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元との和平交渉

元軍から和睦の使者がやって来た。

使者によると、元側は『日本から完全撤退するので、退路の安全を確保して欲しい』『尊氏は元軍で引き取る』『交渉は元軍の陣地内で行う』『元軍と北朝軍のトップ会談を望む』といった事を望んでいるとのこと。

「これは、明らかに罠ですぞ」

「将軍自らが元軍の陣地に足を運べば、その虜となるか、暗殺されるのが落ちですぞ」

(でもなあ、あのトクトがこんなあからさまな駄策を打つかなあ。やはり、あれを狙っているのか。だとすれば、俺自らが訪問する意味もあるんだよな)

ということで、俺の考える元側(主にトクト)の狙いと俺自らが敵陣に赴く効果について、周囲の者に説明することにした。

「ほう、元軍副将のトクトは、その様なことを考えておるのですか」

「たぶんな。後々賢相と讃えられるトクトであれば、俺を暗殺するような手は打たないと思うのだが・・・」

「確かに、殿の思うように元側が動くのであれば、尊氏も処分できて都合が良いのですが」

「とりあえず、今回はトクトの誘いに乗ろうと思う。もちろん死ぬつもりは無いが、俺に万一の事があったら、義顕を二代将軍にして弔い合戦をしてくれ」

「やはり危険すぎます。敵陣に行くのはおやめ下さい」

「きちんとした護衛も付けるし、なにより俺には神々の加護があるのだ。俺を殺すことなど誰も出来やしねえよ」

そういって、俺は退魔の力を皆に披露した。

「出でよ、障壁!!」

俺の周囲にバリアが展開され、家臣たちは弾き飛ばされた。

高師直は俺に近付き、コンコンとバリアを叩いた。

「ほう、これは固いですな。これなら、刀で殿に斬りかかることもできませんな。これが神々の加護ですか?」

「まあ、その様なものだ。俺は生まれつき御霊や怨霊の力を操ることができる(本当は前世で退魔師をやっていたから)ようでな、守護神(祟り神の新田義貞)も憑いているし、さらに鬼切の太刀が俺の力を何倍にも増幅してくれるのだ(ついでに、前世で就職氷河期世代の怨念を一身に受けたからさらに力が強まっている)。俺が望めば、ネズミを用いて敵陣に毒をばら撒くこともできるし、以前義顕(義貞嫡男)や(世尊寺)尹子殿の例で見せた通り、毒の浄化や病を癒すこともできるぞ。怨霊や御霊の力はいい加減なものだから、強い思いさえあれば誰でも力を振るえるはずだ」

「ふむ、そういうことですか・・・」と考え込む師直。

一方、他の家臣たちは「ここまでおっしゃるのであれば、もはやお止めしません。無事に戻られることを祈っております。ところで、今さら尊氏の命を救おうなどと思っていないでしょうね」と、義貞に詰め寄った。

「えっ、駄目なの?尊氏や千寿王の身柄は元軍に引き取ってもらうんじゃだめなのか。それに、尊氏の持つ軍事的才能は殺すには惜しいだろうが」

「駄目です。特に、武家は殺せるときに殺さないと、後々どのような災いが降りかかるか、知れたものではありません。清盛公に命を救われた頼朝公が何をしたのか、誰でも知っていることでしょう」

「ああ、分かったよ・・・。(どうすれば尊氏を仲間にできるかなあ。尊氏に兵を任せて、琉球や台湾・オーストラリアを征服させたいなあ)」

義貞の様子から不安を感じた家臣たちは、護衛の佐助を呼んで部屋の隅でゴニョゴニョと密談をしていた。「佐助、ちょっとこっちに来い。ごにょごにょ・・・」

話かわって、皆に納得してもらったと思い込んだ俺は、護衛役の忍びを多数引き連れて敵陣へと向かうのだった。


◇足利尊氏視点◇

この状況で敵陣に自ら赴くとは。

義貞は馬鹿なのか?それとも、何か狙いがあってのことなのか。

もしかして、元軍と義貞の間ですでに交渉がまとまっていたりするのか。

例えば、余の首と引き換えに元軍は安全な退路を得るとか・・・。

疑い出すとキリがないが、義貞を殺す機会はこれが最後と言えよう。

ここは、余計なことを考えず、義貞暗殺に集中するより如くはなし。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


俺が元軍の陣地に到着すると、ひときわ立派なゲルに案内された。

中に入ると、中年男性と二十歳前後の青年、さらに尊氏と数名の護衛が俺を待ち構えていた。

まずは、マジャルタイと思われる中年男性が口を開いた。

「わしが、元軍総大将マジャルタイである。義貞殿、よくぞ我が陣まで参られた。これで日元間の和平が成立すること間違いなしであろう」

通訳が、マジャルタイの発言を日本語に訳して俺に伝えようとするが、俺はそれを断って、モンゴル語で直接マジャルタイたちに話しかけた。

そう、つい忘れがちだが、俺は就職氷河期世代の持つ全知識を自身の物としているから、モンゴル語も当然話せるのである。

「マジャルタイ殿、そして隣の青年は元軍副将トクト殿ですかな?お初にお目にかかる。日本国征夷大将軍新田義貞だ。和平交渉は、日本としても望むところである。こちらとしては、この場で和平の成立並びに日元間の相互不可侵条約の締結を提案する」

「ほう、日本にモンゴル語を話せる者がいるとは思わなかった。しかも、その話者が征夷大将軍とは、度肝を抜かれましたぞ。まあ、それはともかくとして、条約締結についてはこの場で回答することなどできませぬぞ」

「いいや、条約締結までまとめることも可能ではないでしょうか。なぜなら、日本から引き上げたトクト殿とマジャルタイ殿は、このまま兵を率いて大都に攻め込み、バヤン(大元国右丞相)を殺害して権力を奪うから・・・」

「義貞、お前は余だけでなく、マジャルタイ・トクト親子にも政変を唆すのか。マジャルタイ殿、トクト殿、こやつは日本だけでなく大元国にも破壊と混乱をもたらそうとする大罪人です。直ちに斬り捨てましょう」

俺を斬ろうと刀の柄を握る尊氏であったが、トクトは尊氏の行動を制止し、俺に向かってこう尋ねた。

「なぜ、我ら親子がバヤン様を殺害すると思うのですか?」

「マジャルタイ殿とトクト殿が日本遠征に失敗すれば、その責任を問われて処刑されるのは間違いないでしょう。もはや、あなた方親子が生き残るには、一兵も損なうことなく日本から撤退して大都に攻め込み、バヤンから権力を奪い取るより他ありませぬ」

「ふー、そこまで元国の内情にお詳しいとは。さすがは、征夷大将軍といったところでしょうか。義貞殿、元軍が高麗へ撤退するのを黙って見逃がしていただけるか」

「はい、お約束しましょう」

「元軍撤退後に、倭寇の取り締まりをお願いしたい」

「日本側でも海軍を編成して、命令に従わぬ武装商人どもを取り締まることにしましょう」

「我ら親子が政権を握っている限り、日本には攻め込まぬと約束しましょう」

「では、俺の願いも一つだけ聞いてはいただけないか」

「フフッ、承知した」

トクトが合図をすると、周囲の護衛が尊氏を取り押さえた。

尊氏は抵抗するが、逃げること能わず縄でがんじがらめに縛られた。

「トクト殿、いったい何をなさるのだ。元国は南朝と同盟を結んだのではないのか」

「日本国は、北朝が支配する国になるのであろう。であれば、その代表と手を結ぶのは元国の代表として当然のことだ」

「やはり、大元国は野蛮人の集団であったか。道義も何もあったものではない。所詮、異国を頼りにした余が愚かだったということか。さっさと首を斬れ」

「さて、義貞殿。この後はどうしましょうか。身柄を引き渡しても良いのですが」

「うーん、そうですなあ。尊氏殿、日本の国外で王になることに興味は無いか?日本を統一したら、尊氏殿に兵を任せて国外に打って出ようかと考えているのだが・・・」

「駄目です。尊氏はこの場で始末して下さい」

「佐助、何を口出ししている。トクト殿、こやつは黙らせますので、どうかお目こぼしいただきたい」

「いいや、黙りませんぞ。殺せるときに殺さねば、次に殺されるのは我々ですぞ。尊氏の処刑は、殿以外の全員が望んでいます」

「そうなのか・・・。トクト殿、少し尊氏と話をしてもよろしいか」

「ご自由に」

俺は、縄で縛られている尊氏に向かって話しかけた。

「尊氏殿、俺と貴殿は共に同じ天を戴くことが出来ないらしい。であれば、日本国外に目を向けて天を増やせば共存できるのではないかと、俺は考えたのだよ。俺は日本、トクト殿は元、尊氏殿は琉球や台湾を支配して、互いに同盟を結んで平和な世を築くのだ。素晴らしいとは思わんか」

「・・・、余が日本国外で王となり、余の国と日本と元の間で同盟を結ぶ、か」

「日本の外には、未だ人が住まぬ土地が沢山ある。そこに、次男坊以下の職を持たぬ日本人を連れて行って土地を開墾させるのさ。その地に特産品があれば、日本や元と交易するのも良いな。夢が膨らむとは思わんか」

「未開拓の土地。そして、戦のない平和な世。うーん、素晴らしいな」

「そうだろう。だから・・・」

「義貞殿、最期にいい夢を見させてもらい感謝する。余は、今まで寝返りや裏切りを繰り返し、今回は外国勢力を日本に呼び込んでしまった。余は、紛れもない大罪人じゃ」

「ちょっと待て。お前も正成殿や顕家殿と同様に死ぬつもりか」

「君の死人を出したくないという気持ちは良く分かるが、殺すべき者を殺さなかった場合に最も害を被るのは民じゃぞ。君は既に征夷大将軍なのだ。君の判断一つで、助かる命も助からなくなるぞ。今、君が余の命を助けることで、余が感謝するとでも思ったか。答えは否だ。この屈辱を晴らすため、余はどのような手段を取ってでも君を殺そうとするであろう。分かったら、さっさと首を刎ねい」

「どうしても、考え直してはくれんのか」

「くどい。これ以上、余に惨めな思いをさせるな」

「トクト殿、お願いします」

元側の護衛のサーベルが尊氏の首を切り落とした。

こうして、三徳(注)を備え、戦場においては無類の強さを誇った足利尊氏は、肥前国名護屋にて非業の死を遂げたのであった。享年三十二。

俺は元軍の撤退と南朝軍の降伏を見届けると、速やかに京へと戻るのだった。

待ってろよ、阿野廉子と玉藻の前。

今度こそ、お前らに引導を渡してくれよう。


トクトとの雑談


尊氏の処刑が終わった後、トクトは俺に向かって日本の異常性について指摘した。

「それにしても、日本とは奇妙な国ですな。今風前の灯火となっている南朝は、少し前まで日本全土を支配していたというではないか。その時、北朝の一族を根絶やしにしておけば、今回のようなことにはならなかったはずです。実際元国であれば、いや日本以外の全ての国において、反対勢力は徹底的に根絶やしにされるはずです」

「えー、日本で皇族を死刑にしないのは、怨霊信仰が原因と考えられます。この世に恨みを持って亡くなった高貴な人(政治的敗者)は、怨霊になって世の中に祟ると言われております」

「ただの迷信ではないのか」

「怨霊信仰にも良い面はあるのですよ。怨霊を鎮魂するため、文学や芸術が異常に発達したり、伝統(出雲大社や中尊寺金色堂)が残ったりすることですかね。政治的敗者に優しくすることで、国民の一体感が保たれてきた面もあるかもしれない。怨霊信仰はかつて貴国にもあったはずですよ。後漢末に関羽が曹操を祟ったそうではないですか」

「私は、漢人でないので良く分からぬ。そもそも、人間社会とは弱肉強食で、隙を見せたらやられてしまうのではないか。敗者のことをいちいち気にしていたら、元国では生きていけませんぞ」

「まあ、そういうことなんでしょうね。敗者のことをいちいち気にする余裕が無いから、世界中から怨霊信仰が消えてしまったわけですな。だが、日本では怨霊の存在が信じられ、その鎮魂こそが最重要課題と考えられている。考え方に良し悪しは無い。ただし、日本の常識は世界の非常識であるから、そのことを認識した上でどう行動すれば最も利益が得られるか。日本人は、そのことを考えながら行動すべきなんでしょうな」

「ふむう。怨霊の存在を信じない我々には理解できない思考ですな」

「自国民同士で話し合っているだけでは、自国のことを真に理解することはないでしょう。異国の者と交流し、異国の視点から自国を見ることが出来るようになってはじめて、自国のことをより理解できるようになるのです。トクト殿とは、これからも仲良くしていきたいものですな」

「こちらこそよろしくお願いします。それと、日元間で和平が成立した証しとして、義貞殿には日本で略奪した食糧を全てお返ししましょう。その方が、周囲を説得するのに都合が良いのではないかな」

「うむ、トクト殿のご配慮、感謝する」

尊氏の三徳について:尊氏の人物像について論じる時に必ず引用されるのが、禅僧夢窓疎石による次の評価である。疎石によると、尊氏は第一に「戦において勇敢」で、第二に「慈悲深く人を憎むことが無く、多くの敵を許したこと」、第三に「心が広く物惜しみをせず、諸人からの進物を皆人にあげてしまうこと」とある。足利尊氏は、ケチで非情な源頼朝や徳川家康とは大違いの好人物と言える。

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