吉野攻め
建武三年七月
地方の南朝勢力を叩き潰し、元軍は大陸に追い払い、尊氏嫡男の千寿王は出家させるなどして吉野攻めの前準備を全て終えた俺は、ついに南朝攻略の兵を挙げた。
この時代の騒乱は、元をただすと全て南北朝に行きつくんだよね。
北朝方の兄に不満を持つ弟が南朝に付いたり、北朝方の本家に不満を持つ分家が南朝に付くなど、言い出せばきりがない。
だから、俺は史実みたいに南北朝時代を長引かせず、さっさと終わらせることにしたのだ。
全く、内乱を起こしている暇があるなら、蝦夷地とか樺太とか南方の島々に植民して、日本人の居住地を増やせよって感じだよね。
吉野攻めには、俺と義助をはじめとする新田勢に加えて、播磨の赤松勢や高師直・佐々木道誉らが参加した。
ちなみに、南朝軍の総兵力は二千程度なので、総勢五万の兵で吉野攻めをすることにしたよ。
別に、その気になれば十万以上の兵を集めることも可能だが、今回は狭い山地に建物がひしめく天然の要害ともいえる吉野山を攻めるわけで、大軍の利を生かした戦法は取れないし敵も少数だから、兵数はあえて少なめにしたのだった。
あと、脇屋義治が奥州を平定したとの連絡があったので、念のためアイヌ兵を五千ほど吉野攻めに参加させるよう文を出しておいた。今回は怨霊相手の戦いだからな。アイヌ兵の参戦は、良い保険になるんじゃないかな。
建武三年七月十日
北朝軍は、かつて元弘の乱の際に二階堂道蘊(貞藤)が本陣を置いたという吉野山北西部の平地を占領して、吉野攻略のための本陣とした。
そして、吉野山に向かう道を全て封鎖した上で吉野山を包囲し、南朝方を兵糧攻めにするのだった。
(果たして、南朝は何時まで持ちこたえることができるかな。さっさと降伏してくれれば、楽でいいんだけどな)
俺は、吉野山を包囲しながらこんなことを思っていた。
◇三位内侍(阿野廉子)視点◇
おのれ、義貞。尊氏を倒すだけでなく、元軍すら日本から追い出してしまうとは・・・。
奴は、汚らわしい武家でありながら、聖徳を備える特別な存在で、この国の真の支配者とでもいうのか。
いや、そんなはずがない。
わらわこそ、聖徳を備えているから後醍醐帝の寵愛を受け、皇太子を産み、国母となったのではないか。
そうでしょう、玉藻の前様。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇玉藻の前視点◇
そろそろ、いくさを見るのも飽きて来たのう。
何か、変わったことは起きないかのう。
もっと、面白きものが見たいのじゃ。
そうじゃなあ・・・。廉子に儂の力を分け与えるのはどうじゃろうか。
廉子がその力で敵を蹴散らすのも良し。欲望の力に押しつぶされて自滅するさまを見るのも良し。廉子よ、もう少し儂を楽しませてくれよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
吉野山を完全包囲して一週間が経った。
何度か降伏を促す使者を送ってみたけど、南朝側は聞く耳持たずだったしな。
さて、この後南朝方はどうするんだろう。
軍事的敗北は明らかだし、どうやってこの劣勢を覆せばよいのか、良いやり方があるなら俺が知りたいね。
すると、吉野山の方から女の声が聞こえてきた。
「ホホホ、わらわは三位内侍阿野廉子。この国の国母であるぞ。わらわは、玉藻の前様から神の力を授かったのじゃ。義貞、見るがよい」
宙を浮く廉子には、何故かキツネ耳とキツネ尻尾が生えていた。
(萌えキャラか)
と思うが、一応緊迫した場面だからな。口に出すのは止めておいた。
一方、高師直は廉子をキラキラした目で見ていたよ。師直が未来に転生したら、ケモ耳ケモ尻尾好きのオタクになりそうだな。
まあそれは置いといて、廉子は南朝方で戦い、志半ばにして死んでいった人々を怨霊としてこの場に召還した。
日野資朝、日野俊基、楠木正成・正季兄弟、北畠顕家、足利尊氏、岩松経家たち怨霊軍団と後醍醐帝である。
うおっ、凄い圧力だ。
俺は、鬼切を手に取り退魔の力を放った。
「祓いたまえ、清めたまえ。顕現せよ、退魔の力。義興と宣子も退魔の力で皆を守れ」
「「はいっ」」
俺は、退魔の力で味方を守りつつ、廉子を攻撃するよう周囲に指示を出した。
「大砲を放て。廉子を撃ち落とせ」
「駄目です。足がすくんで動けません」
「師直はどうだ。動けるか?」
「廉子様から目が離せません」
くそっ、ある者は怨霊を恐れるあまり、また別な者は廉子に魅了されて動けなくなっているわけか。
(祟り神殿、大魔王の御出馬はどうなっているのか?)
『大魔王様は、玉藻の前との戦いに興味がないようじゃ。北朝と南朝のどちらにも味方せぬとおっしゃっておるわい』
(ちっ、大魔王の力は当てにできぬか。まあ、敵になるのを避けられただけ良しとするか)
怨霊のせいで大混乱する北朝軍。
一方、南朝側はその隙を突いて、兵糧や武器を吉野山に運び込んだ。
つまり、このまま吉野山を包囲し続けたところで、兵糧攻めは不可能ということか。
かといって、今の北朝軍では力攻めすら出来ぬ。
とりあえず、吉野山に大砲でも打ち込むか。
「お前ら、昼夜を分かたず吉野山に大砲を叩き込め。南朝軍を休ませるな」
「怨霊の祟りのことを考えると、手が動きません」
「ええい、俺自ら大砲を撃ってやる。・・・うっ、手が動かん」
何ということだ。これでは南朝軍に攻撃できぬではないか。
一度撤退するか?いや駄目だ。
南朝側は、明らかに千早城の戦い(1333年)の再現を目指している。
二千の南朝軍と五万の北朝軍が戦えば、北朝軍が勝って当たり前。
だから、このまま北朝軍が南朝軍を攻めあぐねて引き分けにでもなったりすれば、北朝側は事実上の敗北となり、征夷大将軍(つまり俺)の無能ぶりを日本中に知らしめることになってしまうのである。
将軍がだらしないということになれば、日本中のあらゆるところから火の手が上がり、日本は再び戦乱の世に戻ってしまう。
それだけは避けねばならないのだが、はてどうしたものか。
(祟り神殿、何か良い怨霊対策は無いものか?)
『あれほどの数の怨霊を、我だけで対処できるはずあるまい』
(つまり、お手上げということか)
『その通り』
くそー、どうにもならんではないか。
「うわー、また御キツネ様と怨霊軍団が出て来たぞ」
「なんと恐ろしいお姿だ。どうか祟りませんように」
「御キツネ様お美しい。一生付いていきます」
やべえ、放っておくと裏切者が出るかも。
「ご注進、ご注進」
「このクソ忙しい時に、何事だ」
「奥州より、脇屋義治様並びにアイヌ兵五千が到着されました」
「うん?アイヌ兵だと。義治とアイヌの将をこの場に連れてこい。大至急な」
「ははっ、承知しました」
「・・・・・」
「脇屋義治、将軍様のお召しにより参上仕りました。ここに控えるのは、アイヌの乙名マウタラケ・チョウサマ・ツキノエにございます」
「挨拶なんぞどうでも良い。アイヌの乙名とやら、あれを見てどう思う」
俺は、ケモ耳ケモ尻尾の阿野廉子と怨霊軍団を指さした。
アイヌの乙名どもは首をかしげながらこう言った。
「三十過ぎの女が何か喚いておるようですが、それが何か?」
「義治にはどう見える」
「動物の耳と尻尾を生やした若くて美しい女が、怨霊軍団を従えております。あまりの恐ろしさに、気を失いそうです」
「やはりそうだ。この時代の蝦夷地は日本に含まれない。すなわち蝦夷地は外国で、外国人であるアイヌ人に怨霊は通用しないということだ。マウタラケ・チョウサマ・ツキノエ、直ちにアイヌ兵を率いてあの女を捕らえよ」
「ははっ、承知いたしました」
アイヌ兵は、怨霊軍団などものともせず七曲り坂を登っていく。
アイヌ兵の出現に驚いた廉子は、アイヌ兵を迎え撃つために南朝軍を出撃させるが、絶対数が少ないので次々と討ち取られていった。
一方、俺は北朝軍を正気に戻すため、退魔の力を振るうことにした。
「祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ、退魔の力。義興と宣子と祟り神殿も頼む」
「「はい」」
『心得た』
北朝軍はまばゆい光に包まれ、その光が収まるのと同時に、皆は正気を取り戻した。
「あれっ、我らは何をしておったのじゃ」
「確か、我らは南朝軍と対峙していて・・・。うっ、その後の記憶がない」
「見てみよ。南朝軍と戦っている軍があるぞ」
「我らも打って出ねば」
「そうじゃ、そうじゃ」
北朝軍本隊も、七曲り坂を登り始めた。
こうなってしまっては、もはや南朝軍に打つ手はなく、廉子は残兵を引き連れて金峯山城に撤退するのだった。
その後を追うアイヌ兵と北朝軍本隊は、金峯山城を蟻の這い出る隙間も無いほど完全に包囲した。
ついにここまできたか。
阿野廉子と最後の決着をつけ、この日本から争いの火種を消し去ってみせよう。




