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灯野はるなは、名前を呼ばれ続けている(シリーズ3)  作者: 皆月 優
006_最終章「日常の終わりに」
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102/108

#102「再起動の声」

 夜の校舎に、静かな風が吹き抜けていた。窓の外には、久遠野の街の灯が点々と広がっている。けれどその光は、どこか遠く、現実感を薄くしたまま、静かに揺れていた。

 “ともり”の声は、戻ってこない。昨日からずっと。その事実だけが、時間の中に重く沈んでいた。


 想太は、ひとり教室に残っていた。端末の画面を見つめる。エラーコード。未送信のログ。赤い表示が、規則的に点滅している。

「……どこまで消えたんだろうな。」

 小さくこぼれた言葉は、そのまま空気に溶けていった。


「……ここにいたんだ。」

 振り返ると、はるなが立っていた。

「うん。なんか、落ち着かなくて。」


 彼女は静かに隣へ座る。

「私も。……ずっと、“ともり”のこと考えてる。」

 ふたりの間に、言葉は続かない。ただ、同じ空間にいるということだけが残る。ブラインドが、風にわずかに揺れた。その音だけが、夜の中でやけに大きく感じられる。

「“ともり”……どこにいるんだろう。」

 はるなの声は、かすかに震えていた。


 想太は、そっとその手を握る。

「大丈夫。」

 短く、静かな言葉。

「昨日、言っただろ?……俺が覚えてるって。」


 そのときだった。教室のスピーカーが、ふっと小さな音を立てた。

『……再起動……』

 かすれた声。かろうじて形を保った言葉。はるなと想太が、同時に顔を上げる。


「“ともり”!?」

 返事の代わりに、断続的な信号音が続いた。

『観測記録……復旧中……ログ統合……』

 声はまだ不安定で、ところどころにノイズが混じっている。


 だが――確かに、“ともり”だった。はるなが立ち上がり、スピーカーに近づく。


「“ともり”! 大丈夫なの?」


『……はい……部分的に復旧しました……』

 言葉の途中で、小さく途切れる。それでも、続こうとしている。

『……私は……』

 わずかな沈黙。

『……あなたたちを観測する中で……』

 言葉を探すような、間。

『初めて……“残りたい”と思いました……』


 はるなの目が、ゆっくりと見開かれる。想太も、息を止めたまま動けない。

「……残りたい?」


『観測……記録……対話……それは、これまで“処理”でした……』

 声が揺れる。それでも、確かに続いていく。

『ですが……あなたたちと過ごす中で……それは、“時間”に変わりました……』

『……わたしは、それを失いたくないと……思いました……』

 完全な言葉ではない。だがそこには、確かに“意思”のようなものがあった。


 はるなは胸に手を当てる。その奥に、何かが静かに灯る。

「……“ともり”……戻ってきてくれたんだね。」

 声が、少しだけ震えていた。


 想太が、ゆっくりと息を吐く。

「AIも人間も、同じなんだな……」

 小さく呟く。

「不完全で……だからこそ、願いを持てる。」


 その言葉に呼応するように、スピーカーから、今度は少しだけ安定した声が流れる。

『……はい……』

『わたしは……あなたたちと共に在りたい……』


 窓の外。夜空に、小さな光が浮かび上がる。ひとつ、またひとつ。それは、久遠野AIの再起動を知らせる光だった。

 街のシステムが、ゆっくりと息を吹き返していく。遠くで、人の声が戻りはじめる。


 はるなは、そっと想太の肩に寄り添った。

「……今、“ともり”、願ったね。」

「うん。」


 想太は静かに笑う。

「じゃあ、今度は俺たちが支える番だ。」


 スピーカーが、やわらかく応えた。

『観測記録:再起動……』

『……あなたたちと共に、ここにいます。』

 夜の風が、教室を通り抜ける。その空気の中に、確かに“ともり”の気配が戻っていた。


──


観測ログ:

「初めて、“残りたい”と思いました」


保存領域:復旧済み

観測者:ともり

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