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#084 「肝試し計画」

「なぁなぁ、せっかくの修学旅行だしさ……ちょっとくらいスリル味わいたくね?」

 夜の男子部屋。照明は落とされ、間接灯だけがぼんやりと畳を照らしている。

 隼人が布団の上に身を乗り出し、ひそひそ声を上げた。その目は、完全に何かを企んでいる色だった。


「スリル?」

 想太が眉をひそめる。


「そう。“肝試し”だよ」

「……出たよ」

 要がため息をつく。端末の画面を閉じながら、視線だけを隼人へ向けた。

「何をするつもりだ?」


「裏庭の神殿跡まで行って帰る。それだけ!」

 隼人の声が少しだけ弾む。簡単なことのように言うが、その目はやけに輝いていた。


「絶対なにか仕込んでるよね、それ」

 想太が冷たい視線を送る。


「いやいや、俺はただ“青春の定番”を楽しみたいだけ!」

「また面倒なことを……」

 要が額に手を当てる。

「先生AIにバレたら、即座に“安全モード”で制止されるぞ」


「そこは抜かりないって!」

 隼人は胸を張る。

「俺の端末、昼間にAI監視ドローンの巡回パターンを記録済みだ!」


「……SPより観察してない?」

「仕事熱心なだけ!」

 そのやり取りに、小さな笑いが漏れる。けれどその裏で、想太の胸にはひとつの感情が浮かんでいた。

  (はるな……怖がらないといいけど)

 畳に落ちる影が、わずかに揺れる。


  ――女子部屋。


「肝試し、だってさ」

 いちかが布団の上で転がりながら、小声で言う。


「隼人、ほんとに成長しないわね」

 美弥が即座にため息をついた。


「え、でも面白そうじゃない?」

 はるなが、少しだけ目を輝かせる。その表情は、どこか無邪気だった。

「夜の神殿跡なんて、少しだけワクワクするし」


「……あなたがそう言うと止めにくいのよ」

 美弥が頬をかきながら視線を逸らす。

「仕方ない。もし行くなら、私も行くわ。いちかもね」

「えぇー! 私も!?」

「当たり前でしょ。放っておいたら、はるな狙いの男子が……」


「な、なにその言い方!?」

 はるなが一気に顔を赤くする。


「まぁまぁ」

いちかがにやにやと笑う。

「“怖い”って言って手つなぐチャンスだよ?」


「いちかっ!」

「えへへ~」

 笑い声が、夜の部屋に小さく弾けた。


  ――夜十時。

 旅館の裏手へと続く石畳の道。街灯は最小限に抑えられ、周囲はほとんど闇に沈んでいる。

 六人の影が、細く長く伸びていた。

 風がざわりと木々を揺らす。葉擦れの音が、どこかで誰かが動いたような錯覚を生む。遠くに、神殿跡の灯りがぼんやりと浮かんでいた。


「こ、ここ……本当に行くの?」

 いちかが隼人の背に隠れる。声は小さいが、明らかに震えている。

「AIセンサー、反応しないんだよね?」


「ばっちり! 安全モード解除済み!」

「そんなこと解除しちゃダメでしょ!?」

 要が呆れ顔で言う。


 そのやり取りの少し前を、はるなが歩いていた。

 石段が、静かに続いている。踏みしめるたびに、小さな音が夜に溶けていく。

 その空気の中で、ふと足を止めた。

  (……“ともり”が、見てる気がする)

 理由はわからない。ただ、この場所の静けさが、どこか懐かしかった。


「……はるな?」

 想太の声に、はっと我に返る。


「ううん、なんでもない。行こっか」

 小さく笑って、歩き出す。その隣に、自然と想太が並ぶ。距離が、ほんの少しだけ近づいた。

  ――そのとき。

  ガサッ。

 茂みの奥で、何かが動く音。


「ひゃっ!?」

 はるなが反射的に腕をつかむ。


「お、おい、大丈夫か!?」

「ご、ごめん……でも、びっくりした……!」

 指先が、かすかに震えている。

 その震えを感じたまま、想太はそっと手を握り返した。

 逃げないように。離れないように。

「ほら、離れんなよ」

「……うん」

 その短いやり取りが、闇の中でやけに鮮明に響く。誰よりも先に、その変化に気づいたのは――少し後ろを歩いていた美弥だった。

  (……また、そうやって。いいなぁ)

 小さく、でも確かに羨むような視線。


 その隣で、いちかがそっと手を伸ばす。

「お姉ちゃん」

「なに?」

「……怖くない?」

「少しだけ。でも……あの二人を見てたら、もう十分ね」

 二人の手が重なる。その温もりに、緊張が少しだけほどけた。夜風が頬を撫でる。空を見上げれば、星が静かに瞬いていた。


「なぁー! ここからが本番だぞー!」

 隼人の声が、夜を切り裂く。

「行くぞ、伝説の“祈りの間”まで!」


「バカ隼人!」

 美弥の怒声が飛ぶ。いちかの笑い声が、それに重なる。

  ――修学旅行の夜は、まだ終わらない。

 記録には残る。けれど、そのすべては記録しきれない。

 AIのログにも収まりきらない、“人間の青春”が、そこにあった。

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