本日も営業中
「それじゃあ由利香、元気でね」
「うん、mamもお父さんもお元気で」
翌日、駅まで送ると言った私に、来る時もタクシーだったから帰りもそうすると断られて、今はマンションの玄関でお見送りをしている。そう言えば両親がうちに来たとき私は夢の中だった。すみません、お父さん、mam。
「〈料亭紫水〉でお待ちしていますよ。秋さん」
「ありがとうございます。遠慮なくお邪魔します」
伊織はうちの両親のために、わざわざお店に連絡して予約を入れてくれていた。料亭などなかなか行けないだろうから、これは本当にありがたい。伊織さまさまだわ。
「またいらして下さい。いつでもお待ちしています」
「そうっすよー、なんなら帰る前にもう一回でも二回でも」
そんなふうに言う鞍馬くんや夏樹に笑いながら会釈して、両親はちょうどやってきたタクシーに乗り込んで駅へと向かったのだった。
「さあーて、僕も午後には帰らなきゃ。もうちょっといたかったなー」
大きく伸びをしながら伊織が言う。
「冬里もまたいつでもおいで」
めずらしく鞍馬くんがそんな事を言い出す。
「どうしたのシュウ?槍でも降ってくるんじゃない?」
「ここしばらく大変な経験ばかりだったから、人間が出来てきたんだよ」
と、伊織の失礼な言い方にも余裕の笑みで答えている。鞍馬くん変わったわね。でも、変わったのは鞍馬くんだけじゃなく、夏樹も『はるぶすと』も。私も少しは成長したかな。などと思いにふけっていると、
「そうだ、伊織。ちょっと和風ランチの事で相談があるんだけど」
と、いきなり夏樹が言い出した。
「うん?なに」
「珍しい食材が手に入ったんで、料理の仕方を教えてもらいたくって」
「いいよー。じゃあシュウ、ちょっと厨房借りるね」
「ああ、よろしく」
夏樹ってば、どんなときでも料理、料理ね。夏樹は伊織を伴って店へと向かった。
そのあと私は、あんまり良いお天気なのですぐに部屋に帰るのがもったいなくて、マンション前の川にかかる橋まで行って、きらきら光る川面を眺めてみた。すると、鞍馬くんも同じようにやってきて欄干にもたれかかる。
うちの両親は朝早いのが苦痛にならない人なので、まだずいぶん早い時間だ。時たま犬の散歩をする人以外は、だれも通らない。
「由利香さんは…」
そう言いかけて、鞍馬くんはふっと口をつぐむ。そして言葉を選ぶように思案していたが、
「由利香さんは、私たちの事を知ったのに何も聞いてこられませんね」
「おかしいかな?」
「ええ」
「あら、失礼な」
鞍馬くんはフフッと笑って、
「由利香さんのように好奇心旺盛な方なら、どんなことをしたり聞いたりするのだろうと、実は楽しみにしていたんです」
「ええーそうだったんだ。あ、だから伊織が私の記憶を呼び戻したとき、鞍馬くんがばれてもいいようにしてあるって言ってたのね」
「ああ、そんなことを言っていましたか。そうですね、響子さんがキーワードになるようにしてありましたので。まさか、あんなに早く会うことになるとは思っていませんでしたが…」
「響子さん?あっそうか、あの日響子さんに会ってから、なぜかどうしても思い出せないことがあるような気がして、気持ち悪くなって。それで伊織に連絡したのよね」
「なぜ冬里に?」
「《どうしても思い出せないことがあったら、聞きにおいでよね。》京都駅での伊織の捨て台詞」
鞍馬くんはまた可笑しそうに静かに笑う。
「冬里は由利香さんをいたく気に入っているようなので。本当なら京都にいる間に言いたかったのかもしれませんが、邪魔者がいたので」
「邪魔者って鞍馬くんの事?」
「どうやらそのようです」
私たちはまた顔を見合わせて笑い合った。
「でもね、会ってすぐに貴方たちが千年人だってわかったら、私もそれこそ嫌になるほど色々聞いただろうけど…」
「…」
「『はるぶすと』で一緒に働いたり、旅行へ行ったりして同じ時間を過ごすと。そうね、貴方たちは貴方たちだもん。変な言い方かな?なに人であろうとも、極端な言い方をすれば、宇宙人だったとしても。鞍馬くんは鞍馬くんで、夏樹は夏樹。そして伊織は伊織よ。今の私にはそれが一番大事。そして、私は貴方たちが大好き」
鞍馬くんは初めて出会った人を見るような目でしばらく私を見ていたが、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。そしてそのまま跪いて私の手を取ると、その甲にkissをしてくれたのだった。伊織が以前に言った言葉、手の甲にするkissは尊敬の気持ち。外国で遠い昔から過ごしてきた鞍馬くんにとっては当たり前の仕草なんだろうけど、私はなんだかすごく恥ずかしくなって、
「えーと、でも今後は、もういいってほど色々聞くかもよ。その時に損したーって思わないでね」
真っ赤になって言ったって効果はないんだけどね。鞍馬くんは心得ていますとばかり、いたずらっぽく微笑んだ。
と、その時、カラーンと勢いよく『はるぶすと』の扉が開いて、夏樹が飛び出してきた。
「シュウさん!あれ?シュウさんは?あっ、いた。助けて下さいよー、また伊織がー」
すると、そのあと出て来た伊織ががしっと夏樹の腕をつかんで、
「だーいじょうぶだよー、なにしてるの夏樹ー」
と、店に引っ張り込む。あーあ、夏樹ってばまた伊織に遊ばれてる。鞍馬くんはふうっと肩を落として、
「まったくあの二人は何をしているんだか…」
そう言って『はるぶすと』へ入っていったのだった。
そんないつもの光景に、わたしはなんだか嬉しくなって、両手を天に突き上げながら、「はるぶすと大好きー!」と叫んで散歩している人にびっくりされ、そそくさと部屋へ帰ったのだった。
いろんな事があるけれど、今日も『はるぶすと』は通常通り営業しております。




