樫村さんと国際電話
「つもる話があるだろうから、由利香は今日は部屋にいなよ」
伊織はそう言ってくれたが、親とはそんなにつもる話もない。顔をみてお互い元気そうならそれだけで充分よね。というわけで、お店が終わったあと両親の了解をとって、私は鞍馬くんの部屋に来ている。
だって!樫村さんと話できるのよ!そっちのほうがよっぽどつもる話があるわ。
母に教えてもらった番号に連絡すると、樫村さんは出なくて留守電になってしまった。
仕方がないので伝言を残して電話を切る。夏樹は目を輝かせて、私がかける電話に耳を当てていたが、出ないとわかるとガックリ肩を落として言った。
「ええー、なんで出ないんすかー」
「私に言われてもわからないわよ。仕事中なんじゃないの?えーっと、今、ロンドンは何時かしら…」
と時差を確認しようとしていると、いきなり電話が鳴り出した。
「きゃっ!なに?ああ、電話か…はい、もしもし」
「由利香、久しぶりだな」
「樫村さん!」
なんと、電話の相手は、たった今留守電だったはずの樫村さんだった。
「ハル兄~!」
相手が樫村さんだとわかったとたん、夏樹に電話を奪われていた。あんた!なにすんのよ!
「ハル兄、お久しぶりです!え、俺ッスよ。夏樹!なんでおまえがいるんだって?それは話せば長くなりますが…」
「ちょっと夏樹!電話返してよ!」
夏樹は相当嬉しいのだろう、私の声など耳に入らないご様子。すると鞍馬くんが、すっと夏樹から電話を取り上げてスピーカーボタンを押す。
「あ」
「こうすればみんなで話が出来るよ」
「さーすがシュウだねー」
「…その声、シュウと冬里、か?」
「はい。お久しぶりです、ハル」
「ハル~ひっさしぶり~」
樫村さんは何が何だかわからない様子。そりゃーそうよね、ここにいる四人が四人とも、樫村さんの知り合いだなんて、思ってもみなかっただろうから。
私たちは先を争って、樫村さんに今までのいきさつを話し出した。途中、話がごちゃごちゃになってくると、樫村さんはそこでみんなが話するのをいったん止め、鞍馬くんに整理して説明してもらったりしたので、なんとか理解は出来たようだ。
私が千年人の事まで知っているのを樫村さんは驚いた様子で聞いていたが、
「そうか…まあ由利香なら大丈夫だろう」
そう言って納得してくれた。なんだか樫村さんに言われるとすべて大丈夫な気がする。
そして、いよいよ肝心の話に入る。
「さっきも言ったように、私は今鞍馬くんと『はるぶすと』を経営しているんです」
「ああ」
「それで、父からイギリス行きの話について、よく相談するようにと言われて」
「それはもっともだろう。せっかく軌道に乗りかけた店をほうってまで、こちらに来ることはないからな。ただ、」と、少し笑ったような声になる。
「?」
「シュウと夏樹がいるなら、それだけで充分店はまわっているんだろうが…」
「樫村さんてば!」
「いえ、そんなことはありません。新しいメニューを考えるときに、由利香さんの感想やアイデアにヒントを貰うことが多々ありますから」
「そうっすよねー。それに由利香さんの試食は天下一品!」
夏樹がふざけてニシシと笑うから、私はパシッと頭をはたく。
「痛っ。由利香さん痛いッスよー」
「ふん!夏樹がふざけるからでしょ」
すると電話の向こうでそれを聞いていた樫村さんが、
「強くなったな、由利香」
と、言ってくれる。
「はい!」
私は嬉しくなって返事した。樫村さんにはずいぶん心配かけちゃったし、その後こんなに長く話をするのは久しぶりだから。
「とにかく、よく考えて、ちゃんと話し合って決めること。それから、由利香」
「はい」
「オレの電話番号をあとの三人にも教えておいてやれ。特に夏樹には。でないとおまえの電話を奪いそうだからな」
そう可笑しそうに言う。
「了解!夏樹良かったわねー。でも、昼夜かまわず電話しちゃ駄目よ」
「あたりまえです。俺だってそんなに馬鹿じゃないッスよ。ちゃんと時差とかも考えます」
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
この展開だと、私のイギリス行きはどうもなくなりそうだ。残念だな、いちど樫村さんと仕事がしてみたかった。でもまたチャンスはあるわよね。
それに今はなにより『はるぶすと』が大事だもの。
本当はそれぞれにもっと話したいことがあったのだけど、それはまた個々にと言うことで、樫村さんとの電話はそこでおしまいになった。考えてみると、これって国際電話なのよね。電話料金!すごいことになっているんじゃないかしら。あ、それで最初は出ずに、かけ直してくれたんだ樫村さん。そんな心遣いにも頭が下がる。
結局その日は両親への報告もあるので、樫村さんの番号をみんなに教えたあと、私は家へ帰らせてもらった。
リビングへ入るとすぐ母が聞いてきた。
「樫村さんとは連絡取れたの?」
「うん、ありがとう。とっても元気そうだったわ」
「それでどうするんだい?」と、父。
「まだちゃんと話し合った訳じゃないけど…。たぶん、イギリスへは行かないと思うわ、今は」
「今は、と言うことは、今後はあるかもしれない?」
「うーん、そう、かな。今は『はるぶすと』が軌道に乗りつつあるし、大事だし大好きだから。でもね、樫村さんとも仕事がしてみたいって言うのも本音」
「OK。じゃあお店がうまくいくまでもうしばらく、お母さんとラヴラヴ新婚気分でいるとしよう」
「そうねー。楽しんじゃいましょ」
はいはい、仲の良い両親を持って私は幸せだわ。
「あ、そう言えば今回京都にも行くんだけど、その話をしたら伊織くんがね、うちにも寄って下さいっておっしゃって。遠慮なく行って来るわね」
「わぁ、そうなの?〈料亭紫水〉のお料理すごく美味しいわよ。堪能してきてね」
いまさらつもる話もないかな、と思っていたけど、あらためて両親と向き合ってみるとけっこうあるものなんだ。
その日は三人で夜遅くまで四方山の話を語り合ったのだった。
* * *
☆春夏秋冬
「ハル兄、元気そうでしたね。ヘヘッ俺ちょっと浮かれすぎちまいましたけど」
「本当に。でも、夏樹はお屋敷を出てからハルに出会ったんだね」
「そうっすよー、シュウさんに捨てられてヤケになっていた俺を救ってくれたんです~」
秋は苦笑しながら夏樹を見て、そのあと頭をさげた。
「捨てたなんて思っていないよ。あの頃は私もまだまだだったんだね。悪かった、夏樹、あらためて謝るよ」
「え!いえいえ、今のは冗談」
夏樹は秋に謝られるとは思っていなかったのだろう。慌てた様子で手をぶんぶんと振る。
「シュウは夏樹ともう一人の子をなくすかもしれなかったんだもん、そりゃあ恐怖だったよね、夏樹も許してあげなよね。そのあとうちに来たときのシュウってば、すごかったんだから」
伊織はそんなふうに言って秋に睨まれながら、めずらしくふっとため息をついた。
「それにしても、見つけちゃったね(春夏秋冬を知る百年人)。…まさか由利香がその人だったなんて」
「ああ、でも知らずにいるよりは良かったよ。いきなり五人が集まってしまったら、どうなるかは、私たちにもはっきりしたことはわからないんだし」
「そうっすねー。(春夏秋冬とそれを知る百年人。揃い集まるとき、すべての秩序は春夏秋冬の夢となる)ですもんね。何にしてもハル兄が知ってくれて良かった。きっと一番いいタイミングで会わせてくれるだろうから」
秋たちの名前には期せずして四季がついている。春人・夏樹・秋・冬里。
そして、その四人を知っている由利香。
もうひとつ、夏樹が暗唱したとおり、千年人がこの世に現れたときから、誰に教わることもなく知っている言い伝え。
この時代のこの時期に何故その人が現れたのかは誰にもわからない…。そして何が起こるのかも。三人はしばらくそれぞれの思いにふけっていたが、ふと夏樹が気づいたように言った。
「由利香さん、どうするんすかねー。イギリスへいっちゃうのかなぁ」
「いや、今回は見送ると思うよ。夏樹もだろうけど、私も今由利香さんにいなくなられては困るしね」
「でも由利香がイギリスへ行かないなら、僕たちがハルに会いに行けるね」
「うわっそれいいっす!乗った!」
「夏樹、それこそ由利香さんに怒られるよ。そのあいだ誰がお店をやっていくの?ってね」
伊織と夏樹は思わず顔を見合わせて吹き出した。
「おっしゃるとおりで~す」
「まったく、恐ろしいお姉さまです」
今頃、由利香はくしゃみをしていることだろう。秋たちは「また私のよからぬ噂してるのね、あの三人」などと言っている由利香を思い浮かべて、もう一度可笑しそうに笑い合ったのだった。
* * *




