【14】よく踏ん張りしたね
ラーナ・フォン・カルミア伯爵令嬢は、この事件に大きく関与していた。しかしアリスには未だに分からない点がある。それにあの魔法……。
ここで真相を知る前に彼女を死なせる訳にはいかなかった。
「アリス殿、彼女は一体……」
どうして突然倒れたのか。状況が理解できないでいる従者殿ことシエルはアリスに答えを求めた。無理もないだろう。先程のレオン王子の容態の悪さが、今度は後から来た少女へと移ったのだ。
「……彼女が魔法の入口となっていたようです」
「魔法の、入口……ですか?」
疑問が絶えないシエルだが、アリスはそこまで話している余裕もなく、淡々と回復魔法を施した。下手に曖昧な情報を与えては混乱を招くことは分かっている。せめて全て終わってから、彼女の口から真相を知りたい。
「アリス殿、顔色が……」
悪い、どころではなかった。今にも倒れそうな顔をしながら殿下に続き回復魔法を行なっているアリスに、心配の目が集まる。何も言えず集中しているとその視線は更に強くなっていた。
それにしても強い魔法だ。殿下にかけられた魔法をアリスとエミリアが跳ね返したのだから、その効力も倍増するのは仕方がないのかもしれない。……それにしてもだ。
アリスはラーナの右腕に集中する魔法の源に手を向けた。そこには先程までレオンの身体を覆っていた赤黒い模様が広がっている。このままこの模様が広がってしまえば彼女の命が危ない。
しかし先程の件で多くの魔力を消費したアリスに出来ることといえば、魔法の進行を留めることくらいだった。焦りはつのる。
ーーーどうしたら……
その時ふわりと銀色の魔法が辺りを包んだ。
それはなんとも暖かな光だった。
「よく踏ん張りましたね」
落ち着いた声に焦りが鎮まっていく。
あぁなんていうタイミングだろう。この人の存在すっかり忘れていた。それにしてもーーー
「遅い……」
思わず口に出てしまった声にその人は苦笑するとアリスの頭をぽんぽん撫でた。
「すみませんちょっと野暮用で。
ーーーさて、あなたを巻き込んだからには、きちんと決着をつけましょうか」
そのまま、魔法を食い止めていてください。そう続けたアドニス・ド・レイガーはラーナに向かって手をかざした。みるみるうちに銀色の光がラーナを包み込む。
この魔法はーーー封印魔法だ。
暖かな光が消える頃、ラーナの右腕に留められていた模様はその広がりをやめ、黒々とその色を刻み込んでいた。苦しげな表情も和らぎ、規則的な呼吸が聞こえ始めた。
「ーーー右腕は元には戻りませんが……これでもう命に別状はありません。後は回復を待つだけです。
さて、殿下の方は……カトレット嬢が回復魔法を施してくれているので直に目がさめるでしょう。」
にこりと笑うレイガー先生に周囲は漸く安堵の息をついた。
「そういう訳ですのでレイウェル嬢、もう魔法を止めて大丈夫ですよ。よく頑張りましたね。
カトレット嬢も、回復魔法はもう大丈夫です」
再びぽんと肩に手を置かれ、アリリエスは漸くラーナにかけていた魔法を止めた。いや、止めようとしたのだが。
「……止まらない?」
正確には、ラーナを蝕む魔法を食い止めていた分は止めているのだが、魔力自体がラーナへと流れ続けているのだ。魔力とは生命エネルギーそのものであり、この件で既にアリスは多大な魔力を消費をしている。このまま流れ続けるのは非常によろしくない。
「ーー吸われているのか」
ぼそりとアドニスが呟くと、ラーナからアリスの身体を引き離した。距離が離れた為か魔力の流出は幾分抑えられたようだが、未だに流れは止まらずにいた。
「魔法の影響ですね。レイウェル嬢、失礼します」
そう言うと今度はアリスに魔法をかけるレイガー先生。なんの魔法かは聞き取れなかったが、意識が遠のいていく感覚がするので、そういう魔法なのだろう。
「今はゆっくり眠ってください」
アリスはまだ意識を手放すつもりはなかったのだが仕方ない。殿下は、エミリアは、ラーナは大丈夫だろうか……。気にかかることは多いのに、何もできない自分が不甲斐なかった。
ーーそうしてアリリエスは倒れるようにして眠った。
◆
ゆらゆらと揺れる感覚。ゆりかごで眠るような、あのふわりとした懐かしい感覚がした。安心して、とても気持ちよく眠れるそんな感じだ。いろんな悩み事は忘れて、今はただこうして眠っていたかった。
アリスは微睡みの中で何かに気づく。
そっと頭を撫でる、暖かな手。
ーーーー?
気がつくとゆっくりと瞼を開けていた。
最初に目に飛び込んできたのは金色のさらりとした髪。それから、綺麗な碧眼と目が合った。
その瞳はアリリエスの不思議そうな顔を見てくすりと笑うとまた頭を撫で始めた。
「まだおやすみ」
落ち着く低めの声を聞いて、青年なのかと理解する。それ程までに綺麗な容姿をしていた。
ーーあなたはだあれ?
そう問いかけたいのにアリスの口は開いてくれなかった。ゆっくりゆっくり撫でられる感覚は まるで魔法のようで。暖かなそれはアリスを再び夢の世界へと誘おうとしていた。
どこかで会ったような気がする優しげな瞳……
また会えるかしら。
アリスは幸せそうに微笑むとゆっくりと瞼をおろした。




