016--〈第一話・完〉
先生から、ぽつぽつと、捕捉を聞いた。
園芸部の顧問をお願いして来たのは、そもそも七瀬さまのご友人だったという。七瀬さまは「花が好きだから」と巻き込まれただけ。けれどそのご友人は家の事情で辞めざるを得なくなり、結局一人残った七瀬さまと先生は、ずっと二人で活動をされてきたそうだ。そうなる内に距離が近付き、良心の呵責や教師と生徒という障害を乗り越え、二人は両想いになった。告白も、ずっと押し続けたのも七瀬先輩だという事が驚きだった。
指輪を捨てる事になったのは、大学進学を志している七瀬先輩のために、一度距離を置こうと提案した末の顛末らしい。先生としては教師との恋愛がバレたら七瀬先輩の評価にも繋がると思ったんだろう。しかしそれで指輪を捨てて、だけどすぐに思い直して拾いに行ったのか……先生にアタックをし続けた件も含めると、見た目や雰囲気で想像するよりも、もっと情熱的な人なのかも?
花瓶を割ってしまったのは、プリントを持って戻ってきた先生がA組に人影がある事に気付いて扉を開けたかららしい。目撃されてパニックになっちゃったんだな。人が来ると困るから先生は七瀬先輩を先に返し、水浸しになった破片や花弁の中に指輪を見つけて拾っておいたみたい。先輩がそれを受け取るまでにラグがあったのは、部活動の日に私と花山院と西門が裏庭でゴソゴソやっていたので会う事が出来なかったからだろう。その翌日も私が七瀬先輩と、花山院達が入生田先生を引き留める形になったので仕方がない。
諸々の事情を聞き、私もスッキリしたところで、突如先生は頭を下げた。
「白鳥さん。虫の良いお願いかもしれないけど、出来れば、この事で香澄を責めないで欲しいんだ。悪気がないってだけで済まされる事ではないと思うけど……。それに……この事を公表しないで欲しい。僕で出来る事なら何でもするから」
「わたくしは真実が知りたかっただけですわ。ずっと申し上げている通り、この件で割ってしまった誰かを罰するつもりもありません。第一事故みたいなものですしね。禁断の恋に関しては花山院さまや西門さまにも秘密にしておりますので、お二人が軽率な行動を取らなければ問題ないかと思います」
「二人も知らないのか。てっきり代表として君が来たのかと」
「言っておきますが、今回わたくしが調べていたのは、あのバ……お二人に、わたくしが黒幕だと疑われていたからです! そうじゃなきゃわざわざ近付きたいとも思いませんもの」
「ええ? でも花山院くんと西門くんは随分女子に人気があるんだろう?」
「先生。わたくしが、怪我すると分かっていて刺がありそうな花にわざわざ近付くとでもお思いですか?」
「はは。茨の道を通るつもりはないんだ?」
「どうせなら茨に囲まれた城の中で王子様の助けを待つ方が良いですもの」
そう言うと笑われた。なんで? 日本人形みたいだから? 輝夜姫でもいいけど、ハッピーエンドって感じじゃないから嫌なんだよなあ……。あとは貞子しかない……。テレビから出てくる女にどんなハッピーエンドが待っているというのだ……。
あ。そうだ。
「先生、わたくしが今回の件で諸々目を瞑る代わりに、ひとつお願いしたいのですが……」
「なに? カンニングと虚偽の成績を付ける事以外なら何でもするよ」
私をどんなバカだと思ってるんだ。いや、確かに生物は苦手ですけど。
「花瓶の件は外部の侵入者が割ったという事になっていますが、本当の犯人はそれだけですっぱり忘れ去れるような人ではないでしょう? 後々罪悪感が膨らんでしまうと受験にも差し支えがありそうですし……あの花瓶、実はわたくしが幼少期に一度割ってしまっていた事にしておいてくださいません? 一度割ったものを秘密裏に直したので脆くなっていて、本来あれぐらいでは割れなかった、と」
「それは……もちろん、別にいいけど、白鳥さんは本当にそれでいいのかい?」
「ええ。わたくしが真実を知っている事をお話しても構いませんが、とにかくわたくしが一切気にしていない事を、先生からもお伝えして欲しいのです。必要があれば、三人で内々にお茶でも」
「是非。香澄が言っていたよ。思った以上に話しやすい人だった、って。そういえば僕と香澄の関係にはどうして気付いたの?」
――本当は、七瀬先輩の言い間違いで気が付いたのだ。指輪を拾ってくれた人物の事を、最初は「先生が」と言っていたのに、その次には「彼が」と言っていた。この「彼」は何も英語の“He”の日本語訳みたいな意味ではないだろう、と、さすがの私でも気が付いた。
けれど私は、最後に見栄を張る事にした。先生の横を通り過ぎ、僅かに振り向きながら微笑んだのだ。
「良い女は、ひとが徹底して隠した秘密すらも見抜いてしまうのですよ。ごめんあそばせ」
さて。これにて割れた花瓶の謎、一件落着!
◇ ◇ ◇
………………とはいかなかった。
開きっぱなしだった温室の扉を出た直ぐのところに、あろうことか西門が立っていたのだ。腕を組んでガラス張りの壁に背を付く姿は、正直言うととても絵になっていた。姿を見た瞬間ぎょっとした事に気付かれてないといいけれど。
透子ちゃんと待ち合わせかな……と思いながらそそくさとその脇を通り過ぎようとしたら、西門は「おい」と声を掛けてきた。私は否応なく立ち止まる。精一杯の笑顔を向けてみたけれど、果たしてこの男に効果はあるのだろうか……。
「あら西門さま。ごきげんよう。こんな所で奇遇ですわね」
「奇遇じゃない。お前を尾けていたからな」
「もしかしてまだよりにもよってわたくしが犯人だと疑ってるんですの?」
信じらんねえ! 私が割るメリットどこにもないだろうが! 入生田先生と七瀬先輩の件は秘密にすると約束した手前言うわけにはいかないけれど、私の身の潔白を証明するためにはもう西門に暴露するしかないのでは? 今戻って先生に事情を説明してもらおうかな……。
そう考えていたものの、その心配は余計だったらしい。西門は温室の扉を閉めてから、距離を取るように数歩進むと言った。
「全部、聞いた」
「…………盗み聞きはあまり良い趣味とは言えませんわね」
「それは悪いと思ってるよ。言うつもりもない。平馬にも、花野井にも、誰にも」
「そうしてください。あの二人を困らせるような事があったら許しません」
「……なんでだ?」
「え?」
「正直、お前が……今まで思ってきたような奴じゃなくて、戸惑ってる。今まで起こった幾つかのゴタゴタも、俺はてっきりお前が絡んでるんだと思ってた」
――そう。この花山院学園高等部に入学してから、不穏な気配がある。それは私も感じていた。
私は転生者で、原作『わたとげ』の大ファンだったから、起こった事件は大体把握している。それでも、ここ数か月の間に起こった小さな波乱は、全て私が原作で読んだ覚えのないものばかりだったのだ。そして、全てが透子ちゃんにまつわる小事件ばかり。とはいえロッカーの南京錠が外れていたとか些細なものばかりで、おまけに私が授業中だったり家の集まりで休みだったりに起こった事件が主だったので、怪しまれる事もなかったし心配はしていたけれどスルーしていた。イジメ、というのとは違う気もしたし、下手に近付くと犯人扱いされそうだったからだ。今回の件は、他でもない王子と武士から犯人扱いされ、仕方なく腰を上げる事になっただけ。
でも、どうして小事件が頻出するのだろう? 考える限り、私の中に答えは一つしか浮かばない。
――――黒幕であるはずの“白鳥エリカ”が、事件を起こさないから。
シナリオの強制力。前世の何処かで聞きかじったような言葉が脳裏を過ぎったけれど、そのまま西門に伝える訳にもいかない。私は小さく頭を振った。
「言っておきますが、わたくしはこれまで起きたどの事件にも、これから起きるかもしれないどの事件にも、犯人として関わるつもりは毛頭ございませんわ。けれどもし西門さまが疑うのなら、宣言します。
――わたくしはその度に、真相を見つけてみせますわ。絶対に」
犯人になんてなるつもりはない。あくまでも平和な生活を送るためならば。
この白鳥エリカ、名探偵にだってなってみせましょう!
――第一話 『悪役令嬢と割れた花瓶』 ・ 了




