014
よもやたいした家柄でもない透子ちゃんと仲良くしている……なんて選民思想バリバリの母上や、その影響を受けている棗にとっては一大事だ。背中にブリザードを背負っていた棗を見送りながら早くも帰らない言い訳を探しはじめていた私だけれど、帰らなかったら帰らなかったで母上に余計な告げ口をされるかもしれない。これは古来より伝わる日本の文化に則り、袖の下を渡して口止めを図るのが得策であろう。
そんなわけで私は昼休みを利用して中等部の方へと足を運んでみた。てっきり食堂で取り巻きに囲まれながらフルコースでもいただいているかと思ったけれど、予想外にも棗の姿はない。
代わりに、ひとつ見つけた影があった。
向こうもどうやら私のことを見つけてくれていたようで(というか中等部じゃあまりにもこの悪役面が目立つんだろうけど)、私に軽く目礼をしてくれた。ただ、ここじゃ目立つと思ったからなのかすぐに背を向ける。暫くすると振り返り、その様子がどうやらついて来いと言っているようだったので、それに従う事にした。
ほどなくして、中等部の中庭に到着すると、藤吾くんはすぐに頭を下げた。
「ろくな挨拶もせえへんまま、こんなとこ連れてきてごめんなさい!」
「ううん。いいの。わたくしみたいな高等部の生徒がいきなり現れたら、変な注目を浴びてしまうもの。考えなしで棗を探しに来てしまったから……」
「ぼくもそうかなぁと思ったんやけど、ぼくから話しかけると、その……ちょっとお姉さんが微妙な感じになりそうやなぁと思って」
「微妙?」
その物言いに私は首を傾げたが、藤吾くんは言いにくそうにちょっとだけ笑った。
はっ。もしかして白鳥家が莇野家に睨み効かせてると思われるとか!? 花山院はともかく、西門からはやけに目の敵にされてる気がするし、いくら漫画みたいな悪事を働いていないとはいえ、私の知らないところで悪い噂が一人歩きしているってことは全然ありえる。いくら今もっぱら話題のブランドAZAMINOの息子とはいえ、超新星というだけあってまだまだ家柄としては若いと言えるだろう。白鳥家から睨まれてる、なんて噂が知れたらせっかくのAZAMINOの評価が下がったっておかしくはない。
こんなに若いうちからそんなことまで考えてるなんて……。こりゃ確かに原作に出てこなくてもおかしくないな。主人公の透子ちゃんに張る苦労人ポジだもん。また別のストーリーが始まってしまう。
私が生温かい視線を向けていたせいか、藤吾くんは不思議そうな顔をしていた。
「ところで、中等部で何してはったんですか?」
「ふふ。棗を探していたの。お昼は中等部の食堂でいただいていると思ったのですけれど、当てが外れましたわね」
「ああ~~……多分呼び出しにでもいっとるんちゃうかなぁ」
「呼び出し? 成績の事、とか?」
棗は一応白鳥家の跡取りってこともあって、成績に関してはそこまで問題なかったと思うけど……というか白鳥エリカも含めて表向きは優秀なんだよね。中身が私になってからそれが保てているか不安ですが……。微分積分いい気分なんてなるはずもない……。
私の疑問符が伝わったらしい藤吾くんは、ちょっとだけ笑ってから声を潜めて私の耳元に唇を近づける。
「いややなぁお姉さん、呼び出し言うたらこ・く・は・くに決まってますやん」
えっ、え、ええぇえ~~~~っっ!?!?!
心の声が音となって外に飛び出すことは手のひらでなんとか堪えたものの、驚きに瞬く瞳までは隠せなかった。だってだって、私、こういう恋愛系大好きなんだも~~~ん!
というかそもそも少女漫画が大好きだから『わたとげ』だって読んでたわけで。でもそうか。よくよく考えたら少女漫画の世界、武士という当て馬がいたせいか棗はそこまで恋心に踏み込んだエピソードはなかったものの、モテるにはモテるのよね。顔はいいし、基本的には人当たりよく立ち回ってるし、でもクールな一面や生意気な一面もあって……ああっ、棗の「先輩ってほんと、バカだよね」ってセリフに散々ときめいていた前世の私が騒ぎ出している……! さすがに姉として過ごした期間が長い事もあるし、そういう目では見てないけどうっかりときめくぐらいには分かってしまうな。
私はなるべく平静を装いながら、遅すぎる「ふ、ふうん」という相槌を返した。
「棗も隅に置けませんわね。彼女を家に連れてくる日も近いのかしら?」
「う~~んどうやろ、棗、たぶん今回も振って帰ってくるんちゃうかなあ」
こ、今回も!? 今まで何回も告白されてるっていうのか。マジで隅に置けないっていうか同じ白鳥家なのにこの差は何? 私にそんな甘酸っぱい覚え、ないんですけど……。
「どうして? タイプじゃないとか?」
「まあそれもあるけど……」
「家柄のしがらみでもあるのかしら……」
「う~~ん? う~~ん………」
歯切れの悪い藤吾くんに、私は首を傾げていたけれど、少女漫画を読み込んだ記憶が私に答えをもたらした。ピキーーン!と、アニメみたいな金色の光が私の背後に走る。
「分かりましたわ! 棗ったら…………好きな人がいますのね!?」
名探偵さながらの私の推理に、藤吾くんはだいぶ慌てたようだった。そりゃ親友だもんね~! 恋愛事情だって多少包み隠さず話してるだろうし……えっ!? もしかして藤吾くんと棗が恋バナしたりするわけ!? ちょっとちょっと、原作ではなかった名シーンの予感がするしめちゃめちゃ観たいんですけどっ。
ああっ、でもそうなると透子ちゃんに淡い恋心を抱くこともないし、なんなら透子ちゃんに近づく事もないのでは……。いや棗が別の誰かに恋することで成長してるならいいんだけど、実松屋での一件を思うし、その兆しはどうにもない気はする……。
「……ちなみに、藤吾くんは棗のお相手などご存知なのですか?」
「いやぁ……お相手っていうか……」
「やっぱり中等部の誰かなのかしら? 家庭教師は男性の方ですし……クラスメイトとか?」
「ん、ん〜〜〜……ど、どうやろなぁ……」
「はっ。こんな事姉のわたくしに喋ったとなったら棗も怒りますわよね? やっぱり聞かなかった事にしておこうかしら」
「そ、それがいっちゃんええと思うでぼくも棗に殺されたないし……」
「あらあら、そんなオーバーですわよ」
せいぜい目で射抜かれて毒舌で精神をやられるぐらいだろうな。
しかしこうなるとこの昼休み中は会えなさそうだ。どうしたものかと思ったけれど、この際背に腹は変えられない。
「棗に伝えておいてくださる? 今日わたくしが透……花野井さまのことは、お母様に黙っておいて、と」
「ええけど……その花野井、って人と話してたんがなんであかんの?」
「ううん……、………」
せっかく棗と仲良くしてくれてるのに、選民思想がどうとかはちょっと言いにくいな……。
ここは私がガラスの仮面を被るしかあるまい。紫のバラの人よ、応援していてっ。
「素敵な殿方なので、変に勘繰られたくないのですわ……」
ぽっ。と頬まで染める私、間違いなく紅天女への道を辿っているだろう。いや、あまりにも自分の行いが恥ずかしくて自然と頬が熱くなってるだけですが……。
目を逸らしているから藤吾くんの表情は読めなかったが、「……そっかぁ」と漏れた声に私は胸を撫で下ろした。ああっ。また無用な嘘を重ねている気がする。紅天女っていうか、私、これはむしろ詐欺師なのでは……?
そう不安になったのは、恐らく予感があったのだろう。
次が体育だから見送りができなくてすみませんという藤吾くんを見送って、さ〜て私もそろそろ戻るかと振り返った時。
そこに悪夢がいた。
「…………素敵な殿方、な」
「…………」
だからなんでこの絶妙なタイミングでいるんだよこの悪魔は〜〜〜〜〜〜〜!!




