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悪役令嬢・白鳥エリカの受難~真犯人は別にいる!~  作者: ハヤカワ
〈第二話 悪役令嬢と花山院の切り裂きジャック〉
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005

 先ほどまで暖かな日差しと空気に包まれていた身体が、一瞬にして心地のよい冷たさで包まれる。落ちた衝撃でプールの底へと深く沈み、突然のことでままならなかった呼吸のせいで鼻や無防備な口に水が入り込む感覚があった。人魚のようとは言わないまでもカナヅチではないはずなのに、着ている制服のせいなのか、突然のパニックのせいなのか、全くもって身体が動こうとしなかった。

 きっと西門も花山院も、今頃真っ青になって透子ちゃんに向かっているだろうなと思うとなんだか泣けた。私は透子ちゃんみたいにヒロインじゃない。ほとんどのみんなが「白鳥エリカ」に抱いているのは親しみや好意ではなく畏怖だと知っている。でも、思わずにはいられない。誰か、助けて。

 とにかく助かりたくて、抜け出したくて、ぎゅっと目を閉じた。



 再び目を開くと白い天井があった。

 冷たい水に包まれた感覚はすっかり柔らかな羽毛にくるまれるものに上書きされてしまっている。視界に入る淡いクリーム色のカーテンが、私の眠っているベッドの周りを覆っていることを知って、ようやくここがどこか察しがついた。きっと学園の保健室だ。

 最後の記憶が制服のままプールに落ちたところだったので、身体を起こしたところで自分が何を身に着けているのか不安になり恐る恐る視線を落とした。素っ裸ではなかったけど、制服でもない。言っちゃなんだけど入院着みたいなやつに近い。保健室に置いてあるものかな? 傍らを見ると、すっかり乾いたのか、もしくは代わりを用意させたのか、とにかく安心して身に着けられる制服があったので、起き上がってそれに着替える。なんだかいいにおいがするなと思って見ると、小さな包みが置いてあった。なんだろうこれ。ポプリかな? 助さん格さんからの気遣いかもしれない。かわいいところもあるじゃん。というか、対エリカだと普通にいい子なんだよね……。

 

 着替え終わったところで気付いたことがもうひとつある。白鳥エリカの女子制服の横に、男子用のシャツが置いてあったのだ。記名はないけれど、やたらでかい。

 ………………すごくすごく、嫌な予感がする………………。

 ひとまず先生に声を掛けようとカーテンを開くと、真っ先に目に入ったのは助さん格さんだった。どうやらついていてくれたらしい。


「エリカ様! お目覚めになられたのですね!?」

「ごめんなさい。心配をおかけしましたわね」

「そんな! エリカ様のせいじゃありませんわ!」

「そうですわ! もとはと言えばあの庶民が……!」


 いやいや、もとはと言えば助さん格さんが私の水着の恥部が裂かれたことを暴露しようとしたからで、そしてそれをどうにかして防ごうとしたポンコツな私が不可抗力でプールに突き落としてしまった透子ちゃんは間違いなく被害者であり……ということを私の口からは言えそうもなかったので、「ああっ眩暈が……」などという三文芝居で二人の愚痴を中断するほかなかった。私が被っているのはガラスどころかプラスチックの仮面に等しいが、二人は愚痴をやめてかいがいしく世話をやいてくてた。ホッ。

 聞いたところ、もう放課後で、二人は習い事もあるというのに無理をして残ってくれていたらしい。白鳥エリカのことを気にかけてのことだから、多分そう大目玉をくらうことはないだろうけれど、私からも後で母を通じてお礼の電話をしてもらわないと。


 助さん格さんを傍らに控え、水戸黄門のような並びで帰路につく。二人とも一度車を帰してしまったとのことだったので、いつ戻ってきてもすぐに帰れるようにと待機していた白鳥家の車で送ることにした。

 ふと思い出したポプリのことを聞いてみる。


「そういえば、これ、ありがとうございました」

「? 何がですの?」

「あら。なんだかいい匂いがしますわね。エリカ様、どちらでお求めになられたんですの?」

「えっ?」


 とすると、これは二人が贈ってくれたものではない……?

 それは私の心に、ほんの少しの謎を落とすこととなった。


 謎のシャツ? それは最早、謎ではない。



 ◇ ◇ ◇



 二人を送り届けたあと、とにかくちょっぱやでとお願いして、持ち帰ったシャツをクリーニングに出した。白鳥家のお抱えクリーニング屋さんがあるのかは知らないけど、大体こういうのは執事(ってこの現代でも言うのか分からないし、そもそも私は漫画とかドラマの中でしか見た事がない)の杢舘もくだてさんにお願いするとどうにかしてくれるのだ。私や家族の頼みに「かしこまりました」と頷いてしかもそれを叶えてくれる姿は、まさしく現代に現れたジーヴスと言っていい。もっとも、私自身はバーティーみたいにへんてこりんなネクタイや靴下の色で彼を悩ませることはないけれど……陽気なボンクラおぼっちゃまでもないと思いたい、けど……。

 どんな魔法を使ったのか、三時間で済んだので、私は運転手さんにお願いして学校まで戻ることにした。自力で行けるなら行きたいけど、結構遠いんだよね。急がないと目的の人物が帰ってしまうから、安全運転且つ大急ぎをお願いした。余談だけれど、運転手の別宮べっくさんも、私たち家族の無理難題を聞き入れて、どんなに道が混みあっているときでもよくわからない抜け道を通ってタイムロスをなくす天才なのである。


 学校に着き、一時間後に迎えに来てもらうよう別宮さんに頼んでから、私は道場へと向かった。

 近付くごとに竹刀の音が大きくなる。杢舘さん(と杢舘さんにお願いされたクリーニング担当の方)と別宮さんのおかげで間に合ったらしい。私は竹刀の音が落ち着き、「ありがとうございました!」という体育会系の声がするまで、道場の裏手でダンゴムシと遊びながら過ごした。

 それから少し経ちゴロゴロと剣道部の面々が出てくるのが見えたけれど、まだ我慢。原作を読み込んだ私の知識と記憶を信じるなら、ヤツが道場から出るのは、一番最後のはずだ。


 ――――来た!


「西門さま」


 声を掛けると、予想通り西門はジャージ姿だ。元々練習熱心だから道場には誰よりも早く来て誰よりも遅く帰る、というのは原作でも語られていたことである。ただ、ジャージで行き帰りしているなんて設定はないし、そもそも剣道部は道着を着て練習しているわけで。

 足を止めて「お前か」という顔をする西門に近付くと、私は持ってきた紙袋を差し出した。


「こちら、お返しいたしますわ。ありがとうございました」

「…………」

「目覚めた時には既に傍らに置いてあったものですから……状況があまり把握できていないのですけれど、西門さまのご厚意でわたくしに貸してくださったもの、という解釈でよろしいでしょうか」

「厚意、なんて耳障りの良いもんじゃない」

「あらそうですか。なら気紛れのご親切ということで」


 突き放すような物言いは、多分そこかしこに吹聴しないように牽制しているんだろうなと思う。別に誰かに言うつもりもないし、そもそも自慢話のように誰かに言うつもりなら、私は明日意気揚々と持ってくるはずだ。教室で渡した方が周りへのアピールになるしね。それをしない時点で私にそういうつもりはないんだってこと、まあ西門も馬鹿じゃないから分かってくれるとは思うけど…。

 用も済ませたのでそのまま帰ろうとしたものの、そういえば西門は電車通学だったことを思い出したので、一応尋ねておく。


「お送りしましょうか?」

「は?」

「いえ、わたくしは車なので……西門家のご自宅までそう遠いわけでもありませんし。まあ別にどちらでも構いませんが」

「別に、……」


 西門はそこで言葉を切って、考え込むように俯いた。なんだ? ぶっちゃけ白鳥エリカの車になんか乗らないと思ってるし、あくまで礼を兼ねた社交辞令みたいなもんだから、普通にバッサリ断ってくれていいんだけど……。


「まあでも西門さまのお好きにしていただいて構いませんので」

「そうか」

「ええ、ほら、主義? だとかもございますでしょうし」

「なら、甘えさせてもらっていいか」

「もちろんですとも、それではわたくしはこれで………………え?」

「ジャージだと悪いから着替えてくる。少し待ってろ」

「え、え、ええ、ええ、ええ…………え?」



 なぜだか武士と一緒に下校することになってしまった。なんで?

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