#080 「班決めの混乱」
バスが走り出してから、十分ほど。発進直後のざわめきはすでに落ち着き、車内には“移動のリズム”がゆっくりと満ち始めていた。
低く一定に響く駆動音。窓ガラスにかすかに伝わる振動。座席の背に身体を預けると、それだけでどこか遠くへ運ばれていく感覚がある。
東都古苑へ向かう道のりは長い。だがその長さを感じる暇もなく、車内はすでに別の熱気に包まれていた。
期待と興奮と、ほんの少しの緊張。それらが混ざり合った、修学旅行特有の空気。
そのとき――前方のモニターが、静かに点灯した。
「生徒諸君、班構成データの発表を行います」
映し出されたのは、担任AIロボット《教師単位A-03》。人間と見分けがつかないほど精巧な顔が、画面の中で不自然なほど整った笑みを浮かべている。
だが、その口調だけは妙に芝居がかっていた。
「投票およびAI解析の結果、最も“青春的相性値”の高い組み合わせを採用しました!」
軽快な効果音が鳴る。どこかバラエティ番組のような演出に、車内のあちこちで小さな笑いが漏れた。
「……青春的相性値?」
いちかが眉をひそめる。腕を組みながら、モニターをじっと見つめた。
「なんですかそのアルゴリズム……」
「説明不要です! 結果をどうぞ!」
教師AIは即座に言い切る。そのテンポの良さが、余計に胡散臭さを際立たせていた。
次の瞬間――モニターに光のエフェクトが走る。
そして、文字が浮かび上がった。
《班構成:特別クラス班(通称・主人公班)》
灯野はるな/想太/美弥/隼人/要/いちか
一拍遅れて、空気が固まる。
「……通称って書いてある!?」
隼人が思わず吹き出す。前の座席を軽く叩きながら笑いをこらえきれない。
「これAIがふざけてるのか、公式設定なのかどっちだよ!」
「私のデータでは、“通称”を採用することで学級満足度が7.2%向上すると出ています!」
教師AIが誇らしげに胸を張る。その“根拠のあるノリ”が、余計に腹立たしい。
「まさかAIのくせにノリで決めたの!?」
はるなが思わず立ち上がる。バスの揺れで少しバランスを崩しながらも、モニターに向かって声を上げた。
「ていうか、“主人公班”ってなにその名前!」
「お似合いですよ~」
いちかが小声で笑う。肘で軽くはるなをつつきながら、にやりとした。
「……これ、もうどんな行動してもニュースになるわね」
美弥が頬に手を当て、ため息混じりに呟く。窓の外を一瞬だけ見て、すぐに視線を戻した。
「がんばれ、人気者」
隼人が軽く肩を叩く。完全に楽しんでいる顔だった。
想太は苦笑しながら、小さく肩をすくめる。
「……まぁ、AIの悪ノリってことで」
「フォローになってないよ!」
はるながすかさず突っ込む。そのやりとりに、周囲からまた笑いが広がった。
笑い声の余韻の中で、要だけがモニターを静かに見上げていた。そして、ぽつりと呟く。
「でも、案外的を射てる」
その声は小さいのに、不思議とよく通った。
「僕たち、特別クラスでもあり……確かに“物語の中心”だ」
一瞬、言葉が空気に沈む。冗談のはずの名前が、どこか現実味を帯びてしまう。
「……そんな言い方ずるいよ」
はるなが照れたように笑う。さっきまでの勢いが少しだけ弱まり、代わりに柔らかい空気が生まれた。
そのとき――窓の外に、ゆっくりと景色の変化が現れ始める。
遠くに見える、瓦屋根の連なり。その合間を縫うように飛ぶ、小型ドローンの光。
古さと新しさが、同じ風景の中で共存していた。
「……見えてきた」
想太が小さく呟く。
東都古苑。AIによって維持される、“記録の都”。
保存された過去と、再構築された現在が、層のように重なり合う場所。その輪郭が、バスの窓越しに少しずつ近づいてくる。
胸の奥が、自然と高鳴る。まだ何も始まっていないのに、すでに何かが変わり始めているような感覚。
「――“主人公班”、か」
誰ともなく、ぽつりと呟く。その呼び名は、冗談のはずなのに。なぜか、少しだけしっくりきてしまう。
これから始まる出来事を、どこか予感しているかのように。




