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#089 「居場所を失う?」

 昼下がりの東都古苑。最後の見学地を終え、バスへ戻る道。石畳に差し込む光はやわらかいのに、その上を歩く足取りは、どこか重かった。

 六人のあいだに、言葉のない時間が流れる。ざわめきはある。人の気配もある。それでも、どこかだけが静かだった。


「……なんか、周りの視線が刺さるな」

 隼人が小声で言う。


「昨日よりずっと多い」

 要が、周囲を一度だけ見渡した。

「“特別クラス”ってだけで注目されてたのに、今は“噂の中心”だからね」

 遠くで、誰かの笑い声。すぐに途切れる。それだけで、意味が分かってしまう。


「……悪気がないのは分かってるんだけど」

 はるなが、少しだけ歩みを緩める。

「笑いながら“見てる”だけでも、ちょっと怖い」

 その声は、弱くはない。でも、確かに揺れていた。


 想太は、そっとその肩に手を添える。

「大丈夫。俺がいる」

 短い言葉。けれど、それは確かな支えだった。


「うん。でもね……」

 はるなが、ほんの少しだけ笑う。

「“普通の生徒”でいるって、難しいね」

 その言葉が、静かに残る。

  ――バスの中。

 ドアが閉まり、外のざわめきが遮断される。代わりに、低く滑るような駆動音が車内を満たす。窓の外の景色が、ゆっくりと流れていく。


 その中で、いちかがぽつりと口を開いた。

「ねぇ……私たちって、“守られてる”のかな」


「どういう意味?」

 美弥が顔を向ける。


「このバスにもSPが乗ってる。AIも全部、私たちを観察してる。それって、守られてるのか、監視されてるのか……」

 その問いは、軽くない。


 要が、静かに答える。

「どっちも、正しい」

 一拍、間を置く。

「だけど本来は“信頼されている”ってことの裏返しなんだ」


「信頼……」

 いちかが小さく繰り返す。

「じゃあ、今の“噂”も、その信頼が揺らいでるってこと?」


 その言葉に、空気が止まる。誰も、すぐには答えられない。流れていく景色だけが、静かに時間を進めていた。

  ――宿に戻る。

 廊下の先で、AI教師が待っていた。均一なディスプレイ。変わらない声。


「特別クラスの皆さん。本日のスケジュール変更をお知らせします。一般クラスとの交流プログラムは中止。夕食は別室にて」

 言葉は丁寧。けれど、その意味ははっきりしていた。


「……やっぱり、そうなるか」

 隼人が苦く笑う。

「“保護”のつもりなんだろうけどな」


「居場所を失ったみたい」

 はるなが、小さく言う。

「守られてるのに、閉じ込められてる感じ」

 その言葉に、誰もすぐには返せない。沈黙。


 その空気を、ゆっくりと破ったのは――美弥だった。

「……でも、それでもいいんじゃない?」

 全員の視線が集まる。

「居場所って、与えられるものじゃない。“自分で作る”ものだと思う」


 はるなが、その言葉を受け止める。

「美弥ちゃん……強いね」


「ううん」

 美弥は、少しだけ首を振る。

「昔の私なら、泣いてたかも。でも今は、あなたを見てると“立ちたい”って思える」

 その言葉は、まっすぐだった。


 いちかが、やさしく笑う。

「お姉ちゃん、やっぱり変わったね」

「あなたが支えてくれたからよ」

 二人の視線が重なるその瞬間、空気が少しだけほどけた。


  ――夜。

 部屋の中。カーテンの隙間から、外の光が差し込む。

 そこには、黒い車列。SPの護衛車が、静かに並んでいる。


「……なんか、映画みたいだな」

 隼人がぼそっと呟く。

「主演:俺たち」


 要が苦笑する。けれど、その言葉はどこか現実味を帯びていた。


 はるなは、その光景を見つめたまま言う。

「“ともり”……私は、どこにいても、ちゃんと笑えるように強くなりたい」

 静かな願い。すぐに、応答が返る。


【了解。あなたの“笑顔”は、観測対象から守秘扱いに変更しました】


 一瞬、全員が息を呑む。そして――ふっと、笑いがこぼれた。

「……今の、聞いた?」

「うん。“ともり”って、やっぱり優しい」

 その笑顔は、さっきまでとは違う。誰かに与えられたものじゃない。自分たちで、ここに作ったもの。


  ――久遠野から遠く離れた空の下で。六人は、小さな“居場所”を見つけていた。

 それは場所じゃない。関係の中に生まれるものだった。

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