中先代の乱その1
建武二年七月
俺が捕まえた公宗・文衡入道・西園寺家の家人どもは、事情聴取の後にまとめて出雲国に流罪となったけど、取り逃がした連中も多かったようだ。信濃にあって諏訪頼重に匿われていた北条時行(高時次男)は、公宗の旗揚げ失敗の報を聞くと次は自身に兵が向けられることを自覚し、破れかぶれの挙兵を決行するのだった。
七月十四日に挙兵した時行は、信濃守護小笠原貞宗を打ち破ると、その勢力を取り込んですぐさま鎌倉に攻め上った。
渋川義季、小山秀明、岩松経家は武蔵国で北条勢を防がんとするも、衆寡敵せずあっという間に蹴散らされた。
最早ここまでと自刃を決意する渋川・小山両氏に対し、岩松経家は新田金山城に逃げるのはどうかと提案した。そう、経家は以前(元弘三年七月末)義貞が自身に言ったことを思い出したのだ。『北条家の残党との戦いで危機に陥ったら、現在築城中の新田金山城に逃げ込むように』という助言のことをね。
そんなわけで、渋川、小山、岩松の三名は戦場を離脱し、新田荘を目指すのだった。
この時、鎌倉を守っていたのは、鎌倉将軍府将軍八宮成良親王と執権の足利直義であったが、時を置かず北条時行ら五万騎が鎌倉に攻め込んだので、直義はなすすべなく八宮と共に鎌倉を脱出することになった。
だが、直義にとって北条の残党など兄尊氏が出てきさえすれば恐るるに足りず。真に足利家の災いとなるのは、むしろ大塔宮護良親王であることを見抜いていた。
すなわち、大塔宮が北条の手の内に落ちれば北条の挙兵が正統性を持つことになるし、元々牢屋に閉じ込めていた大塔宮が足利家に味方するわけもない。
だから、この混乱の最中に大塔宮の命を奪わねばならぬ。
ということで、直義は鎌倉脱出の最中に淵辺伊賀守を呼び、大塔宮暗殺を命じるのだった。
大塔宮が幽閉されている土牢へと急ぐ、淵辺伊賀守主従七騎。
しかし、淵辺らは自身を見張る十数人の眼があることには全く気付いていなかった。
この時、大塔宮は一日中暗闇の中で読経をしていた。
そこへ、淵辺が『宮をお迎えに上がりました』と言って輿を庭に置いたのを見ると、大塔宮は『お前は私を殺しに来た使者であろう』と言い、淵辺の刀を奪うべく淵辺に飛び掛かっていったのだが、なにぶん数ヶ月にわたる土牢暮らしは大塔宮の足腰を弱らせ、たちまちのうちに大塔宮は淵辺に取り押さえられるのだった。
「宮様、覚悟!」
淵辺が刀で大塔宮の首を落とそうとするまさにその時、淵辺の腕に手裏剣が刺さった。
「何奴!」
淵辺の前に現れたのは、前の中納言万里小路藤房であった。藤房は、大塔宮暗殺を防ぐため、前もって忍びと共に鎌倉に潜入していたのだった。
「宮、お迎えに参上しました」
「おお、藤房か。どうしてこの様な所に。もしや、父上のお許しが得られたのか?」
「いえ、これは私の独断に御座います。淵辺とやら、今なら見逃してやる。黙って立ち去れ」
「使命を果たせずに直義様のところへ戻ったところで、死罪を言い渡されるだけだ。宮を殺せずとも、出来るだけ多くの者を道連れにして死んで見せよう」
「聞き分けのない奴だ。佐助、やれ」
「はっ」
佐助たち忍びは、導火線に火のついた焙烙玉多数を淵辺ら主従に投げつけた。
たちまち焙烙玉は大音響とともに爆発し、淵辺らが大混乱している隙を突いて、藤房と大塔宮は鎌倉からの脱出に成功したのだった。
この時、上手い具合に偶然が重なったのであろうが、大塔宮の身の回りの世話をしていた南の方(中納言藤原保藤の娘)も一緒に救出することができた。なにやら、淵辺らと忍びが戦っているのを見て腰を抜かしていたそうで、これから戦場となる鎌倉の地に女性一人を放っておくのは余りにも危険ということで、忍びが独断で保護した女性が南の方であった。彼女には、大塔宮と末永く幸せに暮らして欲しいね。
話は変わるが、しばらくして正気に戻った淵辺らは大塔宮の暗殺失敗を直義に伝えたのだが、淵辺の要領を得ない説明に直義は癇癪を起こすのだった。
◇三位内侍(阿野廉子)と高師直◇
「大塔宮の暗殺に失敗したというのか。全く、直義も使えぬ奴よのう」
「左様にございます。そして、宮の逃亡を手助けしたのが、最近行方をくらました万里小路藤房のようです」
「藤房は文官としては有能だが、直義を出し抜いて宮を救出する力を持つとは思えぬ。武家の後ろ盾があるのではないか」
「藤房と言えば、新田義貞と懇意にしていたようですが・・・」
「ふむ、義貞については、わらわも前から気になっていたのじゃ」
(・・・様は小物と言っているが、義貞は色々と怪しいのう。何度も怨霊の力を撥ね返すし、欲望を増幅させて操ることも出来ぬしな。やはり、何らかの罪を擦り付けて、奴を処分する方が良いかもしれんの)
「三位内侍様、如何なさいますか」
「そなたは、義貞の本拠地『新田荘』を探り、宮や藤房を探し出すのじゃ。宮はまだ罪を許されておらぬ。罪人の宮を匿う者がおれば、その者も大逆罪で裁くまでじゃ」
「ははっ、承知いたしました」
(ふふっ、廉子様は相変わらず意に沿わぬ者に対して厳しいのう。まあ、ここは義貞のお手並み拝見と行くかな)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




