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昨日の僕はもういない  作者: 不可思議ラボ


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2/7

第2話 乗客が減るほど、僕は成功していった

午前7時42分。

僕はバス停の前にいた。

昨日の動画では

こう言っていた。

明日の朝

絶対にバスに乗るな。

だったら乗らなければいい。

それだけの話だ。

会社までは

歩いて四十分ほど。

タクシーでも行ける。

僕はバス停を離れた。

その瞬間だった。

スマホが震えた。

『まもなく到着します』

バス会社からの通知。

予約した覚えはない。

僕は無視して歩いた。

十メートル。

二十メートル。

交差点まで来たところで

足が止まった。

目の前を

一台のバスが通過した。

昨日と同じ路線だった。

でもおかしい。

会社へ向かう方向とは

逆を走っている。

なのに電光表示には

こう書かれていた。

『営業所前』

僕の会社がある停留所。

バスはそのまま

角を曲がって消えた。

スマホを見る。

午前7時58分。

あと五分。

昨日届いた通知には

午前8時03分とあった。

僕はタクシーを呼んだ。

三分後。

車が来た。

後部座席へ乗る。

「中央ビルまで」

運転手に告げる。

車が走り出した。

これなら大丈夫だ。

バスには乗っていない。

そう思った。

午前8時02分。

信号で車が止まった。

何気なく

窓の外を見る。

隣の車線に

バスが止まっていた。

あのバスだった。

車内を見る。

誰もいない。

運転手すら見えない。

空っぽのバス。

なのに

一番後ろの席だけ

誰かが座っていた。

僕だった。

息が止まった。

同じスーツ。

同じ鞄。

窓越しに

こちらを見ている。

「え……」

向こうの僕が

ゆっくり手を上げた。

そして

人差し指を一本立てた。

午前8時03分。

世界が白く光った。

目を閉じるな。

昨日の動画を思い出した。

僕は必死に

目を開け続けた。

光の中で

一瞬だけ見えた。

バスが一台ではない。

二台。

三台。

いや

何十台もあった。

同じ道路の上に

半透明のバスが

重なって走っている。

それぞれの車内に

人が乗っていた。

18人。

15人。

11人。

6人。

3人。

そして

僕だけのバス。

そのすべてが

一瞬で重なった。

次の瞬間。

光が消えた。

「お客さん?」

運転手の声。

僕は我に返った。

「大丈夫ですか?」

「あ……はい」

隣を見る。

バスはいなかった。

気のせいじゃない。

確かに見た。

いくつものバス。

そして

いくつもの世界。

会社へ到着した。

受付を通る。

昨日と同じように

社員たちが挨拶してくる。

「おはようございます」

「おはようございます」

でも

昨日より少し違った。

みんな

僕を見ると立ち上がる。

エレベーターへ向かう。

七階を押そうとして

指が止まった。

ボタンがない。

営業部は七階だった。

代わりに

最上階の十八階が

光っている。

押していない。

エレベーターは

勝手に上昇した。

十八階。

扉が開く。

見たことのないフロア。

床には絨毯。

大きな窓。

受付の女性が

僕を見て頭を下げた。

「おはようございます」

僕は恐る恐る聞いた。

「営業部って

七階ですよね?」

女性が笑った。

「何をおっしゃってるんですか」

嫌な予感がした。

「営業部は

去年なくなりましたよ」

「なくなった?」

「はい」

「じゃあ僕は?」

女性の表情が固まった。

「専務」

心臓が跳ねた。

「朝から

どうされたんですか?」

専務。

昨日は営業主任だった。

また変わっている。

僕はスマホを開いた。

社内サイト。

役員一覧。

そこに

僕の写真があった。

取締役専務。

年収。

2,800万円。

僕は笑いそうになった。

たった一日で

主任から専務。

昨日まで最下位だった僕が

会社の役員になっている。

ありえない。

でも

悪い気はしなかった。

むしろ

胸の奥が熱くなった。

もしかすると

あの光は

僕をより良い世界へ

運んでいるのかもしれない。

失敗した世界から

成功した世界へ。

だったら

昨日の動画の僕は

なぜ止めた?

自分の執務室へ入った。

広い。

昨日のマンションより

さらに豪華だった。

机の上には

僕の名前。

その隣に

一枚の写真がある。

昨日の美咲だった。

でも

写真が違う。

ウェディングドレス。

僕もタキシードを着ている。

結婚している。

スマホを見る。

美咲からメッセージ。

『今日は早く帰ってね』

その下に

もう一文。

『結衣も待ってるよ』

結衣?

写真フォルダを開く。

そこには

小さな女の子がいた。

僕と美咲の間で

笑っている。

娘までいる。

僕は写真を

しばらく見つめた。

昨日まで

恋人すらいなかった。

今日は妻と娘がいる。

仕事も成功している。

金もある。

家庭もある。

これは本当に

悪い世界なのか?

昼過ぎ。

会議が始まった。

役員たちが

僕の説明を待っている。

当然

何も分からない。

資料を見る。

知らない数字ばかり。

なのに不思議だった。

ページをめくると

言葉が勝手に浮かんだ。

「第三四半期についてですが」

口が動く。

数字の意味が

頭に入ってくる。

まるで

この世界の僕の記憶が

少しずつ流れ込んでくる。

会議が終わる。

社長が僕の肩を叩いた。

「さすがだな」

その瞬間

頭の中に映像が浮かんだ。

知らない会議室。

怒鳴っている僕。

泣いている社員。

机の上に

退職届が置かれている。

映像は

すぐに消えた。

「どうした?」

社長が聞く。

「いえ」

僕は笑った。

でも手には

汗をかいていた。

夕方。

昨日見つけた

古いスマホを確認する。

今日は鞄に入れてきた。

電源を入れる。

動画が増えていた。

昨日は一件。

今日は二件。

新しい動画の撮影日は

今日。

ありえない。

恐る恐る再生した。

また僕だった。

でも昨日の僕とは違う。

高級そうなスーツ。

背景は

この執務室だった。

つまり

今の世界の僕。

動画の僕が言った。

「目を閉じなかったな」

背筋が冷たくなる。

なぜ知っている?

「だったら見えたはずだ」

「重なっていたバスを」

僕は画面に近づいた。

「勘違いするな」

動画の僕が続ける。

「あれは過去じゃない」

「未来でもない」

一度

映像が乱れた。

「全部

今も存在している」

やはり。

パラレルワールド。

僕の考えは

間違っていなかった。

しかし

次の言葉で

身体が固まった。

「そして俺たちは

成功してるんじゃない」

動画の僕が

カメラへ近づいた。

「奪ってるんだ」

意味が分からない。

「何を?」

思わず画面に聞いた。

当然

返事はない。

動画の僕は続けた。

「光を見るたび

一つ上へ行く」

「その代わり

下の世界から

何かが一つ消える」

昨日聞いた言葉。

俺たちはもう

六人消えてる。

まさか。

その六人とは

バスの乗客なのか?

動画の僕が

最後に言った。

「明日の朝」

「絶対に会社へ行くな」

そこで動画が終わった。

また同じ警告。

今度は

バスではない。

会社へ行くな。

その瞬間

執務室の電話が鳴った。

受話器を取る。

「もしもし」

無言。

「もしもし?」

数秒後。

男の声がした。

「そこ俺の席なんだけど」

聞き覚えのある声。

僕だった。

「誰だ?」

電話の向こうで

僕の声が笑った。

「お前が来る前まで

専務だった人間だよ」

背中が冷たくなった。

「何を言ってる?」

「次はお前だから」

電話が切れた。

僕は立ち上がった。

その瞬間

机のパソコンが

勝手に点灯した。

画面には

社員名簿が表示されている。

僕の名前。

その横に

見たことのない項目。

『置換順位』

数字は

『2』

だった。

そして

その下。

『次回置換予定』

明日

午前8時03分。

僕は画面を見つめた。

すると数字が

一度だけ点滅した。

2。

1。

そして

画面が真っ暗になった。

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