#076 「帰り道の静けさ」
二次会を終え、ホテルを出ると夜風が頬を撫でた。昼間の賑わいとはまるで別の街のように、通りは静かで落ち着いた空気に包まれている。
街灯の光がアスファルトに淡く落ち、夜の道をやわらかく照らしていた。
6人は並んで歩き出す。ヒールや革靴の足音が、静かな通りに小さく響いた。
「ふぅ……疲れたけど、なんだか胸がいっぱいだね」
はるなが深く息を吸い込み、夜の空気を感じる。
「大人の世界ってすごいな。話してることの半分も理解できなかったけど」
想太が苦笑すると、隼人が肩をすくめた。
「まあ、俺たちはまだ子どもだからな」
遠くから車の走る音が聞こえる。夜風に揺れる街路樹の葉が、ささやくように鳴った。アスファルトに響く足音が、不思議と心地よく感じられる。
だが――本当は“6人だけ”ではなかった。街灯の影の中に、さりげなく立つ人影がある。久遠家のSPたちだ。
彼らは距離を保ちながら、6人の後ろを静かに歩いていた。護衛の存在は目立たない。だが確実に、この夜道を見守っている。
「……気づいてる?」
要が小声で美弥に尋ねた。
「ええ」
美弥はカメラを抱き直し、落ち着いた声で答える。
「久遠家の人間なら当然のことよ」
二人の視線の先――交差点の向こうに、黒いスーツの影が控えめに立っていた。しかし他の4人は気づかないまま、無邪気に夜の散歩を楽しんでいる。
その無防備さが、逆に守られている証でもあった。
「でも……結婚って、いいものだね」
いちかがぽつりと呟く。
「そうだな」
要が真っ直ぐな声で答えた。
「二人で未来を歩むって、強い絆だ」
街灯の光に照らされた彼の横顔は、いつもより少し頼もしく見える。
「結婚、か……」
想太はその言葉を無意識に繰り返した。そして、隣を歩くはるなをちらりと見る。はるなもその視線に気づき、慌てて前を向いた。
「ま、まだ私たちには早いよね」
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
「おいおい、想太とはるなまで赤くなってどうするんだよ」
隼人が笑いながら茶化す。
「からかわないの」
美弥が即座に睨んだ。
「だって、雰囲気がさぁ」
隼人は頭をかき、苦笑する。
少しの沈黙が流れた。夜空には小さな星が瞬き、街の灯りと静かに溶け合っている。
「……でも、わかるな」
美弥がぽつりと呟いた。
「今日みたいな時間を見ると、未来を考えちゃう」
「うん……幸せそうだったもんね」
いちかが頷く。その声には、どこか憧れのような響きがあった。
想太はふと空を見上げる。そして小さく呟く。
「……俺も、いつかは」
その声は誰に聞かせるでもなく、夜風の中へ静かに溶けていった。
はるなはその言葉に気づき、一瞬だけ想太の横顔を見る。
「……そのときは」
少しだけ頬を赤らめて笑った。
「私も、ちゃんと祝ってあげるから」
「やれやれ……」
隼人が肩をすくめる。
「まだ子どもだと思っていたのに、急に大人ぶって」
「そういうお前も同じだ」
要が静かに返す。
その言葉に、皆が笑った。少し離れた場所で、SPたちがその様子を静かに見守っている。
彼らにとっても、この6人は守るべき存在だった。未来そのものと言ってもいい。
――帰り道の静けさ。
街灯の下に伸びる6人の影は、どこか少しだけ背が伸びたように見えた。未来をまだ知らない彼らの胸に、「結婚」という言葉だけが静かに残っていた。




