011
先輩――予想通り、三年A組の先輩であった――は、七瀬香澄さんと仰るらしい。決して派手なタイプではないけれど、お名前の通りカスミソウみたいに可憐なお人だ。染色というよりも地毛に見える色素の薄い髪が、肩辺りまでふわふわと柔らかくウェーブしている。身体の前で組んだ両手は白く細く、装身具の類が一切ないせいか、余計にそれが際立って見えた。深窓の令嬢と聞いて思い浮かべるお嬢様像って間違いなくこの人なんじゃ、と思わせる儚げな雰囲気は、涙を流しておらずとも変わらなかった。
「白鳥さま……ですよね、一年生の」
「わたくしのこと、ご存知なのですか?」
「ふふ。有名ですもの。周りからこう呼ばれてはいませんか? 赤薔薇の君、と」
「あ、ああ……」
そういやそんな呼び名もあったな……。入学と同時に前世の記憶が蘇ったおかげで、私は極力二人と近づかないようにしてたし、まあ忘れるのも無理ないか。
この『わたとげ』の世界では、各学年ごとに目立つ生徒は花名での愛称がつけられる。原作だと、白鳥エリカは花山院や西門に付き纏っていたから、三人揃って花名がついてたんだよね。確か花山院は白百合の君で西門は椿の君。それにしたって花に統一性ない上にどこのマリみてだよと思うけど……。
原作タイトルの“刺”はずっと白鳥エリカの事だと思われてきたけど、最後の最後で透子ちゃんが“白薔薇の君”として開花して、真実という名の刺で悪役をぶっ倒すところはめちゃめちゃ盛り上がったな~! ところで終ぞ原作で語られる事はなかったけど、これってどこから来てるんだろう? 誕生花?
それにしても、原作で語られていない事に関しては、私の知識ってアテにならないな。原作は基本的に一年生のところにしかスポットが当たらないから、学校全体にまで顔と名前が割れてるとは思わなかった。まあ、必ずしも学校内だけでってわけじゃないと思うけど。家同士繋がりを持たせたいから、親が対象の子どもの写真を見せたりすることもないわけじゃないんだろう。でも知らない人からも顔と名前を知られてる感、なんだか指名手配犯っぽくて嫌だな。
思わずぞっとして身震いすると、「大丈夫ですか?」と心配してくれた。七瀬先輩はいい人だ。
「ところで、七瀬さまはお花がお好きなのですか?」
「え?」
「朝も今も、裏庭を見ていらっしゃるでしょう。チューリップがお好きなのかな、と」
「ああ…………」
七瀬先輩はまた少し寂しそうな笑顔を浮かべてから、それを振り払うように力強く頷いた。
「好きですわ。家柄というわけではありませんけれど、花は心を癒してくれますから」
「家柄?」
「華道の家元なんです」
なるほど。それは確かに花好きにもなりそうだ。私は切り花より花畑とか生きてる花の方が好きだけど。
それを言うと、七瀬先輩も同じみたいで、今度は柔らかく笑ってくれた。暇があると、裏庭の花を眺めているらしい。
……ん? という事はもしかして……
「七瀬さま、ちょっとお伺いしたいのですが……」
「何かしら?」
「昨日、ちょうどこの花壇で何かしている方を見掛けたりしていませんか?」
「この花壇で? いいえ、見ていませんわね」
「基本は一時間目が始まるくらいなのですけれど、昼休みや放課後あたりでも」
「わたくし一時間目は体調が悪くて……でも基本的に席が窓際ですから、休み時間の度に裏庭を見ていましたけれど、誰も見掛けませんでしたわ」
「そうですか……」
お役に立てなくてごめんなさいね、と微笑む七瀬先輩を、それ以上引き留める理由は見つからなかった。
どうせ転生するなら、七瀬先輩みたいな儚くてかわいい女の子がよかったな……原作では確か名前も姿も見た事はなかったけれど、少女漫画の世界なだけあってみんなかわいいし。なんでよりにもよって白鳥エリカなんだろう……。
背中をぼうっと見つめたままそんな事を考えていたせいか、危機察知能力が低下していたらしい。
「ここに居たのか」
「ヒッ!!!??」
不意打ちで背後から声を掛けられてビクついた私は、思わず窓枠に頭から突っ込んでしまった。七瀬先輩と会話するために開け放していた窓に上半身を突っ込んだせいか、背後から二の腕を支えられる感触があった。
「何してるんだお前は……」と、呆れたような西門の声が響いた。振り返ると、やっぱりそこにいたのは西門だ。当たり前だけど。花山院の姿はなかったのでちょっとだけホッとした。
そのまま身体を起こしてくれるので、思いのほか顔が熱くなってしまう。西門は透子ちゃんが好き。というのを魔法の呪文にして、なんとか平静を保てるように努力する。毎日塗ってるフェイスパウダーよ仕事してくれ~~頼む~~。
「ちょっと驚いただけですわ。そんな事より、西門さま、いかがなさいました?」
「いかがって……お前が来ないから探しに来たんだろ」
「え?」
てっきり今日の暴言(本心じゃないよ嘘だよ)をバッチリ聞かれてしまったので、もう私の事なんて待ってないかなと思ったんだけど……。私があまりにも間抜けな顔をしていたのか、西門は相変わらず不機嫌そうに「なんだよ」と聞き返してきた。さすがにストレートにそのまま伝えるわけにはいかないので、極力オブラートに包んでその旨を伝える。
「あーー……花野井がアレは本音と建て前ってやつだから気にしなくていいって」
透子ちゃ~~~~~~ん! よかった透子ちゃんが少女漫画のヒロインで。少女漫画のヒロインと夢と魔法の国に住まうプリンセスは人に優しいって相場が決まってるんだよね。白鳥家が透子ちゃんの恨みを買うような事をしないように、私もしっかり目を光らせておこう……。
連れ立って昨日と同じく温室へと向かう。今日助さん格さんに言われた事もあるから一緒に行くのもなとは思ったんだけど、「めんどくせーだろ」と一蹴されてしまったので仕方ない。幸いなのは、相変わらずどこの教室も人気がなく、響くのはもっぱら私達の足音だけだったということだ。
それにしても、どうしてわざわざ探しに来るんだろう? 正直二人からの申し出ではあるものの、私と組むことがそこまでメリットになるとは思えないし、私が一人別行動を取るなら、二人は二人で私の後をこっそりつけるなりした方がよほど建設的に思える。
――それほど、透子ちゃんが好きってことなのかな……。
「何?」
「は?」
「いや、立ち止まってるから何かあったのかと」
「あ。いえ……お二人の方では何か進展などあったのかしら、と考えていて」
「ふーん。まあ大した事分かってないけどな。昼休みは庭師が水撒いてたらしいから、その庭師には明日話聞きに行く事になってる」
「え? じゃあ別に今日集まらなくても良かったのでは?」
「お前はなんかないのかよ」
「わたくしの方はさっぱりですので」
「…………」
あ。今聞こえましたよ。役に立たねえなって言ったでしょう。心で。




