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新田義貞の逆襲

逃亡


俺たちは、山城国から播磨国の福原に向けて山道を西に進む。

そう、山陽道みたいな幹線道路は封鎖されているから、けもの道のような道なき道を進まないとな。

そんなわけで、忍びに良さげな道を見つけさせて進んでいたのだが、六甲山中でついに楠木軍数千に包囲されてしまった。わずか十数名しかいない俺たちが楠木軍に突撃したところで、結果は見えている。

(さすがに、気力だけで生き延びるのは無理か)

と思いつつ、数日を洞窟の中で過ごし、いい加減食料も尽きた頃のこと。

ついに、楠木正成本人に見つかってしまったのだった。

俺は正成に尋ねた。

「尊氏が主上(後醍醐)に降伏したようだが、結局建武政権は変わらないということか」

「そうだ。主上の政治が時代に合っておらぬから、北条時行の乱もあれほどの規模となった。だが、主上は自身が南面(天子となって国を治めること)すれば、世の中は丸く治まると考えておられる。義貞殿の言う、民が幸せに生きることのできる世にはなりそうにないな」

「ふーむ、そして俺はここで志半ばにして生涯を終えるわけか。・・・なあ、正成殿。少しだけで良いから、俺の首を討つのを後回しにしてはくれんか。もし、俺が『親に決められた人生を送るのではなく、自身が望む生き方を選択できる国』を創れなかったその時こそ、俺の首をやろう。どうだ」

一方、忍び達は『自身は殺されてもいいから殿は助けて欲しい』と正成に嘆願していた。

正成は悩み込んだ後、

「哀れなるかな主従の情。飢え死にしそうな酷い目にあわされても、まだ主君の命乞いをするとは。わしにこの者たちは討てぬ」

と言って、洞窟から出て行った。

なんか、外が騒がしいな。正成が『者ども静まれ』などと周囲を叱りつけているが、耳を澄ますと『赤松貞範が裏切りました。お味方は大混乱しております』という声も聞こえるぞ。円心が新田側についたから、子の貞範もタイミングよく寝返ったということかな。

こうして、史上最大の危機を乗り越えた俺たち一行は、無事播磨国の福原にいる新田軍と合流したのだった。時に建武二年九月上旬のことであった。


福原の軍港にて


「義助・義顕待たせたな。俺は無事帰ってきたぞ。そこにいるのは船田経政か。久しぶりだな」

「兄者、某は信じておりましたぞ」

「父上、ご無事で何よりです」

義助・義顕は泣きながら俺との再会を喜んだ。

「殿、九州に向かう船は既に集めております。南蛮船も、数隻ではありますが完成しております。あと、元弘没収地返付令の版木も出来ております。これが印刷したものです」

経政はそう言うと、俺に印刷物を渡した。

「うん、なかなか良い出来だ。沢山刷って、日本中にばら撒いてくれ」

経政に指示を出していると、赤松円心とその息子たちもやって来た。

「やあ、円心殿。我らに味方してくれたことで、我が軍は九死に一生を得た。礼を言おう」

「どうせ義貞殿のことだ。九州へ逃げて兵を集めることを想定していたから、この福原に軍港を築いたのであろう。そうでないと、現状を説明できぬからな」

「いやー、運が良かっただけっすよ」

「だが、義貞殿は一つやり忘れていることがありますな。それは・・・」

『報告!!世尊寺行尹殿が、光厳上皇の院宣を持って戻りました』

「さすが義貞殿。光厳上皇が貴殿の背後に付けば、主上(後醍醐)に朝敵扱いされたところで、新田軍は持明院統の官軍となれるのです。ここまで世の中を読み切っているとは・・・。新田家と赤松家が味方同士でホッとしましたぞ」

「新田軍は、これから九州に向かい兵を募ることとする。円心殿は、白幡城で朝廷軍を食い止めてくれ。ところで行尹殿。京にいる経尹殿と尹子殿は無事か」

「院宣を持って戻ることに集中しておりましたので、父や妹の行方まで気が回りませんでした」

「ううむ、経尹殿と尹子殿が心配だ」

こうして、京に未練を残しつつも、俺は新田軍を率いて九州へと向かうのだった。


◇足利直義視点◇

義貞に逃げられただと。

あの、厳重な警備をどうやって振り切った。

いや、今や義貞は野に放たれた虎。

奴を討ち取るにはどうすれば良い。

そうだ、奴の本拠地『新田荘』を落とせば人質も取れるし、奴には大打撃であろう。

早速鎌倉に使いを出して、新田荘を攻めさせぬとな。

あと、奥州の北畠軍にも新田荘攻めに参加してもらおうか。

兄上には、山陽道を西に進んで新田軍本隊を討ってもらおう。

これで、義貞も一巻の終わりよ。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


◇鎌倉にて(岩松経家と渋川義季)◇

「渋川殿、そなたが婚姻を結ぼうとしていた新田義貞が朝敵となり、我らには新田荘攻めが命じられたぞ」

「岩松殿、それは誠か」

「おう、直義様の使者から直に聞いたし、ここに命令書もあるぞ」

「ふむ、確かに間違いないが、何故義貞殿が朝敵となり、足利家が新田家を討とうとしているのか、私には理解できぬ。義貞殿と尊氏殿は、手を取り合って幕府を盛り立てていくのではなかったのか」

「我らは、命じられたことを粛々とこなすだけだ。渋川殿もそれは分かっていよう」

「それにしても、何もかもが急すぎる」

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


◇奥州にて(北畠顕家視点)◇

「奥州勢は鎌倉勢と共に新田荘を攻めよ、か」

後醍醐帝の勅命を受けた北畠中納言顕家は、思わず天を仰いだ。

「この京から離れた地で大軍を起こすことがどれほど大変か、帝は分かっておられるのだろうか。だが、勅命とあれば是非もなし。義貞本人と戦えぬのは残念だが、新田軍相手に目に物見せてくれよう」

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


◇新田荘にて(安藤聖秀視点)◇

「義貞殿は朝敵となり、鎌倉勢と奥州勢がここ新田荘に攻め込んでくるだと」

何がどうしてこうなった。義貞殿は直義殿と共に尊氏殿を頂点とした幕府政治を盛り立てて行くのではなかったのか。

「さらに追加情報だと?何々、義貞殿は持明院統の後ろ盾を得て九州に逃れた、か」

(うーむ、先の読めぬ展開だが、わしは新田荘を守りぬくだけだ。それが義貞殿と交わした約束でもあるしな)

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


◇後醍醐帝と楠木正成◇

「主上、尊氏を味方につけた我が軍は新田軍を駆逐しましたが、これは正しいやり方だったのでしょうか」

「正成、何が言いたい」

「大逆罪を犯していたのは尊氏であって、義貞は求められて助言したに過ぎません。義貞に大逆罪を擦り付けて磔にしようとするなど、明らかにやりすぎです。そもそも、尊氏は六波羅探題を攻略し、義貞は幕府の本拠地である鎌倉を攻め落とすなど、倒幕への貢献度は二人とも同程度と思われます。加えて、義貞には人望・徳が有りますが、尊氏は優柔不断の猪武者で、直義は鎌倉幕府の得宗専制を理想としており、我々の目指す政治とは方向性が違います。義貞は尊氏よりも産業振興に熱心で、畿内の武士たちとも相性が良く、彼らへの理解度も尊氏とは段違いです」

「正成、結論を言え」

「主上、義貞の窮地を救って頂けないでしょうか。義貞を許して、彼に政治を任せるのです」

「なぜそのようなことをする必要がある。朕が南面しているおかげで、田畑の訴訟争いが止んだであろう。さらに、大内裏の造営によって、朕の徳が天下に広く行き渡り、民は皆喜んでいるではないか」

「いえ、訴訟が止んだのは、忠義が報いられないのを恨んで、皆が領地に帰ってしまったからです。戦乱に加えて大内裏の造営により増税されれば、民の悲しみや恨みは如何程になりましょうか。今は、いくさや増税をしている時ではありませぬ。結局、世の中を良くするには、皆が一致団結して一つひとつ問題を解決していくしかないのです」

「「楠木殿、不敬が過ぎるぞ」」

「敵は、朱子学を否定する新田義貞。これは決定だ。正成は、直ちに播磨へ下向せよ」

(もはや、主上に異議を申し立てる意味もあるまい。あるまい・・・)

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


◇全国の武家視点◇

「この瓦版によると、義貞殿は元弘没収地返付令という法を発したらしいぞ」

「何と、それはどういう法だ?」

「元弘三年に帝(後醍醐)が出した命令を無かったことにして、土地を旧所有者に返還することを、新田義貞殿の名で保証するものだそうだ」

「つまり、建武政権成立後に帝が宣言した、『これからは綸旨を得たものが新たな土地の所有権を持つ』という命令を無かったことにするわけか」

「これが事実であれば、帝の側より義貞殿に付いた方が得なのだが、果たして義貞殿にそれだけの実力があろうか」

「いや待て。瓦版には、持明院統の光厳院が義貞殿の後ろ盾に付いたとも書かれているぞ」

「ということは、義貞殿の法は光厳院のお墨付きを得ているわけか。これなら上手くいくのではないか」

「大体、鎌倉幕府が滅んでから今まで、武家にとって何ひとつ良いことは無かったではないか。我らの希望であった尊氏殿も、帝に服従しているからな」

「とりあえず様子を見よう。義貞殿が上手くいきそうなら、それから味方するのでも遅くはあるまい」

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


多々良浜の戦い


建武二年九月中旬

建武政権から離反した俺たち新田軍一万は、『元弘没収地返付令』や『光厳上皇の院宣』を印刷した紙をばら撒きながら筑前に辿り着くと、そこには朝廷方の菊池武敏をはじめ、筑前国の秋月種道、肥後国の阿蘇惟直、筑後国の蒲池武久、星野家能など約二万騎が待ち構えていた。

さーて、初の本格的近代戦の始まりだ。

者ども、刮目せよ。

「大砲を放てー」

ドカーン、ズドーン。

弥右衛門の作った青銅砲の威力は、如何程か。

砲弾が朝廷軍に直撃し、大勢の兵士が肉塊となった。

一瞬で、朝廷軍の戦線が崩壊した。

「敵は崩れたぞ。追撃せよ」

俺は、義助・義顕らに各々千騎を率いさせて、朝廷軍の横腹を左右から突かせた。

こうなると、朝廷軍はもはや軍の体裁を為さず、各々が混乱しながら逃げ惑った。

結局、約五千騎が太宰府に撤退し、同じく五千騎が降伏。そして、残りの一万騎はちりぢりになって逃亡したのだった。

降伏した五千騎を吸収した新田軍は、そのままの勢いで大宰府を包囲した。

菊池武敏は、やたらと抵抗しているけど、俺は城攻めが大得意だからね。

(祟り神殿、いつものアレよろしくお願いします)

『任せておけ』

そんな感じで、毎度おなじみのネズミを操って大宰府内に毒をばら撒く戦法で敵を降伏させた俺たち新田軍は、早々に味方となった少弐頼尚・貞経の加勢もあって、あっという間に九州一円を征服して十万騎の味方を集めることに成功した。時に、建武二年十月末のことであった。

「速やかに上洛して尊氏たち朝廷軍を京から追い出すから、それまで無事でいてくれよ尹子殿」


◇京にて◇

「義貞が、光厳上皇の院宣を賜っただと。これでは、新田軍も官軍になってしまうではないか」

「頼まれたからといって直ぐに院宣を出す光厳上皇が一番悪いのは確かだが、義貞に知恵を付けたのは誰じゃ」

「光厳上皇と義貞の間を仲介したのは、世尊寺行尹のようです」

「だとすれば、黒幕は行尹の父経尹か」

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

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