【17】暇だわ
アリスが目をさましてから2日。
消費した魔力は完璧に回復はせず、未だ医務室にて療養していた。レイガー先生曰く、ラーナの治療にあたっていた際魔力が吸われていたのが原因でないかということである。
魔力不足の所為なのか若干ふらつくものの、日常生活は問題ないレベルである。その為アリスは非常に退屈していた。顔を出すのは腐れ縁ことオリオンか、殿下の従者ことシエル(忙しい殿下との伝言役に使われている)、あとはレイガー先生の3人くらいだ。
レイチェルも心配してくれているようだが、表向きは面会謝絶中なので会っていない。
アリスはこっそりベッドから降りると窓際の椅子に腰掛け窓の外を眺めた。
「…………暇だわ」
ぽつりと呟くアリス。勿論それに対する返事はない。
「だいぶ元気になったようだね」
ーーー返事は……なんで返ってくるんだ?
ホラーかな。暇すぎて幻聴が聞こえてきた。
ついでにくすりと笑う声がしてくる。どこか聞いたことのある落ち着いた声だ。
窓の外をぼーっと見ていたアリスは、そのすぐ側にある大きな木の枝の上に人影を見つける。アリスのいる二階くらいの高さのそこには、黒青色の髪に碧眼の青年がゆるりと座っていた。なんだか見覚えのある気がして きょとんと眺めるアリス。依然青年は楽しそうに笑っている。
「覚えていないのも無理はないよ。入学パーティーで少し話しただけだからね」
にこりと笑うその瞳。
ーーーあぁ、思い出した、あの時の。
第二王子が来る直前に話した人。
「私が周りから浮いているのを教えて下さった方ね」
漸く合致した、と一人すっきりしたアリスだが、青年は複雑そうに笑った。
「そんなつもりではなかったのだけれど。……まあ少し珍しく思ったのは事実かな」
「ふふ。よく言われます」
そう言って笑うと青年は優しげな瞳でアリスを見た。
「君はそのままでいいんだよ」
その言葉にアリスは一度きょとんとすると、その優しげな瞳に照れたように笑った。
「ありがとうございます。前もそう仰ってくださいましたね」
「本当にそう思っているからね。あぁそれと、そう畏まらないでくれると嬉しいな。歳もそんなに離れている訳ではないだろう?」
「それは……」
そうかもしれないが。あぁそうか、この青年は私が公爵家の令嬢だと知らないのかもしれない。だからあちらが年上だとしてもこんなに砕けた話し方なのか。
アリスはそう思うと自分の身分を伝えるのが惜しくなった。オリオン以外に珍しく普通に話せそうな相手なのだ。貴族のやりとりは慣れてはいるが時々面倒になる。
「……そうね。あなたが良いのであれば、そのお言葉に甘えようかしら」
「勿論。名前は……そうだね、ウィルと呼んでくれるかい?君はーーー」
「長いの。アリスでいいわ」
「アリス、ね。」
よろしく、と笑い合う二人は窓を挟んだ両側にいる。なんとも不思議な距離感だ。
「そういえば、どうしてそんなところに??」
きょとんとしながら聞くアリス。普通は木の上に登る人などそうそういない。ましてや手に本を持っているのでそこで読書でもしていたのだろう。
「誰にも邪魔されずゆっくり出来るし、なにより景色がいいからね。もう少し元気になったら来てごらん」
にこりと笑うと自分の隣をぽんぽん叩いた。
「ーーあなた私が仮にも女性と知って言ってるの?」
くすくすと笑うアリスは気分を害した様子はない。
止められはすれど、勧めてくる人がいるとは思っていなかった。木の上で読書など素敵すぎるではないか。
「あぁ失礼、でも君なら来れそうだと思って。勿論一緒にいる時だけだけど。」
一人で危ないことはさせられないよ、笑うウィル。本当に何故だか彼は始終楽しそうだ。
「あら、それなら安心ね。それに実のところ一度やってみたかったの。周りに止められて実行出来なかったのだけれど」
アリスがそう言うと彼はまた面白そうに笑った。そんなに可笑しいか。そうか。ーーってあれ??
「元気になったらって……あなた私が寝込んでいたこと知っていたの??」
一応、先日のラーナに関する事件とアリスの状態のことは学院の生徒には伏せてある。知っているのは関係者とあの日医務室にいた数人だけである。ウィルはどこで知ったのだろう?
「あぁそれね。だってそこ医務室だろう?そこで寝ていただろう人物が、何らかの原因で寝込んでいると考えるのは普通さ。それに一昨日くらいから眠り姫の様子が丁度見えたからね。
ーーーだいぶ顔色が良くなったようだから安心したよ」
「そう……だったの。お陰様ですっかりこの通りよ。
でもまだ外に出るのを許してもらえなくって、暇してたの。あなたがいてくれて良かったわ」
本音をもらすとウィルは笑った。お役に立てたのなら何より、と。なんだか会って2回目の感じがしない。気兼ねなく話せているからだろうか。
「ーーーーウィル、」
アリスが呼びかけたその時、ばたばたと人が駆けてくる音がした。そしてすぐにアリスのいる部屋の扉が開かれる。
「っ……ここにもか」
通常ならば女性の部屋をノック無しに開けるなど、無礼極まりないが、どうやら緊急事態のようだ。そんな無礼な犯人こと 珍しく焦った様子のレイガー先生は、アリスの部屋をきょろきょろ見回すと何やら呟いた。次いでアリスが起きていることに気づく。
「レイウェル嬢、起きていたんですね」
焦った様子は一瞬にして取り繕い、ほっと安堵の息をついた。うん、ばっちり見てたけどね。
「ええ、もうすっかり良くなりました。
ーーーそれで、一体どうされたのですか?」
そんなに慌てて。するとレイガー先生はなんと言っていいか考えているようで、少しの間ができる。
アリスはちらりと窓の外を見た。ウィルの姿はいつの間にか消えていた。ちょっぴり残念に思いながらもまた話せるかと考え、先生の言葉を待った。
本来ならば まだあなたに言うべきではないのですが。そう切り出した先生。
「ーーーーカトレット嬢と、カルミア嬢が行方知れずになりました」
ーーーーえ?




