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灯野はるなは、名前を呼ばれ続けている(シリーズ3)  作者: 皆月 優
006_最終章「日常の終わりに」
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101/108

#101 「彼女の涙」

 放課後の校庭は、夕陽に包まれていた。低く傾いた光が、地面をやわらかく撫でていく。桜のつぼみが、ほのかに色づきはじめ、風に揺れるたび、小さな影が静かに踊った。

 校舎のスピーカーは、沈黙したままだった。いつもなら、どこかで流れているはずの声。その気配だけが消えて、世界の輪郭が、わずかにぼやけている。


 はるなは、ベンチに座っていた。両手を膝の上で握りしめたまま、ただ前を見ている。

「……“ともり”が消えたら、どうすればいいの?」

 その声は、かすかに震えていた。

「どうしたら……わたし、なにもできないよ……」

 言葉の途中で、息が詰まる。視界がにじみ、夕陽の光がぼやけていく。


 想太は、彼女の隣に腰を下ろした。何も言わず、しばらく同じ景色を見る。風が吹き抜ける。遠くで誰かの声がしたような気がして、すぐに消えた。

「……“ともり”は、まだどこかで動いてるよ。」

 想太の声は、低く、静かだった。


「でも、声がしない。ログも止まってる。……まるで、消えちゃったみたいで。」

 はるなは、両手で顔を覆った。指の隙間から、熱がこぼれる。

「わたし……ずっと、あの声に頼ってきたのに……」

 その言葉は、小さく、途切れた。


想太は、そっと手を伸ばす。彼女の手を包む。その指先は、驚くほど冷たく、わずかに震えていた。

「大丈夫。」

 短い言葉。けれど、その奥に揺るぎはなかった。

「俺が覚えてる。」

 ほんのわずかな間。

「……だから、大丈夫。」


 はるなが、ゆっくりと顔を上げる。涙に濡れた視界の中で、想太の姿がぼやけている。


「“ともり”が話してくれたこと。教えてくれたこと。」

 想太は、まっすぐに言った。

「全部、俺がちゃんと覚えてる。忘れない。」

 その言葉は、静かに、確かに届いた。

「だから――」

 一度、言葉を切る。

「どんなに静かになっても、俺たちは、もうひとりじゃない。」

 風が、ふたりの間を通り抜ける。桜のつぼみが揺れ、小さな影が足元で震えた。


 はるなは、胸の奥にあった痛みが、ゆっくりとほどけていくのを感じた。その温度に触れた瞬間。涙が、あふれた。

「……想太……」

 名前を呼ぶ声は、ほとんど音にならなかった。


 想太は、ただ彼女の肩に手を置く。

「泣いていいよ。」

 静かな声。

「俺が、ここにいるから。」


 はるなは、小さく頷いた。目を閉じる。夕陽が、ゆっくりと沈んでいく。ふたりの影が、長く、長く伸びる。校庭は静かで、風の音だけが、かすかに残っていた。


──


観測ログ:

記録停止中


非公式記録:

「俺が覚えてる。だから大丈夫。」

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