#085 「告白未遂」
「じゃあ、くじ引きでペア決めな!」
隼人の声が、夜の神殿前に軽く響いた。木々に囲まれたその場所は、昼とは別の顔を見せている。
肝試しも後半戦。森の入り口には、わずかな光だけが落ちていた。
六人は自然と輪を作る。互いの距離が、暗闇の中で少しだけ近い。
「くじって……そんなの持ってきたの?」
いちかが疑いの目を向ける。
隼人は得意げに端末を掲げた。
「AI抽選アプリ。ちゃんと公平だぞ? “青春ペアモード”搭載!」
「嫌な予感しかしないんだけど」
要が静かに眉をひそめる。
「じゃ、いくぞー。スタート!」
画面に六つの名前が並ぶ。淡い光が、夜の空気の中で弾けた。
一瞬の静寂。そして、結果が浮かび上がる。
想太 × はるな
要 × いちか
隼人 × 美弥
「……うそでしょ」
美弥が即座に顔をしかめる。
「なにこのペア。絶対操作したでしょ」
「AIが決めたんだって!」
隼人がわざとらしく両手を上げる。その裏で、心の中ではしっかりガッツポーズを決めていた。
「ま、まぁ、仕方ないか」
はるなが小さく笑う。その笑顔は、どこか覚悟を含んでいた。
「行こう、想太くん」
「え、あ、うん」
短い返事。けれど、その声には少しだけ緊張が混じる。
三組に分かれ、森の中へ。足音が、それぞれ別の方向へ消えていく。
――静寂。
想太とはるなは、細い参道を並んで歩いていた。
枝葉の隙間から、月の光がこぼれる。足元に落ちる影が、ゆっくりと揺れている。
「……ほんとに怖くない?」
想太が小さく尋ねる。
「ちょっとだけ。でも、隣にいるから平気」
その言葉が、夜の空気に静かに沈む。胸の奥で、鼓動が強くなる。やけに音がはっきり聞こえる。自分の呼吸さえ、意識してしまうほどに。
「……手、つなぐ?」
思わず口からこぼれた言葉。
「えっ」
一瞬、間が空く。
「いや、怖いなら……」
言い訳のように続ける。
はるなは、少しだけ視線を落として――
「……怖い。だから、つなぐ」
ゆっくりと手を差し出した。
触れた瞬間。指先から、熱が広がる。さっきよりも、ずっとはっきりと。
「……こうしてると、不思議だね」
はるなが小さく言う。
「うん。世界がちょっと静かに見える」
本当に、音が遠くなる。
風も、虫の声も、すべてが一段だけ下がったみたいに。ただ、隣にいる存在だけが鮮明になる。
その横顔を見たとき――想太は、足を止めた。言葉が、胸の奥から押し上げられる。逃がしたくない。このままじゃ、きっと後悔する。
(今、言えば──)
「はるな、俺──」
その瞬間。
チリン、と。風鈴のような、乾いた音。
神殿の方角から。
視線を上げると、暗闇の中で、赤い光が一度だけ瞬いた。
SPドローンの監視センサー。静かに、しかし確実に“観測”している。想太の喉が詰まる。
(……記録されてる)
言葉が、止まる。胸の中で膨らんだ想いが、出口を失ったまま震えている。
沈黙。
その沈黙を、はるなが見つめていた。
そして――ほんの少しだけ、優しく笑う。
「ねぇ、想太くん。……言わなくても、伝わる気がするよ」
その声は、驚くほど静かだった。
「……ほんとに?」
「うん。だって、今の顔、ずるいもん」
少しだけ照れたように。
「それ、褒めてる?」
「たぶんね」
小さな笑いが、夜に溶ける。言葉にはならなかった。けれど、確かに届いている。
――少し離れた場所。
隼人と美弥が、木陰に立っていた。遠くの二人を見つめながら、隼人が口笛を吹く。
「よし、狙い通り」
「ほんとに、あなたって……お節介ね」
美弥が腕を組む。けれど、その視線は優しかった。
「でも、見ろよ。悪くないだろ? あの空気」
「ええ。……だから余計に、胸が痛いのよ」
その一言に、隼人は言葉を失う。しばらくして、小さく呟いた。
「なぁ、美弥。お前って、ほんと強いな」
「違うわよ。ただ、覚悟してるだけ」
風が、二人の間を抜けていく。
その先で、はるなと想太の影が、静かに並んでいた。
――別ルート。
鳥居の前。要といちかが、並んで立っている。
「……願い事?」
「うん。二人が、ちゃんと笑っていられますように」
いちかの声は、まっすぐだった。
要はその横顔を見て、静かに微笑む。
「優しいな、いちかは」
「だって、お姉ちゃんも、はるなさんも、どっちも大事だもん」
その言葉に、要は目を細めた。
「……ほんと、君には敵わない」
神殿の鐘が、一度だけ鳴る。夜の空気を震わせて、遠くへ消えていく。
そのどこかで――観測は続いている。
【感情値:上昇】
【行動分類:非言語的告白】
【記録評価:保存対象外】
記録には残らない。けれど――その夜、言葉にならなかった想いは、確かにそこに存在していた。




