007
「ただいま戻りました」
西門を自宅の道場前まで送り届けてから、私は家に戻った。ただでさえ色んなことが起こった一日だというのに、トドメの一発を食らってへとへとだよ……。また背負いこみたくもない荷物を背負ってしまったせいか、足取りが重い。居間にいた両親に声を掛けてから、二階にある私室へと向かった。着替えて晩ご飯でも食べてテンションを上げようっと。
大きなため息が漏れていたのか、二階の棗の部屋の前を通り過ぎた辺りで、扉が開く音がした。
振り返ると、予想通り棗が顔を出していた。
「姉さん、なんて顔してんの……」
「えっ……わたくし、どんな顔してます?」
棗はちょっと考える素振りを見せてから、
「いきなり未婚アラフォーになってしまってこの先どうすればいいんだろう……っていう感じの顔」
なんじゃその譬えは。え? 要するに老けてるってこと? 中身がアラサーなだけにすごい心をブッ刺してくるんですけど……。
だけど言い返す気力もないし、棗たん可愛いねえってすることもできない。私はまたもうひとつ溜息を吐いた。出来ればこれが「ま、子供には分からないと思うけど……」みたいな大人な響きを伴ってくれるといいんだけど。万が一にも「最近腰が痛んで年を感じるわ……」みたいに捉えられませんように。
「今日は色々あって疲れただけですわ」
「……ふうん? それで帰ってくるの遅かったわけ?」
「遅いっていうか……そもそも一度帰ってきてるのよ。ただちょっとクラスメイトの方に借り物があって、早く返さなきゃと思ってまた学校まで戻りましたの」
「それってもしかして、西門サン?」
「えっ?」
棗の背後から現れたのは、明るい金髪の男の子だった。
元はと言えば漫画の世界だから珍しくないっちゃないと思うけど(花山院だって髪の色素薄めだしね)、それでも一瞬見惚れたのは、その男の子の瞳が鮮やかな水色だったからだ。ちょうど今の季節の空のような色だった。
「藤吾、出てくんなって言ったろ」
「ええやんかあ。棗んちの姉ちゃんが見たくて今日ココに来たんやで」
ぱっと見た限りではロマンス小説とか乙女ゲーに出てくる王子様(少年期)のような見た目をしているのに、口から飛び出すのは流暢な関西弁。あまりにもギャップがすさまじい……。
驚いたものの、私はすぐに余所行きの微笑みへと切り替える。
「棗、こちらはお友達?」
「……まあ一応ね」
「一応ってなんやねん! ぼくらの仲やろぉ、いけずなこと言うなや」
「ますます友達辞めたくなるようなこと言うのやめてくれる? こいつ、莇野藤吾。この間転校してきてからずっと引っ付いてきてるんだ」
「友達やろ友達!」
棗と気安い言葉を交わす藤吾くんだけど、私の中に残る前世の記憶は一切反応しない。あまりにも濃いキャラクターだから登場してきてるなら絶対知ってるはずなんだけど……。まあ棗の登場なんて基本は姉のエリカとセットか、ヒロインの透子ちゃんとの交流になっちゃうから友達関係までは描かれなくて当然か。言っちゃうと脇役だしね。う~~んでも正直、このキャラって(もし原作者の頭に浮かんでいたのなら、の話だけど……)濃いしビジュアル映えするし、おまけに棗とのコンビ売りでめちゃめちゃ人気出そうだし、なんで登場させなかったのか謎なぐらいだな。
思わず見入ってしまっている間に、ぽつりと独り言が漏れていたらしい。
「……こんな友達がいたなんて知らなかった……」
「え?」
「あ、いえ。棗から学校の事をあまり聞かないのもあって……会えてとっても嬉しいですわ。こんな弟ですけれど、ぜひ棗と仲良くしてくださいね」
「余計なお世話だよ……」
「なに言うてんねん棗、こちらこそ喜んで!」
「ふふ。わたくし、てっきり棗には友達も恋人の類もいないのではと危ぶんでいたの。だから藤吾くんみたいなお友達がいて安心しました」
「姉さんじゃあるまいしそんな事あるわけないでしょ」
何を!? お淑やかの仮面が剥がれ般若の仮面になってしまいそう。
――――だったのだけど。
「え? でも西門サンと付き合うてはるんちゃうんですか?」
「………………は?」
「今日もお姫様抱っこされたんやろ? 中等部にそーやって噂回ってきてたけど」
は、はああああああぁあぁぁぁあああああぁああ!!?!!?!?!
確かに普段助さん格さんから花山院や西門との関係についてとんでもない妄想を繰り広げられることはあるけど、お姫様抱っこで熱愛発覚とか下手な伝言ゲームばりの尾ひれがついてるのは一体どういうこと!? イヤホンでガンガン音楽流しながら伝言ゲームでもしたんか!?
笑顔が引きつるのを感じながら、私はつとめて淑女的に藤吾くんへと微笑んだ。
「い、いやいやいや、わたくしと西門さまはそんな関係ではございませんけれど……?」
「ええーーそうなん?」
「……でも姉さんこの間、あいつのこと庇ってなかった?」
ゲーーッ。このタイミングでそれ引っ張り出すか棗!?
「まあ西門さまはクラスメイトですし……でもそれだけよ」
「ふうん、そうなんかあ。ほなお姫様抱っこもされてへんのですか?」
「もちろんですわ! そんなことされていたらさすがに……」
そこでふと、頭の中を過ぎった。
私はなぜ、西門のシャツを身に纏っていたのだろう?
本来『わたとげ』では、気を失った透子ちゃんを花山院がお姫様抱っこで救出する。白鳥エリカは透子ちゃんを突き落としただけで道連れになんてなっていないから、西門はその光景を見て切ない気持ちになるだけだ。
けれど、今回の件では、私が気を失ってしまった。
この身体を助けてくれたのは……もしかして………………
キャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!




