【16】ごめんよ殿下。
ラーナを通して魔法を掛けていた人物ーー。
それは結局分からずじまいで、彼女の目覚めを待って話を聞くことになった。それを黙ったまま聞いていたアリス。
ラーナ様はあの時私たちのいるところまで来た……。ということはおそらく彼女は放たれた魔法を見て、自分の状況を見て、察したのだろう。自分を通して魔法を掛けた人物とその理由にーー。
殿下がラーナ様を犯人と決めつけずにいてくれて良かった。
アリス達には分からないからこそ、彼女を利用した人物を、真相を彼女の口から聞きたかったのだ。これでいい。それに、もう一つ分かったこともある。
「カルミア嬢の件は時を待つとして、私にはもう一つ分からないことがあるのだが……」
黙り込んだアリスを余所に、レオンが口を開いた。
ーーもう一つ、分からないこと??
一同の視線が彼に集まる。
「最初の頃、カトレット嬢が擬似魔物に対し魔法を出せなかった時のことだ。あの時から多くの魔力を持っていた彼女が、緊張などというもので魔法が使えないとも考えられなくてな」
あぁそれね。そういえば殿下不可解な点があるとか意見聞きたいとか言ってたっけか。
アリスはふとその時のことを思い返す。殿下の勘は正しい。が、それを公にするのはあまりよろしくない気がしたアリスは曖昧に頷いた。
「それも意図的な要因が働いた、と?」
レオンの言葉にオリオンが繋げる。
悩みだした彼らにアリスは内心困った顔をしつつ、表面上は平然と答えた。
「あら、それなら私にも経験がございますわ。心理的要因は魔法の創出を難しく致します。彼女初めての擬似魔物だったようですし……。
警戒することは大事なことですが、それもラーナ様が目覚められてから確かめてはいかがでしょう?」
アリスの意見はもっともだった。レオンにも覚えがあったようで、考えすぎたかと苦笑していた。
いや、当たっているのだけどね。ごめんよ殿下。
そうしてある程度の答え合わせが終わってスッキリしたのか、レオンは控えていたシエルを連れて部屋を後にした。くれぐれも無茶はしないようにと、ここでも釘を刺されたが。
「ーーいやあ、あなたにはまた助けて頂きましたね。」
突然の声に驚くオリオン。アリスは半ば呆れ顔を隠さずにいた。
困ったように笑いながら姿を見せたのはアドニス・ド・レイガーその人であった。どうしてここに、というかいつからそこに、という顔を隠せないオリオンに くすりと笑う先生。
「失礼、お見舞いに来たのですが出るタイミングを失ってしまいまして……」
どの口が物を言う。どうせ殿下が来る前からその辺にいたのだろう。アリスはこの人のことがだんだんと分かってきていた。
「ーーーリオンには教えておくけれど、殿下の勘は正しいわ。エミリア様の魔法を一時的に阻止してたのは彼よ」
今度はエミリアに驚きの顔を向けるオリオン。
「いやぁ、やはり気づかれていましたか」
あっけらかんと続けるアドニスに、アリスは面倒そうな顔をした。あぁほらオリオンが警戒をし始めてしまったじゃないか。
「一体どうして……」
「先生はあの時……ラーナ様を助ける時に言ってたわ。〝あなたを巻き込んだからには決着をつけないと〟って。巻き込んだ自覚がおありなのよ」
アリスはアドニスをちらりと見やると続けた。
「ーーエミリア様が擬似魔物と対峙する時、私は外から見ていたのだけど、そこで声が聞こえたの」
〝そんなに心配ならあなたも参加なさいますか?〟
と。あの時は警戒したが、すぐに記憶の端に追いやってしまっていた。
「あの声の後、エミリア様は魔法が使えなくて、私は咄嗟に魔法を発動してしまった。おそらく私が防がなくても寸前で止まっていたのだろうけれど。
ーーあのことがなければ私は魔導師コースへの特別参加などしていなかったし、今回の事件にも関わっていなかったわ」
途中でこのことに気づいたアリスは、アドニスが敵なのかと一瞬疑ったが、そうではないとすぐに分かった。ラーナを利用した者の狙いが殿下だったのであれば、アリリエスの存在は邪魔でしかないだろう。多大な魔力を持つアリスは強力な盾のようなものだ。わざわざ巻き込む必要もない。
それに最終的にはラーナを助けにきた。遅かったけれど!
「おおかた学院内に不穏な空気があったから私とエミリア様を使ってあぶり出そうとしたのでしょうけれど……」
「あなた方を巻き込んだことは申し訳なく思っています。お二人とも人並みならぬ魔力の持ち主であることに気づき、ついつい甘えてしまいました」
苦笑して続けたアドニスにアリスはただ肩をすくめ、オリオンはなんとも言えない顔をしていた。いっそ清々しいなこの人。
「とはいえ、ご令嬢お二人にここまで無茶をさせるつもりはなかったのですが……予想以上に動いてくださったもので。私も出遅れてしまいました」
私の失態です……と今度は申し訳なさそうに言うアドニスにオリオンは少しだけ同情した。アリリエスというカードを使うには細心の注意を払わねばこうなるのだ。できることなら使わないに越したことはない。
「先生の役割については存じ上げませんが、今回の件は私とエミリア様が独自で動いたことです。結果に関しては先生の所為ではございませんわ。」
ーー最初に巻き込まれたことについては忘れませんが。
そうにこりと笑うアリリエスに、またもアドニスは苦笑した。流石は国内随一の公爵令嬢。自分のケジメは自分でつけつつも相手に隙を与えていない。
アドニスは一度面白そうに笑うとアリスに対してまたきちんと謝罪した。
ーーー謝罪はいいが何故そんな嬉しそうなんだ。
解せぬ……。なんとも言えない顔で見るアリスであった。
「それはそうと、いつもなら今頃大騒ぎしている筈の方はいらっしゃらないのね」
ぽつりと素っ気なく呟くアリスにオリオンがふと見て笑った。
「なんだ、気になるのか?」
「そういうわけではないけれど……」
そう、前例通りであれば、アリスが目覚めたこのタイミングでドタバタと駆けつけるご令嬢がいるはずなのだ。それがないのでなんとも不思議な気分のアリスは思わず口に出してしまった。
「私もきちんとまだお礼をしていないので探してみましょう」
にこりと笑うアドニスに、若干の居心地悪さを感じながらアリスは頷いたのだった。




