012
おまけに頭が痛くなる出来事がもうひとつ起きた。
翌朝、優雅に朝のティータイムとしけこんでいた私の元に、その爆弾は落とされたのだ。
「花山院の御子息がエリカ様をお迎えに上がられたようですが」
ゲーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!?!?!?
「あらあらまあまあまあ! 花山院さんのところの? エリカさんたらそんなお付き合いがあるなら言いなさいな」
「ゲホゴホゲホゴホ なっ、えっ、あ、あああああ」
あ、あるわけあるか~~~~~~い!
だめだ。なんとしても否定したいのに気管に入った紅茶が邪魔をする。うるんだ瞳でも母上のテンションが明らかに高まっているのは容易に分かるし、父上の「これでウチも安泰だなあ」と言わんばかりにのんびりティーカップを傾けている様子とは対照的に、私はといえば冷や汗が湧き出るほど焦っている。親が暴走するのはどの世界でもそう変わらないとは思うけど、白鳥家の両親が本気で暴走したらマジのマジで花山院との婚約のひとつやふたつ取り付けてきそうだからな。ああっ、没落の足音が近づいてくる……!
上がってもらえと言う父上に目視でもってノーの意を示し、母上がとっておきの茶菓子を用意させるより先に「あらもうこんな時間だわオホホホホホ」とわざとらしく腕を見てさっさと食堂を出た。実はうっかり部屋に忘れたせいで腕時計はしてないんだけどね。よかったな両親がアホで…。
まさかという可能性に懸けて恐る恐る玄関ホールの扉を開け、頭だけ出してスパイさながら外の様子を窺った。いつもならそこには黒塗りのリムジンがあり、別宮さんが車の前で待っていてくれるんだけど……。
この時私の前にはいいことと悪いことのふたつがあった。いいことはそこにある車は黒塗りのリムジンであり、ほんのわずかでもいつもの日常に戻れたこと。悪いことは、車の前で立っているのは別宮さんではなく花山院そのひとであったことだ。
「おはよう。白鳥さん」
「夢だけど夢がよかった………」
「うん? ジブリの話?」
「……ええそうですわね今度のジブリの新作は白昼夢がテーマらしいですわよ」
「あはは白鳥さんは面白いなあ」
「いったい何の用件でいらしたのですか?」
「それはまあ追々」
「はあ……」
あんまりにもげんなりした表情でいると、花山院がちょっとだけ笑って扉に手を掛けた。
「そんなに嫌そうな顔されるのは予想外だったな」
「い、嫌なんてそんなことありません。ただすこし驚いただけというか……」
「そう? じゃあ中を見たらもっと驚くかもね」
「?」
どういうこと?
不思議に思っていると、花山院の手によって開け放された扉の向こうから、「あ」と男の子にしては高い声が響く。ふわり、と花が香るようなにおいがした。
「おはようございます、白鳥さん」
「と………花野井さま!」
きゃーーーーーーー! 透子ちゃんだ透子ちゃんだ透子ちゃんだ~~~~!
さっきまで霊柩車にでも乗り込むテンションだったにもかかわらず、私は急に遊園地のジェットコースターでついに自分の番が来た、というレベルでテンションをブチ上げた。おはよう今日も世界はなかなかどうして素晴らしい!
「おはようございます花野井さま。朝からお会いできて嬉しいですわ!」
「あはは。僕も嬉しいです」
「ふふ。それにしても、どうして花野井さまが? 普段は電車通学でしたよね?」
「白鳥さんと同じで、いきなり花山院が迎えに来たんですよ……」
「ああ……」
原作でもあったしな。お迎えイベント。たしかエリカに意味不明な言いがかりをつけられて自宅謹慎を食らった日に花山院が迎えに来て「身に覚えのない罪を背負うことはない。僕は透を信じてる」って言ってくれるんだよね。ああ、あのシーンは良かったな……点描がとんでもなく舞っててさ……。
まあ来ちゃったもんはしょうがない。私も覚悟を決めて乗り込んだ
――――ら。
「ぐえっっっっっ」
「カエルが踏み潰された時みたいな声上げてんじゃねえよ」
「だっ、えっ、……あ、朝からあまりにも予想外のツラ……」
「ツラ?」
「ゴホゴホゴホ。いえ、朝から西門さまにお会いできるなんて嬉しくてつい発作が」
「今度はカエルの死体でも見た時みてえな顔になってるけど」
「うふふ気のせいですわ。おはようございます、西門さま」
くっそ~~~~、こんなんじゃ透子ちゃんがいたところで気分的には差し引きゼロはおろかマイナスだよ! 乗ってから一分も経っていないというのに降りたくなってきたけど、そんな私の思考に逆らうように車は走り出した。あゝ無情。
ただまあ、ここに西門も揃ったということでなんとなく用件の想像はついた。
まだいつもより早い時間だし、車はいつも列を作る玄関の車寄せではなく、裏門の前で停止した。なんで裏門?と思ったものの、勝手知ったる花山院たちの後に続くと、その理由が分かった。
裏門からは温室が近いのだ。
温室には珍しく鍵がかかっていた。けれど、花山院がポケットから鍵を取り出していたことはもちろんのこと、お馴染みのテーブルの上に広げられたものを見て合点がいった。恐らく花山院が鍵をかけたのだろう。
「証拠品の検分、というところですか」
「ま、見ておくぐらいは損もないと思ってね」
「でもどうして温室なんですの?」
「その辺に置いておいたら捨てられるんじゃないかって透が」
「余計なお世話だったかもしれませんけど、無くなるよりはマシかなと思いまして」
ああ……この学園は業者が清掃に入るから、教室のその辺に仕舞っておいたら確かに捨てられそうだ。透子ちゃん、グッジョブ。この観点は庶民じゃないと生まれないよね。って私も心は庶民だから単に慧眼の差か?
改めて見ると、その凄惨さが良く分かる。あまりにもズタズタだ。たぶん切れ味がそういいもので切られたわけじゃないからだろう。な~んてCSIぶってみる。
まあこれで極端な話、例えば日々サバイバルナイフを持ち込んでいる猟奇的なヤンデレという線は薄れたな。もっともそんなイレギュラーがこの学園にいるとは思わないけど。
切り口を観察している最中、透子ちゃんも同じように眺めているのが見えたので、私は尋ねた。
「花野井さま、何か気付かれました?」
「……いえ、気付いたというほどではないんですが……」
「少しでも気になった事があるなら言いなよ、透」
「そうだ。別にそれが必ずしも解決に結びつかなくったっていいんだぜ」
「……………」
お前ら、態度が露骨すぎやしないか?
「この学院のカーテンって、やけに長いよね」
「ああ。天井が高いからね」
「まあ金持ち学校なんてどこもこんなもんだろ」
「で、この切り口は上の方から切り裂かれている、と」
「……うん?」
「でもそれって、不思議じゃない?」
「犯人はどうしてわざわざ、台に上ってまで、上からカーテンを切り裂いたんだろう?」
「……確かに、言われてみれば不自然だな」
「うん。そもそも見つかるリスクだってあるでしょ。わざわざ台に乗ってるところ見られたら言い訳のしようもないだろうし」
「うーん、先ほどエスカレートしてるって話がありましたでしょう? より目立たせて怖がらせるために、わざわざ上の方から切り裂いたっていうのはいかがでしょう」
「白鳥さんの意見にも一理あるけど、下の方でも目立たないってわけじゃないし、そこまでするメリットがあるようには感じないね」
「ううん……、まあそうですわね」
「そう。だからこうしなきゃいけなかった理由があるんじゃないかと思うんだ」
――それこそ、花瓶に花を生けなければならない理由のように。
誰かが口に出さなくとも、たぶん、みんな同じことを考えていた。




