#078 「大人への扉」
駅前に着くころには、夜はすっかり深まっていた。ホームへ続く階段の上から、電車の到着を知らせるアナウンスが微かに響いてくる。駅の灯りは明るいはずなのに、どこか静かで落ち着いた空気が漂っていた。
「じゃあ、ここで解散だな」
隼人が大きく伸びをしながら言う。
「今日は長い一日だったなー」
「ほんとだね」
いちかが笑う。
「でも、すごく楽しかった」
美弥も小さく頷いた。
「いい記録も撮れたし」
「お前そればっかりだな」
隼人が笑うと、いちかがくすっと声を漏らした。
要は静かに改札の方を見た。
「電車、もうすぐ来るみたいだ」
「じゃあ行くか」
隼人が先に階段を上がっていく。いちかがその後を追い、美弥も軽く手を振った。
「また明日」
「うん、また明日!」
改札の向こうへ三人の姿が消える。要は一度だけ振り返った。そして小さく頷く。
「気をつけて帰れ」
そう言って、彼も静かに改札の中へ消えていった。
――ふと気づく。
駅前に残っているのは、想太とはるなの二人だけだった。夜風がホームの階段を通り抜ける。
「……静かになったね」
はるなが小さく呟いた。
「うん」
想太も頷く。
さっきまでの賑やかな笑い声が、遠い出来事のように感じられる。少しだけ沈黙。けれど、その沈黙は不思議と心地よかった。
「今日は……すごい一日だったね」
はるなが空を見上げる。
「結婚式なんて初めてだったし」
「僕も」
想太は苦笑した。
「なんか……大人の世界を見た気がする」
「うん」
はるなが静かに頷く。
「でもさ」
少しだけ笑う。
「私たちは、まだこれからだよね」
その言葉に、想太も笑った。
「そうだな」
遠くで電車のブレーキ音が響く。ホームに入ってくる光が、階段の壁に反射して揺れた。
そのとき――駅前の街灯の影に、黒いスーツの男たちの姿があった。
久遠野市の特別警護隊。この街の重要人物や未来を担う者たちを守るために配置されたSPたちだった。
彼らは距離を保ちながら、静かに二人を見守っている。
「……若いな」
一人が小さく呟く。
「ええ」
もう一人が静かに頷いた。
「でも、それでいい」
二人はそれ以上言葉を交わさなかった。
ただ静かに、並んで立つ二人の背中を見守っていた。
――未来を守るように。
駅の発車ベルが鳴る。
「電車、来たね」
はるなが言う。
「うん」
想太は少し照れくさそうに笑った。
「……修学旅行、楽しみだな」
その言葉に、はるなも笑う。
「うん」
夜のホームに電車が滑り込んできた。
扉が開く。二人は並んで乗り込む。窓の外では、街の灯りがゆっくりと流れていく。
今日見た結婚式。大人たちの世界。そして、これから続く自分たちの未来。
まだ形は見えない。けれど――青春は、確かに前へ進んでいた。




