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悪役令嬢・白鳥エリカの受難~真犯人は別にいる!~  作者: ハヤカワ
〈第二話 悪役令嬢と花山院の切り裂きジャック〉
30/33

013

 四人で話し合っていたということもあり、そして私(と透子ちゃん)は出来るだけ目立つのは避けたいということで、花山院達より少し遅れて教室へと向かった。とはいえ透子ちゃんと一緒に戻ったところで、助さん格さんがまた卒倒してしまいそうなので、二人でおしゃべりできるのは教室の前ぐらいまでだろう。

 もちろん私は王子よりも武士よりも断然透子ちゃんのファンなのだ。このチャンスは逃しはしない!


「それにしても、前回の花瓶といい、花野井さまはちいさなことによく気が付きますわね」

「そんなこと。友達からはよく細かいとかなんだとかって言われます」

「まさか! そういうことをひとは慧眼と呼ぶのです、ぜひ誇ってください」

「誇る………と言うと、えっへん的な?」

「は? かわいすぎですか?」

「え?」

「あ、あらやだゴホゴホ言葉につまってしまったみたいですわゴホゴホ」


 あぶないあぶない。透子ちゃんのあまりの可愛さに本音が漏れた。

 あ~あ、それにしても私も透子ちゃんみたいな慧眼持ちたいな~。そんで武士たちの弱みを握って、もう私たち一家には関わらないよう書面にて誓ってもらうのだ。影で圧力を掛ければおおっぴらには私は怖い人にはならないわけだし……ってところまで考えて、これってもしかしてまさに悪役令嬢の思考じゃない!? ダメダメ! 横断歩道はたまに人気のないところだと信号無視することもあったかもしれない私だけど、悪事には手を染めないと固く誓っているのです。気をしっかり持つのよ、エリカ!

 私が姫カットの黒髪をぶんぶん振っている間に、目的地に近づいていたらしい。いつものごとく王子や武士たちにきゃあきゃあ言う姦しい女生徒の声が聞こえてきて視線を前に戻すと、予想外の人物がそこにいた。



 わが愛しの弟、棗だ。


 教室の前で立っているのは、恐らく室内に私がいない事を確認したからだろうか。手持ちのスマートフォンに落としていた視線を持ち上げたタイミングで、近づいた私と目が合った。


「棗ったら、いったいどうしたの?」


 もしや愛しのお姉さまに会いに来たんか? ん? ん~?

 さすがに透子ちゃんやクラスメイトの手前にやにやした顔は晒せないから、オホホと手のひらで口許を覆うけれど、さすがに家では多少気が抜けている私である。そんな私を見ている棗からすれば、私が笑顔の仮面の下でどんな表情を浮かべているのか分かったらしい。癖っ毛の下にある瞳がきりりと尖った。

 のちに。


「腕時計を忘れて行ったから届けに来たんだけど……ひょっとして、迷惑だったかな」

「え゛っっっ!?!?」


 この声は何も私だけが上げたものではない。

 ぶわっっと漫画なら点描に花が背景に描かれるであろう憂いを帯びた表情は、それこそ美少年顔の棗が浮かべていることで威力が倍となって、周囲の人にも影響を及ぼしている。

 っていうか、いつもの棗と違うじゃん!? しおらしいんだけど!? なんで!?

 状況を呑み込めない私に、さらなる追い打ちが降りかかる。


「なんてね。実は口実だったりするんだ」

「こ、こうじつ???」

「うん……ちょっとでも姉さんの顔を見れたらなあ、って」

「!!!!!」


 そう言う棗がふわりと笑う。

 辺りを見回さなくても分かる。確実に隠れて見ている助さん格さんはじめとした女子生徒が薔薇の香に当てられてぶっ倒れている……!

 かく言う私もあまりにもドギマギしてしまっている。だってこんな表情、『わたとげ』を読んでいる時だってキュンキュンしてやばかったのに、実際目にしたら威力がとんでもなさすぎる。ただ私がぶっ倒れずに済んでいるのは、なぜ今さら? という疑問と、腕時計ごときで私なんかの元に来るはずがないと性格上知っているからだ。

 とりあえずお礼を言いながら、恐る恐る差し出された腕時計を手に取る。何も起きない。ほっ。


「あれ。透に白鳥さん……と、棗くん?」


 どうやら女子だけだと思っていた注目は、クラス内にも及んでいたらしい。

 教室の入り口から覗いた顔は驚いた表情で遠子ちゃんから私、そして棗へと移った。


「お久しぶりです、平馬さん」

「びっくりしたなあ。久しぶり。中等部にいるのは知っていたけど、どうして高等部に?」

「姉さんが腕時計を忘れたみたいだったので届けに来たんです」

「お姉さんのこと、大好きなんだね」

「そ、そんなこと」


 さすがに花山院とはパーティーなどで顔を合わせることもあるせいか、棗も礼儀正しくしているようだ。とはいえ今なぜか「いい弟スイッチ」が入っているからそのせいもあるんだろうけど。ほっぺなんか染める芸当どこで身につけたんだこの魔性の男は……。

 しかしまあ現われたのが花山院で良かったな。これが西門だったら夏越の祓・ふたたびになってしまう。


「平馬、花野井戻ってきたの………か」

「カズ」

「…………夏越の祓、ふたたび…………」

「どうしたんですか白鳥さん……」

「い、いえなんでもありませんわ……」


 え~~~~~~ん! ただでさえ普段と違う棗がここにいるって時点でてんやわんやなのに、ここで西門に現れて欲しくなかったよ~~~~~! あまりにものタイミングの妙に私がふらつきかけたのを、透子ちゃんに助けてもらう。ううっ。ごめんねかよわい乙女にこんな事させて……。

 目の前でかち合った西門と棗はさながらヘビとマングース。西門はまあ元々目つきが良くないのがデフォルトとしても、棗はにっこり微笑みながらも目が笑っていない……怖すぎる……。


「姉さん」

「は、はいいっ?!」

「腕時計つけないの?」


 ええまあそれどころじゃないからね。


「そう。じゃあ貸して」

「別に構わないけれど……棗ったら忘れたの?」

「あはは嫌だな抜けてるのは姉さんだけで十分でしょ」


 え? 何? 今ディスられた?

 大人しくさっき受け取ったばかりの腕時計を渡すと、そのまま引き換えに左手を取られた。

 そして取られた左手をダンスパーティーのエスコートみたいに掲げ持つと、なんと棗直々に私の手に腕時計をつけてくれている。ま、待って待ってほんとに一体どういうこと!?!?!


「な、棗? あの、腕時計ならわたくし、自分でつけられますわよ?」

「何言ってるの姉さん。僕がいないと水無月5、6個は食べちゃうでしょ」

「いくらわたくしでも3つがげんか……って今それ関係あります!?」

「はいできた。あ、西門さんもいたんですねこんにちは」

「…………どうも」


 いったい何がなんだか分からない間に腕時計は無事左手に収まるし、一方で周囲からは「尊いですわ~」なんて言いながらぶっ倒れる音が聞こえるし(そしてその声は助さん格さんにひどく似ていた――)、私は疑問符を浮かべっぱなしだったけれど、そんな私は輪の中心にいながらなぜか蚊帳の外。なんとなくこの笑顔には見覚えがある気がするけど……棗が何を考えているのかはさっぱり分からない。棗は西門を笑顔で見つめているし、西門はまあ目つきが悪いから睨んでいるように見えるけど棗をじっくりと見返しているし、そして花山院と透子ちゃんはアイコンタクトで語り合っている……えっ、私の存在意義、どこ……?

 と思っていたら、存外早くそれはもたらされた。


「姉さんって、西門さんと付き合ってるの?」

「ぶっっっっっっ」

「キャーーーーーーーーッッッ!!!!!!」


 幸い私のぶさいくな悲鳴は、それに勝る黄色い悲鳴によって遮られ、ほとんどの人には聞こえていないようだった。が、棗の質問は悲鳴からもお察しのとおり、その辺にいるクラスメイト――もとい助さん格さんにも届いていたようで、すかさず二人が近寄ってくる。逃げようとしたらがっちり棗に手首を握られ、腕時計はさながら手錠だ。気づいたら花山院は透子ちゃんの背を押し教室内に誘っている。眉間に皺を寄せながら西門も続いていた。

 花山院と透子ちゃんはともかく、おい西門っ。逃げるなっ。ほとんどこいつらあんたのファンだろうが! おモテになるんだからファンのしつけぐらいしっかりしてくださらない!?


「あ、あのねえ棗、前にも言いましたけどそんなことは――…」

「エリカ様は照れてらっしゃるけど、ここだけの話、西門様はエリカ様をお姫様抱っこする仲なんですよ!」

「そうそう。それに人工呼吸だって……」

「ね~~~~~~!」


 えっ!!? やっぱり人工呼吸ってしたの!? どうしようぶったおれそう。


「ふうん。姉さんも隅に置けないな。じゃあ花山院さんとは何にもないの?」

「いいえ、もちろんありますわ!」

「花山院さまに西門さま、ついでにそこのオタクからも想いを寄せられてエリカ様はモッテモテなのです」

「アオリ文句は『こんなに溺愛されて、わたくしどうなっちゃうの~!?』ですわね」


 ギャーーーーーーー!!!! とんでもない逆ハーレムものおっぱじめないで!?

 心なしか花山院や透子ちゃん達も力なくズッコケている気がする。本当に申し訳ない……ウチの助さん格さんがすみません……。しかも先ほどまで花山院や西門の影に隠れていた透子ちゃんにも、この発言で注目が集まってしまったようで、棗までもがその視線を向けている。


「花山院さんと西門さんはともかくとして……ソコノオタク?」

「お、オタク……」


 はっっっ。

 もしかしてもしかしなくてもこれってチャンスじゃない!? 透子ちゃんには花山院と幸せになってほしいとは思っているけれど、一方で棗が持つ偏見という物の見方をここらでブチ壊すきっかけもほしい。小憎たらしいところもあるけど可愛い弟だから、そんな弟が失恋確定の恋路を歩むのには少し気が引けるけど……。まあでもこの世界が全て原作通りに進んでいるわけじゃあない。これが恋じゃなく、よき友人になれる可能性だってあるわけだ。

 ちょうど双方視線を向けているのをいいことに、私はコホンと咳払いをひとつ落とした。


「棗、こちらはわたくしのクラスメイトの花野井透さまよ。成績優秀でいらっしゃるの。花野井さま、紹介が遅れまして申し訳ございません。こちらはわたくしの弟の棗でございます」

「あ、いえそんなご丁寧にどうもどうも」

「……ハナノイ、って、あんまり聞いたことないけど」


 うっ。さすが我が弟、するどい……。

 選民思想ゴリゴリだからなるべく家とかには触れずにいきたかったんだけど、そうは問屋が卸さないか……。皆まで言わずとも「どこの家のもんだ?」とでも言いたげな顔が全てを語っている。

 願わくば良き友人関係を築けたらと思っていたものの、これは正直なことは言わない方が吉か?

 しかし、私が取り繕うよりも先に遠子ちゃんが口を開いてしまった。


「ああ、当然です。僕は特待生でここへの入学を許してもらっただけなので」




 ――その瞬間の棗の顔と言ったら。

 ああ私、今晩は帰りたくないな…………………。



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