後醍醐の罠
二年ぶりの上州ということで、新田荘を視察したり、飽間盛貞・家行・定長に頼んだ甲州ブドウの育ち具合を見学したりしていた俺であったが、いつまでも新田荘にはいられないんだよね。そろそろ鎌倉に戻らねばならぬ、ということで家族とお別れする日を迎えることとなった。
「全てに決着をつけて、必ずや一人も欠けることなく新田荘へ戻ってくる。だから、その日まで皆で新田荘を守り抜いてくれ」
「「「はい、例え誰が相手であろうと、この新田荘を守り抜いてみせましょう」」」
頼もしい皆の誓いを聞いた俺は、義顕・義助・護衛らと共に鎌倉へと戻るのであった。
ついでに、佐助や吾妻行盛が新たに雇った忍者隊も一緒に連れ帰ったぞ。これで、戦術の幅がさらに広がるぜ。
こうして俺たちは鎌倉に帰ってきたのだが、戻って早々渋川義季に呼び止められた。
「おお、ちょうど良い所でお二方にお会いできた。渋川郷(群馬県渋川市)から娘の幸子を呼んだので、未来の夫(義顕)と義父(義貞)に挨拶させたいのだが、いかがかな?妹(渋川頼子:足利直義の正妻)もいるので紹介しよう」
そう言って俺と義顕を娘のところへ連れて行こうとする義季であったが、直義がそれを遮った。
「義貞殿、兄上の一大事だ。兄上に上洛を止めるよう、義貞殿も説得してくれぬか」
直義が言うには、『尊氏を従二位に任じるので京へ戻れ』といった内容の文書が後醍醐帝から送られてきたので、尊氏はすぐさま上洛しようとしたのを、皆で一生懸命押し止めている状態なんだってさ。
「義貞殿も兄上を止めて下され」
直義がそう訴えるので、渋川義季の対応は義顕に任せ、俺は京へ戻ることの危険性について尊氏に説明してやることにした。
「・・・・・・・」
尊氏が今すぐにでも京へ向けて出発しようとしているのを、細川・畠山・斯波といった足利一族が必死になって止めていた。
そんな有様を見た俺は、尊氏に向かってこう言い放った。
「尊氏殿、貴殿は今絶好の好機にいることを理解していないようだ。そして、上洛することでその好機を失おうとしていることも。今、貴殿は日本における武力の大半を集め、ここ鎌倉で論功行賞を行える立場にいる。ここで、貴殿が幕府を開くと宣言すれば、誰も押し止めることなど出来ぬのです。逆に、そのことを理解している主上(後醍醐)は、どんなことをしてでも尊氏殿の好機を潰そうとするでしょうな。例えば、従二位の位で京へ呼び戻して、尊氏殿を軟禁もしくは処刑するとか」
「だが、帝の意思に刃向かえば朝敵となってしまうではないか」
「それこそ、北条義時公の故事に倣えば良い。承久の乱で朝敵となった義時公は、結局武力で後鳥羽院を圧倒して宣旨を撤回させたではないか」
「そのように上手くいくものであろうか」
「兄上、義貞殿の言う通りです。そもそも、征東軍(北条時行追討軍)を編成した時点で帝の意思に背いているのです。この状況で京へ戻れば、義貞殿の言った通りの状況となるでしょう」
「皆も同意見か」
尊氏が周囲の者に問いかけると、皆が頷いた。
「皆は、余に付いてきてくれるのか。余と共に幕府を盛り立ててくれるのか」
誰からともなく賛同の声が上がり、ここにおいて足利尊氏を長とする武家政権が発足したのであった。時に、建武二年八月末のことだった。
俺こと新田義貞は、この武家政権において管領職を得て、子孫も足利家に次ぐ源氏の名門として代々幕府の要職に就くことになるのであった。めでたし、めでたし。
とは、残念ながらなりませんでした。
何故かというと、後醍醐帝から『上洛せねば尊氏を朝敵認定する』との文が届いたからだ。
これには尊氏も狼狽し、ついには寝込む有様であった。
何だろうな。尊氏って、政治家としてはメンタル弱すぎじゃないか。
「義貞殿、君の頭脳で何とかしてくれ」
と尊氏が頼み込むので、しょうがないから俺と直義が上洛して『尊氏には帝に刃向かう意思がない』ことを弁明する羽目になったよ。
せっかく関東に来て朝廷とオサラバできると思っていたのに、やはり主上を何とかしないと幕府開設には至らぬか。でも、あのずる賢い主上がすんなり武家政権を認めるとは思えぬしな。俺に万一があった場合に備えて、新田家の行動指針を書き残しておくとするか。
◇新田義顕と渋川幸子ちゃん(4歳)◇
「頼子と幸子ー、義顕殿だぞ。まあ、義貞殿は直義殿にさらわれてしまい連れて来れなかったがな」
「義顕様ですね。足利直義の妻、頼子にございます。我が姪の婚約者になっていただき有難く存じます。それにしても、直義様は義貞様の力添えが無いと尊氏様の上洛を止めることもできないのですね。日の本一の智恵者が聞いてあきれます」
「いやいや、直義様も足利幕府開設に向けて努力していらっしゃいますよ(多分)」
「いえ、直義様と義貞様を比べれば、どちらが優れているか一目瞭然。戦に強く、様々な新しきものを世に広めている義貞様は、足利幕府において必要不可欠な人材になることは火を見るよりも明らかです。そんな義貞様の嫡男である義顕様と幸子が結婚すれば、渋川家も安泰というもの。ほら幸子、恥ずかしがっておらずにこちらに来て未来の旦那様に挨拶なさい」
すると、渋川義季の後ろに隠れていた幼女がとことこと歩いて義顕の前にやって来た。
「渋川幸子です。あなたが幸ちゃんの伴侶となる方ですか?」
幸子は義顕に問うた。
「初めまして、新田越後守義顕です。私を兄と思って仲良くしてくれると嬉しいかな」
義顕がこう返事をすると、
「兄ですか。義顕様の事をお兄様とお呼びしてもよろしいですか?」
もちろんと義顕が答えるや否や、幸子は「お兄様」と言って義顕に抱きつくのであった。
(うひゃー、幸子ちゃん無茶苦茶可愛い。そういえば、父上は幼女趣味のことを『ろりこん』とか言っていたかな。いや、私に幼女趣味はないはずだが。しかし、これは・・・)
幸子の魅力に、義顕はメロメロになるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇尊氏と直義◇
「のう、どうしても義貞を討ち取らねばならぬのか」
「左様にございます。奴を放っておくのは余りに危険。あの頭脳で何を考えるか、私には見当もつきませぬ」
「当代一の智恵者であるそなたでも、義貞は理解できぬか」
「悔しいですが、その通りです。兄上は、義貞に気付かれぬよう我々の後をついてきてください。私が三位内侍(阿野廉子)と共に義貞を罠にはめて奴と軍団を引き離すので、兄上は新田軍を蹴散らして下さい。師直はおるか」
「はっ、ここに」
「おぬしは、この書状を三位内侍に届けよ」
「ははっ、承知いたしました」
「では兄上、義貞を排除したら、武力で帝を脅して兄上の幕府開設を承認させましょう」
「うーむ、義貞を罠にはめるのは心苦しいが、足利家が天下を取るにはそうするしかないのか」
「兄上、ここが正念場です。しっかりなさって下さい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こんなわけで、俺は『尊氏の弁明の使者』として直義と共に上洛することになったわけだが、何故か直義がやたらと俺に話しかけてくるんだよね。
幕府政治の在り方とか、強くて豊かな国の作り方とか、朱子学の毒についてとか。
とりあえず、身分を固定化すると世の中は安定するが、競争が無くなって国は弱くなると説明しておいたよ。ちなみに、朱子学の導入は最悪の結末をもたらすと直義に伝えたのだが、詳しく説明してくれと直義が乞うので、日本に朱子学を導入するとどうなるのかについて、直義に俺の意見を聞かせることとなった。
「えー、朱子学とは『より良い人材を育てて、より良い社会を作ろう』といった学問であって、一見とても良い学問に見えますが、現実社会では役に立たぬ学問と言えましょう。例えば、祖法を守ることを重視するあまり、変革期には全く対応できなくなることとか、身分を固定化することとか、商売を『悪』とすることですかね。ここで俺が言いたいのは、『朱子学は国を弱くする』ということかな。まあ、それはそれとして、直義殿は『日本に朱子学を導入するとどうなるのか』知りたいのでしたな。日本に朱子学が導入されれば、身分が固定化されて、平和で窮屈で男尊女卑で外圧に弱い世の中となるでしょう。ただし、天皇家が失徳したから武家が政権を得たという理論武装は、朱子学を用いることで可能となります。天皇家がなぜ失徳したのかと言えば、白河法皇や鳥羽上皇や後白河天皇が道徳を踏みにじる命令を出したからだね(詳細は、読者自身で調べてね)。そんなわけで、現時点で失徳している天皇家から武家が政権を奪うのは、朱子学的に良いこととも言えるのだが、日本では天皇家を潰すことはできない。朱子学的には、天皇家は有徳の家系だから、北条泰時公でも天皇家は滅ぼせなかったなどと言いそうだが、俺的には怨霊信仰のせいで天皇家を滅ぼせないのだと思う。つまり、天皇家を滅ぼせば(最も高貴な政治的敗者を生み出せば)、今までとは比較にならぬ大怨霊が発生してしまう。すなわち、日本に天変地異や未曽有の大災害・大戦乱が起こると権力者(または日本人の大半)が考えたから、天皇家は生き延びたわけだ。しかし、これは日本以外ではありえないことだ。藤原道長・平清盛・源頼朝・北条泰時などは、なろうと思えば天皇を廃して日本国皇帝になれたであろう。でも、皇帝にならなかったのは明らかに怨霊信仰のせいだけど、朱子学者(中国人的考え方をする人)は天皇家が生き延びるという奇跡を有徳の家系ということで理論武装した。同時に、天皇家は王者で、将軍は覇者(武力を持つからね)という図式も成り立った。天皇家は失徳しているから、武家に対して一時的に政権を渡しているだけである。では、武家が徳を失い、天皇家が徳を回復したらどうなるか。直義殿、お分かりか」
「義貞殿、将軍は失政出来ぬし、弱みも一切見せられぬということだな。朱子学の広まった世でひとたび将軍の政に疑問が生じれば、日本人の大半が倒幕に立ち上がると、そうなれば政権を天皇家に返さねばならぬと、そう言いたいのだな」
「将軍に対する忠誠を強調するために朱子学を導入すると、日本では何故か倒幕理論に変化するのです。実に不思議ですな」
「いやー、義貞殿が『朱子学には毒がある』と言った意味が良く分かりました。このことを肝に銘じて、政権運営をすることにしましょう」
直義の機嫌がやたらといいのが、俺には少々不自然に感じた。




