賤ケ岳の戦い
四月二十日時点の足利軍配置
足利尊氏:内中尾山
岩松経家・頼宥・直国:行市山
足利直義:柳ケ瀬
桃井直常・宇都宮公綱・山名時氏:別所山
四月二十日時点の新田軍配置
新田義貞・義顕:木之本に向かっている最中
佐々木道誉:岩崎山で北陸道封鎖中
高師直:大岩山
建武三年四月二十日
行市山に布陣していた岩松経家率いる五千の軍勢は、余呉湖の西を大きく迂回して大岩山の師直軍を攻撃した。師直は支えきれず佐々木道誉の守る岩崎山へ撤退するが、経家は大軍を率いる義貞がそんなに早く戦場に現れることは無いと思い、岩崎山の道誉軍を追い出すことにも成功した。
その経家軍五千を支えるべく、桃井・宇都宮・山名の軍は茂山へ進軍した。
師直と道誉の軍は木之本まで撤退していたのだが、そこへ現れたのはなんと義貞軍本隊十万であった。
敵も味方も『早すぎる』と思ったに違いないが、俺は前々から船づくりを続けてきたのだよ。
その船を琵琶湖に浮かべて、大津から今浜(滋賀県長浜市)まで兵を運べば、あっという間に戦場に到着という寸法さ。
まあ、とにかく味方の危機だ。俺は、間髪入れず大岩山から岩崎山周辺に陣取る経家軍に総攻撃をかけた。
経家は先頭に出てきて『義貞、一騎打ちで勝負しろ』なんて叫んでいるから、代わりに焙烙玉をお見舞いしてやったよ。
「卑怯者、飛び道具で攻撃するしか能がないのか」
と言われても、こっちは圧倒的有利なのだから、相手に合わせる義理は無いよね。
そうこうしていると、経家軍は賤ケ岳方面へと軍を退き始めた。
これは、茂山に着陣している桃井・宇都宮・山名軍の援護を受けやすくするためだね。
経家は、桃井・宇都宮・山名軍を引っ張り出して、共に義貞軍本隊と戦おうとしたに違いない。だが、桃井・宇都宮・山名軍は、前進ではなく後退し始めた。
合戦中、敵の大軍の中に取り残される経家軍。
こうなってしまっては、経家軍に統制の取れたいくさが出来るはずがない。
経家軍は大混乱しながら、我先に越前へ向けて逃げ出し、それを見た尊氏軍本隊も総崩れとなって金ヶ崎城に敗走するのだった。
俺は、そんな足利軍をひたすら追いかけて、金ヶ崎城に蟻の這い出る隙もない包囲網を完成させた。ただし、陸側だけね。
思ったより尊氏軍が早く崩壊したから、海側の包囲まで手が回らなかったよ。
取り急ぎ、福原から北陸まで南蛮船を回さないといかんな。
◇足利尊氏と世尊寺経尹・尹子◇
「経尹と尹子はおるか」
「「はい、ここに居ります」」
「我が軍は新田軍に大敗した。我らは、今すぐにでもここから脱出せねばならぬが、おぬしたちは足手まといだ。さっさと義貞に降伏するがよい」
「「なんというおっしゃりようですか。最早我らが役に立たぬというのであれば、いっそここで殺していただきたい」」
「ええい、少しの時間も惜しいのだ。これは命令だ。今すぐ義貞の下へ行け」
「いくら尊氏様のご命令といえども従えません。父とわたくしを助けるために京に舞い戻った義貞様を振り切って、わたくしたちは尊氏様の下に来たのです。今さら、何の面目があって義貞様に会うことができましょう」
尹子は、泣きながら部屋を飛び出した。
「尹子、どこへ行く」
「放っておいて下さいまし」
「尊氏様、娘が申し訳ありませぬ」
「経尹、尹子を捕まえてそのまま義貞の陣に行け」
「承知いたしました」
(尹子よ。今度こそ義貞の下で幸せになるのだぞ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇世尊寺経尹と尹子◇
「尹子、待て。どこへ行くつもりだ。山道を当てもなく歩き回るのは危険じゃぞ」
「はあはあ。どこだって良いではありませんか。父上こそ、早く義貞様の所に行ったらどうですか」
「尊氏様に命令されたのだ。そなたを義貞様の下へ連れていけとな」
「はあはあ。父上、わたくしは魅力的ですか」
「そなたは、幼い時から美しいと評判だったではないか。親のわしから見ても、お前ほどの美女はそうはいないと思うぞ」
「でも・・・、義貞様も尊氏様も、わたくしを抱いてはくれませんでした」
「それは、お二人とも天下人を目指して日々戦っておられるのだ。美女に時間を取られる余裕などあるまい」
「はあはあ。要するに、わたくしはその程度の女子ということですよね。わたくしは、傾国と噂されて少し思い上がっていたようです」
「そう気付いたのなら、良かったではないか。これからは、外見だけなく内面も磨いて、世の中の役に立つ立派な人間になりなさい。そのためには、義貞様の下で様々なことを学ぶのが一番であろう」
「そんなこと・・・、言われなくても分かっています。でも、義貞様に会わせる顔はないし、失った自尊心も戻らない・・・」
尹子は、おぼつかない足取りで大木のそばまで行くと、その木に寄り掛かった。
「尹子、もしかして具合が悪いのか。だとしたら、なおさら義貞様の下へ向かわねば。お前が怨霊の呪いで死にそうになった時も、義貞様に助けてもらったのだぞ」
「もう、儘ならぬ人生に疲れ果てました。早く死んで楽になりたい」
尹子は膝から崩れ落ちた。経尹が尹子の額を触ると、ものすごい高熱を発しているのが分かった。
「愛しい娘を死なせてなるものか」
経尹は尹子を抱きかかえると、義貞の本陣へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇足利尊氏・直義と岩松経家◇
「我が策を成功させるには、どうしても経家殿の首が必要なのだ。どうか、我らにおぬしの命を捧げてはくれぬか」
「直義殿、本当に我が子泰家を新田家当主にしてくれるのだな」
「泰家については、余にまかせよ。必ずや大元国の軍勢を利用して、新田一門と持明院統を滅ぼして見せよう」
「尊氏殿、その言葉を忘れるなよ。日本の神々よ。どうか、岩松家に新田宗家の地位を与えたまえ」
岩松経家はそう叫ぶと、刀で自身の腹を切り裂いた。
「経家殿、お見事。これ以上苦しませはせぬぞ」
尊氏は自身の刀を抜くと、岩松経家の首を落とすのだった。
「それでは、兄上は宮(恒良親王)や泰家たちと共に九州へ逃れて下さい」
「直義、本当にやるのか」
「経家殿は我が策のために命を落としました。ここまで来れば、私も自身の策を成功させるために命を懸けるのみです。兄上は、早く金ヶ崎城から脱出して下さい」
「そうか、直義すまん」
城を脱出するために駆けていく尊氏を眺めながら、直義はこんなことを思っていた。
『義貞は私が何とかしてみせます。たから、どうか兄上は天下をお取りください』と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




