青野原の戦い
叡山攻撃
建武二年十二月上旬。
俺は、比叡山に立て籠もる朝廷軍を兵糧攻めすべく、十万の軍勢で比叡山を完全封鎖した。
無茶苦茶寒いが、まあ仕方ない。こちらは、燃え石(石炭)や臭水(石油)を燃やして暖を取るとするか。多分、相手より有利に戦うことが出来るんじゃないかな。
ちなみに、燃え石は先だって平定した九州で大量に産出するし、臭水は領地の越後で採取することが出来るよ。
では、毎度おなじみのネズミを使った攻撃をするかな。
(祟り神殿、叡山のありとあらゆる場所に毒をばら撒いてください)
『心得た、と言いたいところだが、今度ばかりは上手くいかぬかもしれんぞ』
(どうしてですか)
『叡山には大怨霊玉藻の前がいるであろう。奴の前では、我が怨霊の力は封じられてしまうぞ』
(しまった。玉藻の前がいたのか。それじゃあ、今回は怨霊の力を当てにせず、自力で攻めなければならんということか)
「ご注進、ご注進」
「ええい、今度は何だ」
「新田荘を包囲していた奥州勢が、京に向けて進軍を開始したそうです。その数五万余」
くそー、叡山攻めだけでも大変なのに、ここで北畠顕家が出てくるか。一体どういう手を打てばよいか。
「義助、お前は引き続き叡山を包囲しろ。食糧の補給路を潰して、叡山を飢えさせるのだ」
「ははっ」
「義顕は、京で光厳帝をお守りせよ」
「ひとり安全な場所に居るのは心苦しいですが、ご命令とあらば従います」
「師直と新田四天王は、俺と共に青野原(関ヶ原)で奥州勢を迎え撃つぞ」
「「「おう」」」
では、皆の者いくさの準備をせよ。
待ってろよ、北畠中納言顕家。
お前の始めた『食料は現地調達』という戦法は、単なる略奪であって国を滅茶苦茶にするものだからな。奥州兵が動くたびに国土が焦土と化したら、元に戻すのにどれほどの歳月と労力が必要となることか。
青野原で北畠顕家に止めを刺し、奥州勢にはこの時代からリタイヤして貰うとしよう。
青野原(関ヶ原)の戦い
建武二年十二月中旬。
時の勢いとは凄まじい。
青野原に向かう新田軍本隊五万には、次から次へと味方が馳せ参じ、今やその軍勢は二十万にまで膨れ上がっていた。
味方になった主な将としては、土岐頼遠・佐々木道誉・渋川義季らが挙げられる。
青野原に着くと、俺は三万の兵を率いて南宮山に布陣した。
一方、西方の北国脇往還や中山道沿いには、高師直・土岐頼遠・佐々木道誉らを配置した。
こうして待ち構えること二日、ついに北畠顕家率いる奥州勢が青野原に姿を見せたのだった。
さあて、地の利は俺が握っているからな。
圧倒的有利な我が軍に対し、顕家はどういう手を打つのだろうか。
顕家は軍を二つに分けると、南宮山に陣取る新田軍本隊への抑えを置いた上で、残りの全軍を挙げて高師直・土岐頼遠・佐々木道誉らの軍勢に襲い掛かった。
北畠顕家の攻撃が早すぎる。何か焦っているのだろうか?
まあそんなことはどうでも良いか。
俺は、早めに抑えの軍を崩壊させて、顕家軍本隊を後ろから攻撃するだけだ。
「大砲の準備は良いか」
「大丈夫です」
「では、大砲隊。放てー!!」
ズドーン、ドガーン。
いやー、南宮山の上から放ったから、砲弾が遠くまで届くね。中には、顕家軍本隊の後方まで届いている砲弾もあるぞ。
そんなわけで、俺は抑えの軍を早々に蹴散らすと、新田軍本隊三万を率いて顕家軍を後方から攻めるのであった。
こうなってしまっては、最早奥州勢に勝ち目はない。
そんなことを思った直後、顕家軍本隊は反転して新田軍本隊に突撃するのと同時に、壊滅したはずの抑えの軍も後方に回って我が軍を挟み撃ちするのであった。
やべえ、北畠顕家の狙いは俺の首を取ることだったのか。
「栗生顕友・篠塚重広・畑時能は、一万の兵を率いて後方に回れ。由良具滋は俺と共に顕家軍本隊に突撃するぞ」
「「「承知!」」」
実際、高師直・土岐頼遠・佐々木道誉らが顕家軍本隊を蹴散らすまで持ちこたえれば、我が軍の勝利なのだ。師直よ、寝返るんじゃないぞ。
「具滋、焙烙玉は出し惜しみするなよ。その上で、忍びどもに顕家を襲わせるのだ」
「ハハッ」
ビュンビュンビュン・・・ドガーン。
焙烙玉の爆発にもめげず、顕家は何度も新田軍本隊への突撃を繰り返した。
「義貞、覚悟!!」
顕家が俺に向けて矢を放った。
やべえ、やられる。越前藤島の犬死人生が俺の頭をよぎる。
(いや、まだ死ねない)
その刹那、俺の目の前に鬼切が現れ、顕家の放った矢を弾いた。
(うおっ、鬼切の瞬間移動は防御にも使えたのか)
「義貞殿、ご無事か」
高師直の援軍が、顕家軍本隊を撃ち破った。
「ああ師直殿、助かった。さて・・・」
顕家軍は師直の軍勢によって散々に打ち負かされ、顕家本人と腹心たちは新田軍の中に孤立していた。
俺は、そんな顕家に対して降伏勧告をした。
「顕家殿、貴殿は完全に包囲されている。もはや、俺を討つことも逃げることも出来ん。分かったら、さっさと降伏しろ」
しかし、顕家は俺の勧告を拒否した。
「私は、後醍醐帝の忠臣だ。お前や持明院統に降伏するぐらいなら、死を選ぼう」
「ちょっと待て。顕家殿も正成殿と同様に死を望むというのか。死んだら全て終わりなのだぞ。何故、生きて世の中を良くしようと思わんのか。それに、顕家殿がいくら諫言したところで、後醍醐帝に実力主義の人材登用を改めさせることは出来んぞ。戦乱の世における実力主義は時代の要請といえよう。貴殿の理想とする血統秩序を守る政治は、結果的に国を弱くしてしまうのだぞ」
「フフフ、血統信仰は日本の国是である。血統信仰を否定し、社会秩序を破壊する君主のために命を捧げることで、改めて私は忠臣になれるのだ。そして、私は生きている限り後醍醐帝の忠臣であり続けると心に誓っている。この世に生き恥をさらすぐらいなら、潔く死んで後世に名を残す方を選ぼう」
「そんな馬鹿な。自分の意見を受け入れない暗君に尽くすことで、自身が忠臣であることを証明しようとするとは。くそう、どいつもこいつも死に急ぎやがって。師直殿も顕家を説得してはくれぬか」
「義貞殿、顕家の意思は固いようです。これ以上の説得は無意味ですし、相手に対しても失礼というもの。奴が死にたいというのなら、その望みを叶えてやりましょう。者ども、かかれ」
「あっ、師直殿。待て・・・」
師直は、周囲の兵と共に顕家に向かって突撃した。
顕家は散々抵抗するが、結局上洛することも叶わずここ青野原の地で高師直に討ち取られるのであった。二十歳の若さであった。
◇後醍醐視点◇
これが、今は亡き北畠中納言顕家の寄こした意見書か。
内容は・・・、こんな感じか。
①減税をして国家財政が破綻しないよう努めるべき。
②身分の無い者に、みだりに官職を与えるべきではない。
③代々朝廷に仕えてきた貴族の荘園は、みだりに取り上げたり、武士に与えてはならない。
④贅沢な観光旅行や宴会は止めるべき。
⑤政治の朝令暮改は止めるべき。これでは民心が落ち着かない。
⑥ろくでもない連中(身分の低い者)は遠ざけるべき。
うーむ、顕家ですら朕の政治を否定するのか。
実力主義の何が悪いというのだ。
血統など関係ない。
才能のある者がそれにふさわしい地位を得るのは、当然のことであろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




