004
西門と透子ちゃんが去った後、猛ダッシュで教室に戻り、プールに隣接する更衣室へと向かった。この更衣室には洋服屋さんの試着室みたいな、姿見のついた個室が用意されている。ケイトスペードの黄色いバッグを手に空いていた個室に入り、選びに選び抜いた水着を身に着ける。黒のフリルが可愛いホルターネックのビキニなんて、前世ではチャレンジ出来なかったよね~。本当はピンクや黄色の可愛いやつにしたかったんだけど、悪役顔だし肌が白いせいか一番似合うのは黒だったという悲しみ……でもこうして姿見で確認してみると、やっぱりこれが一番可愛いんじゃ………………あれ?
そして事件は起こった。
「ギャーーーーーーーーー!!!!!」
西門事件の時は家族が近くにいたのもあって、出た悲鳴は心の中だけだったけれど、さすがに今回は声に出た。鏡の前でグラビアアイドルっぽいポーズを取りながら確認していた先ほどまでの私を殴りたい。思わず叫んでしまった自分も殴りたい。「エリカ様!? どうされました!?」と個室の扉を叩く音がするけど、この姿を見られるわけにはいかない――。
なにせ鏡に映った私の、ナイショのつぼみが二つ、黒のフリルの間からお目見えしてしまっていたのだ。
ち××が見えるデザインなんてどんなエロ下着だよお………。
◇ ◇ ◇
扉を今にも破らんとする勢いの助さん格さんを言葉で抑え、背中と両手で扉を押さえ(言わずもがな、両手を扉を守る事に使っているので、私のつぼみは完全に露出していた)の奮闘を終え、ようやく制服に着替え直した私はスゴスゴと個室を出た。本当は事情を伏せたかったんだけど、助さん格さんの勢いに負けて話さざるを得なかった……。白鳥エリカに心酔している上に、こういうゴシップが大好きな助さん格さんである。おまけに更衣室には他の生徒もいたのでまたたく間に「白鳥エリカの水着が何者かによって切られていた」という話は広がる事になった。ち××のところがという注釈がつかなかったのは、助さん格さんのせめてもの良心だと信じたい。
さすがに水泳の授業は中止にはならなかったけれど、こうなるとプールを楽しむ事も出来なくなる。私はもちろん水着がないから無理っていうのはあるけど、それよりも女生徒の覇権を握る白鳥エリカの水着が、何者かによって意図的に切られていたのだ。そんな白鳥エリカの前でキャッキャウフフと水遊びできる神経の持ち主は、このクラスには存在しないだろうな……。
「まったくエリカ様の水着を切るなんて、いったい誰がそんな事を!」
「エリカ様、お気を確かにお持ちになって」
「ありがとう。菜々緒さん、加奈子さん。確かにショックはありますけれど……わたくしは大丈夫ですから。せっかくのプール開きですもの。皆さんも楽しんでらして」
「ううっ、なんて慈悲深いんですかあ!」
「私達、エリカ様の元を離れませんわ! 一人になんてさせません!」
「……あ、ありがとう……」
本当に私の事は気にせず行ってくれていいんだけどな……。あれよあれよという間にパラソルの下のビーチチェアーに横たわらせられた。右手にはノンアルコールカクテルを持った助さんがいて、左手には団扇で私を仰ぐ格さん。傍目から見たら私が侍らせているように見えるというか、これ、原作で見た白鳥エリカのまんまなんですけど……。ああっ、西門! 待って! そんな軽蔑した眼差しで見ないで~~~!
それに、正直なところ、本当はかなり落ち込んでる。可愛い水着が壊された事もそうだし、楽しみにしていたプールに参加できない事も。
だけど一番は、また私なのか、という事。
もちろん、前回の花瓶の件は何もわざとってわけじゃない。真相ははっきりしたし、七瀬先輩や入生田先生が私に対して明確な悪意を持って行った事でないのは明らかだ。それでも、連続で私の物が壊される、という事にはなんだか薄ら寒い気配を感じる。まるで、私が本来の物語に背いている代わりに罰を与えているみたい。
考えに耽って私が黙ったせいか、気付いたら助さん格さん達も黙りこくっていた。そんな沈黙の間に割り込むように、「ちょっと花山院」と、男子にしては高い声が響く。
見ると、どうやらプールの中から花山院が透子ちゃんに向かって水を撒いたらしい。明るく眩しい笑顔の花山院と、迷惑がりながらもどこか嬉しそうな透子ちゃんの姿が目に入った。西門は透子ちゃんの背後で、ちょうど更衣室の裏手に当たる壁に凭れかかっているけれど、表情は笑っていた。いいなあ……これだよこれ、私がやりたかったプール遊びっていうのは。それがどうしてよりによってち××のところが切られる羽目に……。やられた事はえげつないのに最早ギャグすぎて呆然としてしまう。
「………私、もう我慢できませんわ!」
「え? どうかなさったの、菜々緒さん」
「私もですわ菜々緒さん! 行きましょう!!」
「え、えっ!?」
いきなり二人がカクテルと団扇を私に押し付けて立ち上がる。私は背もたれに預けていた身体を起こすものの、二人がなんで離れたのか見当もつかない。プールに入りたくて仕方がないってこと? それなら普通に送り出すけど。そう思って見ていると、二人が向かう先がなんとなく読めてきた。もしかして……。
「ちょっとそこの庶民! うるさいですわよ!」
「傷心中のエリカ様の御心に響きますでしょう!?」
「………ご、ごめんなさい………」
ヒーーー!! やっぱり透子ちゃんに難癖つけにいってるーーーーー!!!!
慌ててセレブのリゾートスタイルから脱して、制服の裾を揺らしながら極力急ぎ足に見えないぐらいの急ぎ足で突っかかる二人の元へと近づいてゆく。ほらこのノンアルコールカクテルおいしいよ~一緒に飲まない? ダメ?
しかし後ろから私が近付いているというのに、二人は一向に気付く様子もなく、どんどんと透子ちゃんに迫る一方だ。二人の勢いに合わせて透子ちゃんも後ろ向きにゆるゆると退いているので、プールに落ちちゃうんじゃないかとハラハラする。
「だいたい、そもそもエリカ様の水着は自然に切れるはずがないのよ」
「そうよそうよ、あんなところに穴が開くなんて、絶対に誰がか切ったに決まってますわ!」
「そういえばあなた、お昼休み姿が見えなかったようだけれど、一体どこで何をしていらしたのかしら?」
「え? ええと……」
透子ちゃんの視線がちらりと西門に向き、既に間に入ろうとしていた西門はその歩調を速めた。西門が庇ってくれるならまあ大丈夫かな、と私は心なしか速度を落とした
――――のだけれど。
「あんなところに穴を開けるなんて、花野井さん、あなた筋金入りの変態ですわね!」
「は? いやあの、いったいどこに穴が開けられていたんですか?」
「ちょっ」
「あなたのせいで、エリカ様のちく――――」
やっ やめて~~~~~~~~!!!!!!!!!
今や女同士(傍目から見ればか弱い男子生徒を糾弾する女子二人だけど)の戦いをクラス全員が見守っている中で、よりにもよって私の水着のどこが切られていたか晒されようとしていた。実物を見られるわけじゃなくとも、“名前を言ってはいけない例のあの場所”に穴が開いていたと知れたら誰しもがその図を想像するだろう。そんなの絶対に嫌!
私は今やカクテルも手放しで助さん格さんの口を塞ごうと手を伸ばし―――
「びゃっ」
次の瞬間、私は透子ちゃんと共にプールの中に落ちることとなったのだ。




