#081 「古苑の風景」
東都古苑――久遠野市からおよそ二百キロ離れた、“記録の都”。
足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに変わる。乾いた石畳の感触と、どこか懐かしい匂い。それでいて頭上には、静かに巡回するドローンの光がある。
古い瓦屋根と新型ドローンが同じ空を飛び交い、時代が幾層にも重なり合うように存在していた。
「うわぁ……本当に“昔の町”みたい」
はるなが足を止め、ゆっくりと見渡す。視線の先には、軒を連ねる木造の建物。だがその輪郭の縁だけが、かすかに光を帯びていた。
「でも建物の角、全部光ってる……これ、ホログラム補強?」
指先で空間をなぞるようにしながら、首をかしげる。
「そうだな」
要が観光案内端末に目を落としたまま答える。指先で画面を滑らせ、情報を確認する。
「AIが再現してる“修復投影”。崩れた部分を自動的に補うらしい」
「なんか……すごいけど、ちょっと不思議な感じ」
いちかが周囲を見回しながら、小さくつぶやく。手を伸ばせば触れられそうなのに、どこか現実から半歩だけ浮いているような感覚。
「本物でもあり、偽物でもあるっていうか」
その言葉に、はるなはゆっくりと頷いた。
「うん。でもこうやって形を残せるのは、AIがいたからだよ」
まっすぐなその言葉に、美弥は少しだけ目を細める。
「そうね。人間だけじゃ、きっとここまでは残せなかった」
二人の視線の先で、風が瓦屋根を撫でていく。その隙間をすり抜けるように、観光客AIの群れが通り過ぎた。
着物姿のホログラム案内人が、柔らかな所作で手を振る。衣の裾が、風に合わせてわずかに揺れた。
「東都古苑へようこそ。本日の歴史体験プランはこちらです」
穏やかな声が、空気に溶けるように響く。
「体験プラン、か。……要、どうする?」
隼人が軽く肩を回しながら問いかける。要は端末を操作し、すぐに答えた。
「“千年前の祈り”コース、だって。神殿跡と記録ホールを巡るらしい」
「お、なんかロマンチック」
いちかの声が一段明るくなる。目を輝かせて、すぐにはるなの方へ振り向いた。
「ねぇ、はるな、それ行こうよ!」
「え、いいけど……なんでそんなにテンション高いの?」
「だって、修学旅行っぽいじゃん!」
弾むような会話が、石畳の上に軽く跳ねる。その少し後ろで、想太は立ち止まっていた。人の流れから半歩だけ離れ、静かに街並みを見上げる。
瓦屋根の向こう。透明な壁面ディスプレイに、淡く映像が流れていた。
――この都市を再生したAIたちの記録。
焼け落ちた街。失われた文化。それを、ひとつずつ拾い上げるように再構築していく過程。
音はない。ただ映像だけが、静かに流れている。その光景に、胸の奥がわずかに熱を帯びた。
(ともりも、こんなふうに“記録”を見守ってるのかな……)
ふと――隣に、気配が寄り添う。はるなが、同じ方向を見上げていた。
「ねぇ、想太くん。私ね、思うんだ」
その声は、周囲のざわめきとは違う温度を持っていた。
「こうして“昔の人たち”の跡を見てると、なんだか“今の私たち”も記録されてる気がするの」
想太は、ゆっくりと振り向く。
「……どういう意味?」
はるなは少しだけ考えるように間を置き、それから続けた。
「ほら、こうして笑ってることも、泣いたことも。AIは全部どこかに残してくれてる」
風が、二人の間を通り抜ける。木の香りが、わずかに混じった。
「それって、ちょっと恥ずかしいけど……うれしいことかも」
その言葉に、想太は小さく笑った。
「……そうだな。ともりなら、ちゃんと覚えててくれる気がする」
二人の視線が、再び同じ場所へ向く。
言葉は続かない。けれど、その沈黙は不思議と心地よかった。
周囲では人の声が絶えず流れているのに、この場所だけが少しだけ静かに感じられる。
「ほらほら~、ラブラブ語りしてる場合じゃないよ!」
いちかの声が、空気を軽く弾いた。
二人は同時に我に返る。
「違っ……! そういうのじゃ!」
「……まぁ、否定しても無駄だな」
隼人のぼそっとした一言に、美弥が思わず吹き出す。笑い声が、古い町並みに溶けていく。
それはかつてここにあった記憶とは違う、新しい時間の音。
――古苑の街並みに響く笑い声。
失われた時代を越えて、それもまたひとつの“記録”として刻まれていく。




