008
あの後不意に私を襲った眩暈(と書いて「ぜつぼう」と読む)に早々にその場を辞したものの、まさかの可能性に全然眠れなかった。だって考えれば考えるほど、頭の中にストーリーが浮かんでくるんだもん。気を失った私をお姫様抱っこで抱え上げる西門……着ていたシャツを脱いで私に掛けてくれる西門……はっ!! しかも原作で透子ちゃんに起こったことが私にも起こったと仮定するなら、ま、ま、まさか……人工呼吸……そっ、そんなのイヤ~~~~~っっ!!
……いや待てよ。もしお姫様抱っこなんて所業を西門が行っていたら、あの助さんと格さんが黙っているはずなくない!? 昨日そんなこと一言も言ってなかったし、まだ希望はあるぞ!
―――そう思っていた日が私にもありました。
「エリカ様の細い身体を抱きかかえる西門様の太い腕……落ちる水滴……」
「おまけに透けないようにシャツを掛けてくださる優しさ……」
「『大丈夫か、エリカ……頼む、目を開けてくれ……!』」
「『かずみち………さ、ま………』」
「『エリカ……!! 俺は、ずっとお前を―――…』」
「あ~~ん! たまらないですわ~~~!!」
「……………………」
教室に着くや否や取り囲まれ、助さん格さん主演の寸劇が始まった。もう殺してくれ。
二人の脚色が凄すぎてどこまでが本当なのか分からないけど、いや私は一切目を覚ましてないからあの台詞の辺りは全部嘘だと思ってるけど、どうやら私を西門が抱えてプールから引き揚げ(お姫様抱っこなんて死んでも言いたくない)、気遣いでシャツを巻いてくれたのは本当らしい。ゲ~~! それならそれと先に言ってくれよなあ~~~!? 状況が分かんないからシャツを借りた礼しか言ってないよ! さすがに恩知らずが過ぎて死にたくなるな。この噂が蔓延していることにも死にたくなるけど。
ただ幸いだったのは、病み上がりということもあり、不都合な話題はだいたい「ああっ、なんだか眩暈が……」で中断させられるようになったということだ。これが昨日も使えていたら、水着の切れた部位に関しても眩暈でやり過ごせたかもしれないのにな。
そういえば、私は水着を切った犯人を見つけなければならないのだった。色んなショックで整理が追い付かなくてあんまり気が進まないけど……。
「そういえば皆さん、昨日のお昼休みはどうされていました?」
「お昼休み……ですか? 食堂で昼食を取っていましたけれど……」
「ああ、でも軽めに済ませて教室で過ごしていましたわね。だいたい二十分ぐらいかしら? ほら、身体のラインが気になりますでしょ?」
「軽め……というと?」
「サラダとスープですわね」
ウソでしょ? 私昨日ベーコンエピにシナモンロールも食べてるのに!?
また別の眩暈が私を襲う。いいもん。私も今日はサラダとスープだけにするもん……。
「皆さんが教室にいらしたのは何時までですか?」
「昼休みが終わる十分前ぐらいかしら? ギリギリまでエリカ様を待ちたかったのですけれど……」
「あ、いえ、わたくしのことなんで良いんですのよ。それに女の子の身支度にはたっぷり時間を使うべきですもの」
「エリカ様……!」
花山院学園の昼休みは一時間半あるから、最低でも一時間は助さん格さん達の目があったということだ。正直白鳥エリカのことには敏感な二人だから、この目があった時に私の水着を持ち出せたとは思えないし、もちろん教室で犯行を行うことも不可能だろう。ということは、昼休みがはじまってからニ十分と、終わり間際の十分が犯行時刻ということになる。終わり間際だと私とすれ違ってる可能性もあるな。
まあでも、そう思うと確かに透子ちゃんを疑いたくなる気持ちもわかるかもしれない。私は西門と透子ちゃんの二人がいなくなってすぐに温室を出たから、そんなに差はないはずなんだけど、助さん格さんからすれば透子ちゃんはずっと姿が見えなかったわけで、しかも見学者だから着替える必要もない。使える時間はたっぷりある。
うーん……これかなりしんどいな。真犯人を見つけるぞ! と意気込んだはいいものの、ついこの間の花瓶の事件と異なって、どこから手がかりを探せばいいのか見当がつかない。
それに正直、ちょっと気が進まないんだよなあ……。
私の浮かない気持ちが顔に出ていたのか、気付くと助さん格さん達からの注目が集まっていた。
「エリカ様……やっぱり水着の件を気に病まれているのですか?」
おおっ。てっきり私が淑女たる憂いを装えていなかったのかもしれないと心配してたけど、もしかして助さん心配してくれてるの!? 格さんもじっと私の瞳を見て頷いている。私の自意識過剰でなければ、すごく心配そうだ。
正直不審人物の目撃情報探しは人海戦術の方が楽だろう。前回の時も思ったけど、私、本当に孤独なんだもん。助さんと格さんの妄想癖や押しの強さはさておき、頼れるもんなら頼りたい。
でも、多分二人に頼ったら、すべての道はローマならぬ透子ちゃんに通じる気がする……。
「気にする、というほどでは……ただ犯人が外部からの侵入者ということは十分にありえるでしょう? その場合、皆さんにも被害が及ぶのでは……という事が怖くて……」
「まあ、エリカ様ったら……!」
「私達のことよりもエリカ様ご自身のことを気にかけてください!」
「そうかしら? でも……」
「大丈夫ですって! そんなにしょっちゅう侵入者なんて入ってこれるはずありませんわ。きっとエリカ様の評判を聞きつけてやってきた不届きものの仕業です! 本当は盗もうとしたけれど、人の声が聞こえて切ってしまったのかもしれませんわ」
「そうよそうよ! エリカ様、気分を上げるために今日こそ帰りに水着を買いに行きませんかっ?」
「まあ嬉しい。私も皆さんの水着、見立てたいわ」
女三人集まって姦しい、というのを体現したかのように、きゃあきゃあはしゃぐ私達。ふう。いい感じに話が逸れた。
まあ犯人が外部からの侵入者にしても、学内にいて私に恨みを持っているものだとしても、正直二度目の犯行が起こるとは考えにくいもんな。
とりあえず外部からの侵入者にはくれぐれも気を付けるように守衛さんに言っておこうっと。
今日の四時間目にも体育があったけれど、助さん格さんの励ましもあって、見学とはいえ楽しく過ごせた。透子ちゃんのことをああだこうだ言うよりも、一緒に遊んでくれるほうが私の元気が出るって分かったらしい。原作では白鳥エリカ含めて超典型的な悪役だと思ってたけど、エリカに対しては本当~~~に優しいんだよね。まあもちろん家柄やカースト上の忖度とかもあるんだろうけど、それでもこの優しさ全部が嘘だとは思わない。透子ちゃんが関わらなきゃ(そして花山院や西門とくっつけようとしなきゃ)平和だし、私と楽しい女子高生ライフ送ろうよ!
――――だけど、どうやら本当に平和というわけにはいかないらしい。
「きゃああぁっ!!」
教室に足を踏み入れるや否や、助さんが叫び声をあげた。慌てて私と格さんも続く。
どうしたのかと問うよりも先に、視界に入る光がその答えを教えてくれた。
「なに………これ………」
光の射し込む様だけを見れば、ある種うつくしくも見えた光景だろう。カーテンの隙間から太陽の光が漏れ入って、まだ電気の灯っていない教室では特に映える。まるで雲間から射し込む天使の梯子みたい。
けれど、それが私たちに言い表せられない衝撃となったのは、光の射し込む隙間が人為的に作られたものであったからだ。
カーテンの隙間は、切り裂かれて出来たものだった。




