直義の小細工
足利尊氏降伏。
この報が届くや否や、新田軍の全体から歓声が上がった。
ついでに祟り神も湧き出てきて、俺にこう語り掛けた。
『凄いのう。征夷大将軍新田義貞は、金ヶ崎城に籠る足利尊氏を降伏させる、か。これで日本も一つにまとまるな』
(うーん、確かに降伏するとの書状は届きましたが、本人を見るまでは油断できませんな)
『今回の戦も楽勝であったし、いくら元軍が攻めてきたところでおぬしに敵うはずあるまい』
(そうだと良いんですけどね。戦は終わるまでどうなるか分かりませんよ)
脳内で祟り神と会話をしていると、足利直義が岩松経家の首桶を持って本陣までやって来たとの報告を受けた。
「尊氏はどうした」
「降伏に反対する者どもを必死に抑えているそうです。直義は、反対の急先鋒である岩松経家を討って、取り急ぎ降伏の使者として新田軍本陣まで来たとのことです」
「とりあえず、義顕と主要な家臣どもを集めよ。準備が出来たら直義を呼べ」
「ははっ、承知いたしました」
(ふん、直義が何か企んだところでどうにかできるほど新田軍は甘くないぞ。そのことを直義に思い知らせてやるとしよう)
謁見の場が整ったということで、俺は直義を呼び出した。
俺の周囲には、嫡男義顕や大舘宗氏、江田行義、堀口貞満、里見義胤、船田義昌、高師直、渋川義季らが控えていた。
そんな中、直義は首桶を掲げながら俺の前へと進み出た。
「岩松経家の首です。ご確認をお願いします」
首桶の中から経家の首を取り出した直義は、近付いて確認するよう俺に促した。
「ふん、その首に細工がないか、誰か確認しろ」
「それでは私が・・・」
義顕が立ち上がると、直義は急に慌てだしてこう言った。
「いや、義貞様自ら確認をお願いします」
こりゃあ、直義はクロだね。
「皆の者、直義を捕らえよ」
「くっ、最早ここまでか。義貞覚悟」
直義は経家の頭蓋骨の中から小刀を取り出し、捕らえようとした義顕にかすり傷を負わせた。
「痛っ。だがこんな小刀で人を殺せるはずが・・・。あれっ、目が回る。もしかして毒・・・」
いきなり倒れる義顕。
新田一族や高師直たちが束になって直義に飛び掛かるが、捕らえられる寸前に直義は俺に向かって小刀を放った。
「出でよ、鬼切」
俺が呼びかけると目の前に鬼切が現れ、小刀を弾いた。
直義は直ちに取り押さえられた。
「くそっ、子倅の命と引き換えに義貞を仕留めそこなったか。まあ良い、義貞の始末は兄上に任せるとしよう」
「直義は殺すなよ。それより義顕の治療だ。誰か、傷口から毒を吸い取れ。俺は鬼切の力で義顕の毒を浄化する。祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ浄化の力!」
(祟り神様も一緒にお願いします)
『心得た。祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ浄化の力!』
義顕が光に包まれると同時に、呼吸も安定して顔色も良くなってきた。
「義顕、死ぬな。俺のことが分かるか」
「ち、父上が無事で・・・良かった」
義顕はこう言い残すと、気を失った。
「義顕、目を覚ませ」
義顕の肩を揺すろうとする俺を、渋川義季が押し止めてこう言った。
「義貞様、毒は吸い取りました故、ご子息の命に別状はありますまい」
くそっ、直義め。変な小細工を弄しやがって。
奴は絶対に死なせぬぞ。
直義を生き延びさせて、必ずや生き地獄を味わわせてやる。
「殿、一大事にございます」
「このクソ忙しい時に。今度は何だ」
「世尊寺経尹様がいらっしゃっております。なんでも、尹子様が高熱を発しているので助けて欲しいそうです」
義顕の次は尹子殿かよ。こっちに来させるのも面倒だから、俺の方から経尹たちのいる客間に向かうとしよう。
「経尹殿、久しいな。それより尹子殿を見せてみよ。うーん、確かに高熱で苦しそうにしているな。こうなったら、またあれをやるか。鬼切の力で、尹子殿の病原菌を浄化してやる。祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ浄化の力!」
(祟り神様も一緒にお願いします)
『心得た。祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ浄化の力!』
尹子が光に包まれると同時に、呼吸も安定して顔色も良くなってきた。
「尹子殿、俺だ、義貞だ。分かるか」
「義貞様、何故わたくしの命を助けたのですか。わたくしは、人知れずこの世から消え去りたかったのに・・・」
尹子は、そう言うとさめざめと泣いた。
いったいどうなっているんだ?
「それは、かくかくしかじか」
経尹は、今までの経緯を俺に話した。
ふーん、尹子殿がこの世に絶望して死にたがっている、というわけね。
中級貴族に生まれて、傾国と噂される美貌を持つ尹子殿が世を儚んでいる、ねえ。
それは、ちょっと違うんじゃないかな。
「尹子殿、真の絶望というものを見せてやろう。祟り神殿、俺の記憶を尹子殿に見せることは可能か?」
『尹子と額を合わせ、見せたい記憶を思い浮かべよ。我がその記憶を尹子の脳内に送ってやろう』
俺は、尹子殿と額を合わせ、前世の記憶を呼び起こした。
とにかく勉強だけで、それ以外何もなかった少年時代。
アルバイトと勉強だけで終わった大学時代。
就職活動では就職超氷河期にぶち当たり、百社受けても一つも内定を貰えず、自尊心が跡形もなく崩れ去った。
そんなに就職できないなら起業しろと言われたこともあったが、大学卒業したての若造が簡単に起業できるわけねーだろ。というか、そう言う奴が起業して見せろよ。
就職浪人してやっと得た退魔師の職も、超ブラックであった。
生まれてこの方、異性との縁は全くない。
休みもなく働かされ続けた挙句、怨霊に呪い殺されて殉職である。
「どうだ、俺の前世何ひとつ良いことないだろう」
尹子殿は顔を青くしながら、これ以上前世の記憶を見せないで欲しいと懇願した。
「俺の前世と比べたら、尹子殿はずっと恵まれているだろう」
コクコクとうなずく尹子殿。
「前世の俺ですら、自ら命を絶つことは無かったぞ。それに、この世に抗議して死んだところで、あいつは弱い奴だと笑われるだけさ。だったら、生きて少しでも世の中が良くなるよう、徹底的に抗うべきだ。尹子殿、生きてくれるよな」
「生きます。一生懸命勉強して、世のため人のために役立つ人間になります。だから、これ以上義貞様の前世の記憶を見せないで下さい」
「よっしゃ、交渉成立だ。経尹殿と尹子殿は、これから新田荘へ行って、そこで行われている農法を日本中に広める手伝いをしてもらいたい。日本の農業生産力を今までの二倍から三倍に伸ばして、日本から飢饉をなくして見せよう。尹子殿、日本の未来は結構明るいんじゃないかな」
「フフッ、そうかもしれませんね」
「あと、毒の攻撃を受けた義顕を看病してくれると、俺としても助かるのだが」
「ご子息が元気になるまで、精一杯看病いたします」
(義顕は尹子殿に気のあるそぶりを見せていたからな。とりあえず、お膳立てはしておいたから、今後どうなるかは二人次第かな)
こうして、俺は無事に義顕と尹子の命を救うことができたわけだが、何か大事なことを忘れているような気が・・・。
◇ ◇ ◇
義貞暗殺騒動や尹子の急病といったどさくさに紛れることで、尊氏たち一行は九州へと落ち延びることに成功した。
九州に到着した尊氏は、肥後の菊池氏らと合流して壱岐・対馬を攻略し、元軍を向かい入れる準備をするのだった。
一方、金ヶ崎城に取り残された四万弱の軍勢については、総大将の尊氏が九州へ逃亡したため大部分は新田軍へ投降し、投降を潔よしとしないものは吉野や九州へと落ち延びていった。
俺は越前から京の二条城に戻り、九州遠征軍を編成したり、毒のダメージで寝込んでいる義顕や経尹・尹子親子を新田荘に送ったり、徳寿丸(義興)や宣子を京に呼び寄せたりしていたのだが、空いた時間に直義の様子を見に行くことにした。
「よう直義、気分はどうだ」
「さっさと殺せ。お前の暗殺に失敗し、義顕すら殺せなかった私に生きる資格は無い。私の策のために命を落とした経家殿には、死んで詫びるとしよう。義貞、早く私の首を刎ねよ」
「あのさあ、今は京に光厳上皇と光明帝がおり吉野に後村上帝がいる、一天両帝の異常事態だ。そんな中、俺が暗殺されたらどうなると思う。この国は親子兄弟が反目し合う、戦乱の世になってしまうぞ。こうなれば、一番苦しむのは力を持たぬ民だ。お前は、この国を地獄にするところだったのだぞ」
「ふん、兄上を天下人にするためであれば何でもするぞ。お前が天下人だと?笑わせるな。兄上が統治してこそこの世は丸く治まり、民も兄上の聖徳を喜ぶであろう。お前が統治するこの世に何の価値があろうか」
「どうせ、『武家で最も高貴な家柄である足利家=徳を持った家系』となるから、徳のある尊氏が天下人になれば世の中は丸く治まるとでも考えているのであろう。これは朱子学がそう言っているだけで、ただの思い込みだから、何の根拠もないぞ。日本で最も高貴な家系(=有徳の家系)出身である後醍醐帝の治世も、いたずらに混乱を招いただけで、結局南北朝時代の到来という最悪の結末に終わったではないか。以前帝にも言ったが、政治に正解は無いからな。お前は天下一の智恵者と自負しているくせに、これくらいのことも理解していなかったのか。いったい、今まで何を学んできたというのだ」
「お前の言うことなど聞く耳持たぬ。早く私を殺せ」
「いいや、お前は殺さぬ。俺は、人間とは世の中を良くするために存在していると考えている。だから、お前も殺さずこき使ってやることに決めたのさ」
「殿、お客人がお見えになっております」
「ふん、今日はここまでにしておいてやる。楽に死ねると思うなよ」
とりあえず、直義には見張りを付けておこう。自殺など絶対にさせてなるものか。
「あっ、そうだ。お前が知りたがっていた火薬・大砲と鉄砲についてまとめた資料を置いていってやる。今のお前の実力では、新田家で働くことなどできぬであろう。無能ぶりを笑われたくないなら、書を読んで学問を積むんだな。ハッハッハ」
こう言って直義のもとを去った俺であったが、実際直義を殺せない理由があるんだよな。
何しろ、直義の正妻は渋川義季の妹で、新田幕府2代将軍になる新田義顕の正妻渋川幸子(予定)の叔母だからな。義顕にとって、足利直義は義理の叔父になっちゃうんだよ。だとすると、むやみに殺せないし、それなりの地位をあてがう必要がある。
俺は、直義が望む書や資料についてできる限り便宜を図るよう牢役人に指示すると、その場から立ち去るのであった。
◇足利直義視点◇
(くそう、今の私の能力では新田家で働けぬだと。私は日の本一の智恵者だ。そんな訳あるまい。どうせ、義貞は私のやることなすことケチをつけて恥をかかせるのであろう。そんな辱めを受けるぐらいなら、舌をかみ切って自害してやろうか・・・)
そんなことを考える直義であったが、義貞が置いていった「火薬・大砲と鉄砲についてまとめた資料」が目に入った。
「うむ、火薬に大砲、そして鉄砲か。まあ、死ぬ前に読んでみるのも一興か。どれどれ」
直義は驚いた。大砲と鉄砲があれば、落ちぬ城など無いではないか。義貞が造っていた南蛮船に大砲を乗せて海に漕ぎ出し、鉄砲を装備した歩兵で外国に攻め込めば、どんな大国でも鎧袖一触であろう。これでは、学ぶことを止められぬではないか。私は、所詮井の中の蛙だったのか。
「牢役人、もっと書をよこせ。ありとあらゆる分野を学びなおしたいのだ」
「へい、図書頭の児島高徳様に頼んで、最新の書物を用意させましょう」
「頼んだぞ。ああ、知らない知識を得ることがこれほど素晴らしいことであったとは。新しい書物が届くのが待ち遠しいぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




