#082 「土産物屋の騒動」
午後の古苑は、昼下がりの柔らかな光に包まれていた。高くなった陽が、瓦屋根の縁を白く照らし、石畳には木漏れ日のような影がゆらゆらと揺れている。
観光路の両脇には土産物屋がずらりと並び、それぞれの店先で、人型接客AIたちがにぎやかに声を張り上げていた。
「おみやげいかがですか~? 本日限定の“再現まんじゅう”です!」
「歴史的価値ゼロ! でも味は満点です!」
軽快な呼び込みの声が、通りのあちこちで跳ねる。甘い香りがふわりと漂い、焼きたての生地の匂いが空気に混じっていた。
「AIが自虐してる……」
隼人が呆れたように笑う。屋台の前を通りながら、思わず足を止めかけた。
「この街、自由すぎない?」
「プログラムに“ユーモア”があるのよ」
美弥が肩をすくめる。視線は店先の表示パネルへ向けられていた。
「たぶん、観光促進データを学習した結果ね」
「お姉ちゃん詳しいねー」
いちかが興味津々で身を乗り出す。
「まぁね。観光AIの開発データも昔ちょっと見たことあるの」
そう言って、少しだけ誇らしげに微笑んだ。
そのやり取りの少し後ろで、はるなはひとり、ゆっくりと歩いていた。手には、小さな紙袋。まだほんのりと温かさが残っている。
(想太くん、甘いの好きだって言ってたし……)
胸の奥で、そっと言葉が転がる。それを誰にも気づかれないように、ほんの少しだけ足を速めた。
人の流れの中で、自然に距離を詰めていく。
その瞬間――
「おっ、はるな!」
想太が振り返る。互いの距離が予想よりも近かった。視線が合うと同時に、身体がぶつかりそうになる。
「わっ! ちょ、ちょっと……!」
「ご、ごめん!」
反射的に二人は離れる。
その拍子に、紙袋がふわりと宙に浮いた。時間が、ほんの一瞬だけゆっくりになる。
袋の口が開き、中からまんじゅうが転がり落ちた。
石畳に、ころり、と軽い音。
「きゃー! 貴重な“限定再現まんじゅう”がぁぁぁ!」
人型接客AIが大げさな顔文字を浮かべる。声だけは妙に本気だった。
「うう……ごめんなさい!」
はるなが慌ててしゃがみ込む。同時に、想太も手を伸ばした。
二人の手が――同じ包み紙の上で、ぴたりと重なる。
その瞬間。周囲の音が、すっと遠のいた。
人の声も、呼び込みの音も、まるで薄い膜の向こう側に行ったみたいに。触れた指先の感触だけが、やけに鮮明に残る。
「……あ」
「……えっと」
互いに顔を上げる。距離が近い。ほんの少し息を吸う音さえ、聞こえそうなほどに。頬が、じわりと熱を帯びていく。
その空気を――いちかの声が軽く破った。
「でた、恋愛ドラマあるある。」
「カメラ、カメラ~」
隼人がスマホを構えるふりをする。
すぐに、美弥の軽いツッコミが飛んだ。
「やめなさい。AI監視カメラがあるのよ?」
「バレたら公式記録に残るな……!」
「うわ、それはそれで恥ずかしい……!」
現実に引き戻されるように、はるながぱっと立ち上がる。
「もう! みんな意地悪!」
顔はまだ赤いまま。
人型接客AIが差し出した新しい袋を受け取りながら、一度だけ視線を逸らし、それから、意を決したように想太へ向き直る。
「……ありがと。これは、えっと……代わりに、あげる」
そっと差し出す。
「え、俺に?」
想太が戸惑う。
「う、うん。だって……落としたの、私だから」
「いや、でも……」
言いかけた言葉を、はるなが少しだけ強く遮った。
「いいの!」
一瞬だけ目を合わせる。そのあと、ほんの少しだけ柔らかく笑って――
「次は……落とさないでね」
その声は、さっきよりもずっと静かで、優しかった。
想太は言葉を失う。胸の奥に、さっきとは違う熱が残る。
少し離れたところで、いちかが小声で呟く。
「はるなさん、絶対わざとですよね……」
美弥が、くすっと笑う。
「かもね。でも、そういうのって可愛いじゃない」
通りの奥で、風鈴が小さく鳴った。涼やかな音が、午後の空気を揺らす。
その音に重なるように、6人の笑い声が広がる。
そしてその上空。屋根の影に溶け込むように、SPドローンが静かに旋回していた。
気づかれない距離で、しかし確実に見守る位置で。
――守るための観測。
その中で、彼らの時間は刻まれていく。笑って、照れて、また笑って。それが、久遠野から来た6人の“今”だった。




