私を月まで連れてって
26
「ルクシール、よせ」
王女が隊長に向かっていらただしげに言う。
「いえ、殿下。ここはちゃんと説明しないとわかってもらえません。私には殿下の護衛という職務もあります。殿下に危険が及ぼされることが無いようにするのが私の務めです」
なんか偉そうに言ってるが、さっき王女が溺れていたのを見逃しているだろう。護衛の意味あるのか?
「実は殿下に他国から縁談話が上がっているのです」
「ほお、相手が誰だか知らないがずいぶんなロリコン野郎だな。王女は10歳かそこらだろう。まあ、国同士のことだから、そんなこともあるのだろうが…」
「はあ?殿下は21歳ですよ」
「えっ、こんなツルペタちんちくりんが21のわけないだろう」意外な事実に思わずポロッと本音を洩らしてしまった瞬間。
どがしっ!顔を真っ赤にした王女が俺の顔面にパンチをめり込ませた。
「黙れ。黙らないと殴るぞ」
既に殴ってるだろうが
「まあ、とにかく殿下に縁談が来てるわけですが、その相手が気に入らないようでこうして逃げまわってるわけです」
「何が不満なんだ。相手が不細工な中年オヤジだとか?」
「いえ、縁談相手のゼクトール王子は今年で20歳になる眉目秀麗と噂される方です」
「じゃあ性格が悪いのか?」
「そうでは無いようです。下々の者にも優しいと評判の上、文武両道。武術も乗馬もトップクラスの腕前で機人に乗せれば常勝無敗だとか」
「何、その完璧超人。ユリーシアは何で嫌がってるのかわからん。他に好きな人がいるわけでも無いだろうに」
「う、うるさい。嫌なものは嫌なのだ」
あれ?もしかして図星だったのか。しかし、こんな奴に好かれた野郎も気の毒だが、ユリーシアも完璧超人王子を振るほど好きな奴がいるとか、思ってたより可愛げがあるじゃ無いか。
ニマニマと笑いながらユリーシアを見ると「何か変な想像をしているようだが、お前の考えているようなことなどないからな」と言って拳を握りしめた。
また殴られるのは嫌なので、あまりいじるのはやめることにした。
「とは言え、いつまでも此処に居るわけにもいかないぞ。正直お前が居ると迷惑なのでとっとと帰って貰いたいが……」
「め、迷惑だったのか」急にしおらしくなるユリーシア。
「別に迷惑なんかじゃないよ。ずっとうちにいればいいじゃん」とアーウラさん。
「ほら、アーウラは居てもいいと言ってるぞ」ぱあっと顔を明るくしてユリーシアが言う。
う〜む、困ったものだ。喜怒哀楽がはっきりしているのはユリーシアの欠点でもあるが、利点でもある。もうしばらくすれば、王宮から迎えが来るだろうからそのまま引き渡してしまうのが一番楽なのだが、こいつを見ていると引き渡してしまうと後で後悔するような気がする。
「考えてる暇はありませんよ。どうやら王宮からの迎えが到着したようです」エリシエルがそう告げて来た。
「やけに早いな」後ろを振り向くと、こちらに白地に金の模様が入った機人が飛んで来るのが見えた。
「あれはホワイトウインド。マリーベルが来たのね」
「マリーベルって?」
「王宮近衛団の団長だ。私の直接の上司になる」ルクシール隊長が説明してくれた。
「グズグズしてる暇はなさそうだな。ユリーシア、グライドに乗れ」
「えっ?」
「何度も言わすな。逃がしてやるって言ってるんだよ」
「おお、愛の逃避行」ルクシール隊長が混ぜかえす。
「「違がうわ!」」心ならずも、俺とユリーシアの言葉がハモった。
「おやおや、どんな心境の変化ですかw」エリシエルもそう茶化しながらもグライドの機体を屈め、コクピットに乗りやすいように右腕を差し出した。
急いでグライドに乗り込んだ俺は、機体チェックを行う。この前の大会で千切れた左腕をまだ直していないが、それ以外は特に問題はなさそうだな。
「ユリーシア、いけるな?」
「勿論だ」ユリーシアは頷くとリアクターを起動させる。
アーメスの前にホワイトウインドが降り立ち、コクピットのハッチが開く。
「姫様、どちらに行くつもりです」中からマリーベルの制止の声が響く。
「すまないマリーベル、でも私は王宮には戻らない」
「そうは行きません。言っても聞かないなら取り押さえてでも、連れ帰ります」
再びハッチが閉まると、ホワイトウインドはこちらを取り押さえようと両腕を広げて近づいてくる。
俺はグライドを離床させようとしたが、近づいて来たホワイトウインドに足を掴まれた。
仕方ないのでホワイトウインドをぶら下げたまま離床する。足を思いっきり振ってホワイトウインドを振り払う。
「よし、目一杯出力上げろ。逃げるぞ」
しぶとく付いて来るホワイトウインドを引き離し、更に加速させる。
「さてお姫様、何処までにげましょうか?」
「そうだな、月まで逃げようか」
「了解。目的地は月だ」
俺達はコクピットの中で笑いあった。




