉は成立ね。あなたは…………なんて呼んだらいいのかしら」
「ーーーー」
教えたくないのか、それとも名前などないのだろうか。青年はふとアリスを見て止まった。ふむ……魔物事情はよく知らないからなぁ。
「ないなら名無しの権兵衛って呼ぶわよ」
「ごん……?よく分からないが……遠慮しておく」
「冗談よ。あなたが教えてくれるまではそうね……
ーーーレンって呼ぶわ」
なんとなくイメージした名を伝えると、彼は目を逸らして小さな声で 好きにしろ、と呟いた。その答えに満足気に微笑むアリス。
「あぁそうそう、私のことも気が向いたら お前じゃなくて……アリスと呼んでくれると嬉しいわ」
ふわりと笑みを浮かべるとアリスは、青年……レンの後に続いて地下へと降りていった。




