光厳上皇
敗走する足利軍により、京は大混乱となった。
後醍醐帝は顔色を失い、廷臣は狼狽するばかりであった。
「こうなっては致し方なし。直ちに比叡山へ向かえ」
後醍醐たち一行は京を放棄し、叡山へ行幸することになった。
もちろん、持明院統の花園院・光厳院・豊仁親王も連れてのことであったが、この中の光厳院は、かねてから義貞と気脈を通じていた。
そう、例の『京都回復の院宣』を貰った上皇ね。
光厳院は、この機会に治天の君の地位を得んと欲して北白川の辺りで輿を止めた。
暫くして、京の方角から『新田軍が京に乱入した』との声が上がった。
『早く叡山へ向かいましょう』とせかす太田全職(お供をする道中の奉行)に対し、光厳院は『気分が悪い』ことを理由に叡山行きを拒否すると、全職は取り急ぎ花園院・豊仁親王のみを東坂本へと遷すのであった。
「よしっ、全職が戻らぬ今のうちに壬生寺へ急げ」
光厳院は従者に命じて京に戻り、新田軍と合流した。
かくして、光厳院は壬生寺を仮の御所として帝位に復帰することとなった。
この時を以って、京(光厳天皇)と叡山(後醍醐天皇)に二帝が乱立する事実上の南北朝時代へと突入したのだった。
時に、建武二年十一月下旬のことであった。
(よっしゃー!京も回復したし、持明院統の天皇も手中に収めたし、あとは叡山の後醍醐天皇を何とかすれば俺の勝利だ。と、その前に尹子殿を見つけないと)
なんてことを思っていたのだが、そんな俺の前に何やら訳ありげな面会希望者が現れた。
「今は色々と忙しいんだけど、何者かな」
「それが・・・、世尊寺経尹・世尊寺尹子と名乗っております」
「何と、尹子殿たちの方からやって来るとは。早く客間に通してくれ」
俺が客間へ行くと、まさしく経尹殿と尹子殿が待っていた。
「お二人とこうして無事に会えるとは、まさしく神仏のお導きというべきか。折角なので行尹殿も呼びましょうか」
「いえ、義貞殿。我らは貴殿にお別れを言いに来たのです」
「いったいどうなさったのだ。俺が直義の罠にはまって朝敵にされている間に、何があったというのだ」
「我らは、尊氏殿に恩を受けすぎたのじゃ。わしは尊氏殿に命を救われ、尹子は尊氏殿に下賜されたものの、尊氏殿は尹子の意思を尊重して尹子には一切手を出さなかった」
「義貞様にはわたくしの命を救って頂いた恩義がありますが、尊氏様にも父を救って頂いた恩義があります。自身と親の命とどちらが大事かといえば、親の命となります(儒教は、孝を第一に守るべきものとしている)。だから、わたくしも父も、尊氏様に従うことにします」
「そんな馬鹿な。経尹殿と尹子殿を助けるために、俺はこうして京へ戻って来たというのに、全て無駄だったというのか」
「義貞殿は最早天下人なのです。我々ではなく、万民のために行動して下さい」
「義貞様、『日本が、生まれや性別にかかわらず自由に職業選択のできる国』になるよう陰ながら応援しております」
そして、二人は叡山にいる尊氏の下へと去ったのであった。
くそっ、尊氏を倒したところで、二人は出家して俺の下へと戻らないのだろうな。
であれば、やってやろうじゃないか。
少しでも日本を良い国にするために、ついでに就職氷河期世代は決して無能な集団ではなかったと証明するために、俺はこの世界で精一杯足掻いて見せよう。
まあ、それはそれとして、俺は後ろから近づいて来る者に声をかけた。
「師直殿、今のを聞いていたか?尹子殿は尊氏に従うとさ」
「そのようですな、義貞殿」
「尹子殿を追わないのか?尊氏と関係を絶ってでも欲しかったのではないのか」
「あの女は、尊氏と運命を共にすると決めたようですな。もはや、拙者が何を言ったところで、心変わりすることはありますまい。であれば、拙者は尹子に代わる最高の女を得るための行動を起こすのみ」
「ふーん、意外と潔いのだな。ところで、我が陣営に属するのであればちゃんと仕事をしてもらうぞ。師直殿、そなたを引付頭人に任ずる。領地訴訟の裁判関係は、高一族に任せたぞ。もちろん、戦争でもこき使ってやる。女を追いかけるのは、仕事をきちんとこなしてからにしてくれ」
「ははっ、承知しております」
(うーん、それにしても師直のいう最高の女って誰のことだろうな)
◇世尊寺経尹と尹子◇
「尹子よ、本当にこれで良かったのか」
「父上、わたくしは尊氏様についていくと決めたのです。今さら何を言ったところで、わたくしの意思は変わりません」
「そなたは、義貞殿を好いているのではなかったのか」
「義貞様がわたくしのことを気に掛けるのは、わたくしの髪を切って出家させてしまったという罪悪感によるものです。義貞様は、わたくしのことを異性として意識しておりませぬ。一方、尊氏様は義貞様を罠にはめた事について随分悔やんでおいででした。わたくしは、尊氏様から受けた恩を、尊氏様のお心を支えることで返していきたいのです」
「そこまで覚悟を決めているなら、もはや何も言うまい」
これ以降、料理の才と類まれな美貌を持つ世尊寺尹子は、足利軍の士気を保つうえで必要不可欠な存在となるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇北畠顕家視点◇
「なんと、義貞が京を回復して、光厳院を再び帝位に就けただと。京を追い出された帝(後醍醐)は、今どこにいる」
「比叡山に行幸されております」
「うーむ、それでは新田荘を包囲している場合では無いではないか。今すぐ、帝の危機を救うために上洛せねばならぬ。者ども、逆賊義貞を追討するぞ」
「・・・・・・」
「どうした。皆の士気が低いのではないか」
「配下の武士たちは建武政権に絶望し、今や義貞が唯一の希望となっております」
「それでは、義貞と戦う前に我が軍は内部崩壊してしまうではないか。こうなれば、帝に意見書を提出して、政治を改めてもらうより他あるまい」
「ご注進、ご注進。蝦夷地より謎の軍団が奥州に攻め込んできました。その数一万余。奥州北部は既に占領され、多賀城もいつまで維持できるか分からぬとのことです」
「ここにきて問題が続出するとは。だが、帝に何かあっては元も子もない。我らは京へ向かうぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇脇屋義治視点◇
「なあ上州屋殿。我らはアイヌと交易をするために蝦夷地に来たはずなのに、何故アイヌ兵を率いて奥州に攻め込んでおるのか?」
「そりゃあ、領主不在の土地を攻めるのは楽だからですよ。それに、アイヌ兵は寒さに強いですからな。この季節(十二月)に、我らとまともに戦うことのできる敵などおりますまい。そうであろう、マウタラケ殿、チョウサマ殿、ツキノエ殿」
「「「左様、和人など一ひねりにしてくれよう」」」
「領民に乱暴したり、略奪したりするのは禁止だぞ」
「「「分かっておりますとも」」」
(叔父上、必ずや天下をお取り下され)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




