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「あの……ど、どうかされました……?」
「えっ…………」
どこの世界に真下と真上の一直線で会話する初対面同士がいるだろう。
でも見上げてしかも目が合った手前、なんとなく知らんぷりも出来なかったんだよう……。これがシェイクスピアの世界で私が花山院あたりだったら絵になったかな? ロミオとジュリエット的な。
とはいえ女生徒同士、百合の花が咲く事もない。下から見上げても三階だという事は分かったから、恐らく三年生だろう。名も知らぬ先輩は「なんでもありませんわ」と儚げな微笑みだけを残して窓から顔を引っ込めてしまった。
チューリップ植え替え事件といい、謎の女生徒の涙といい、この裏庭なんかあるのかな? ミステリーならともかくとして、ゴースト・ハントは私するつもりないんだけど……。
◇ ◇ ◇
つつがなく授業を終え、昼休みを迎えた私。今日はローストビーフのヨークシャープディング添えがメインディッシュだ。大好きなバドミントン漫画のライバルキャラの好物がこれだってファンブックで知らされた時は思わず検索はしたものの、前世では終ぞ食べる機会のなかった私。でも今はお金持ちの白鳥エリカだもんね。白鳥家でも中々出る事はなかったので、実はひっそり楽しみにしていた。
だけど予想外なところから、私の楽しいランチタイムは乱される事になった。
「エリカ様、昨日夕暮れの花壇で花山院さまと愛を語らっていたというのは本当ですか!?」
「はあ!!?」
思わず口からヨークシャープディングが出そうになったのを寸でで堪え、「いったい何のことかしらあ」と愛想笑いで誤魔化した。助さんは何を言っているんだ…。愛を語らうどころか無言で土掘り返してましたけど…。
「あら、西門さまに放課後話したい事があるからと呼び出されたのではなくって?! 当然、お二人の気持ちを確かめ合ったのですわよね!?」
格さんまで!? 気持ちを確かめ合うよりも花壇を確かめ合ってましたけど…。それにお互いの気持ちって疑う者と疑われる者以下でも以上でもないんだよ私達の関係は…。おまけに昨日確かめ合った(?)ところ西門の私を疑う気持ちはまだかなり残っていると見た。
あくまで平然を取り繕いながら、私はローストビーフを切り分けた。
「お二人とも、先日のつぼ……花瓶の件を心配してお声掛け下さっただけですわよ」
「ああ! もちろんエリカ様は犯人の見当がついている事は仰ったのですよね?」
「何なら私達の手であのオタク庶民を断罪して差し上げますわっ」
ひい! やめてよ! そんな事したら断罪されるのは私の方になっちゃう!
「わたくしは犯人は花野井さまではないと思っておりますわ」
「ええっ、どうしてですか?」
「あんなに怪しい庶民なのに!」
訝しむような視線と、不満げな声が二人から上がる。私が透子ちゃんの味方をしているようで不満なんだろう。でも、私だってバカじゃない。それについてはもう対策を考えたのである。
私はフランス語の先生に褒められた、鼻にかかる声を出した。
「だあって、庶民ならあの花瓶は割るより盗んで売った方が有益じゃありませんこと? 割ってしまったら役に立ちませんし、そもそも花だって生けないと思いますわ」
思いっきり高飛車に見えるように絶対にやるもんかと思っていた高笑いまでつけた。女の悪役って意外とそんなに詳しくないんだけど(特に映像化されてるものでは)、イメージ的に一番近いのは『家なき子』の槙本加奈子。私は再放送でしか見た事ないけど、幼心にめちゃめちゃ怖かった記憶がある。私は胸の中に槙本加奈子を降臨させた。きっとこれで二人も満足してくれるはず……!
しかし笑いながら二人の顔をちらりと見ると、満足どころか真っ青になっていた。
あれ?
嫌な予感がして、私は恐る恐る振り返る。ホラー映画の一幕みたいに。
「………………ふーん」
「…………ご、ごきげんよう、西門さま、花山院さま、花野井さま…………」
「あ、白鳥さん、あの、僕は気にしてないので……」
ひい~~! なんでよりにもよって~~~~~~!!?
私はランチの味がろくに分からないまま昼休みを終えた。
せっかくの……ローストビーフヨークシャープディング添えが………。
この事件はひどく私を落胆させた。
ひとつにはこの世に生を受けてからそれこそ前世の記憶はなくともイジメなんかには加担しないようにしてきたし、悪役に見えそうな振る舞いは極力避けてきたのに、よりにもよって私を怪しんでいる――そして『わたとげ』の世界で言うと破滅への導き手である――二人に、めちゃめちゃ悪役っぽいセリフを言っているところを見られてしまった事。でも二人に見られた事はまあいい。この先関わらなきゃいいだけだし。
だけど、透子ちゃんには聞かれたくなかったし見られたくなかったよ……。
世間体を大事にしてしまう私だからおおっぴらに仲良くは出来ないかもしれないけど、透子ちゃんの中での白鳥エリカのイメージがザ・悪役になってしまうとより破滅は近付くことになる。確かにさっきのはとても悪口なんだけど……後でひっそりと謝罪品でも贈っておこうか……表ではツンと高飛車な態度を取りつつ紫の薔薇を透子ちゃんの家に贈るとかどうだろう? 三十年(白鳥エリカとして生きてきた時を足せば四十年!? ゲーッ!)近く生きておいて、『わたとげ』といい参考文献が基本的に少女漫画しか浮かばない。ううっ……。
唯一幸いだったのは、私が相当落ち込んでいると見て取った助さん格さんが、そのランチ以降透子ちゃんの件はもちろんのこと、花瓶や王子&武士との色恋話を出さなくなった事だ。二人の中でこの話題はタブー認定されたんだと思う。恐らく西門や花山院からの寵愛を受けられないかもしれないという事に落ち込んでると勘違いされてそうだけど、この際それでもいい。未来永劫西門と花山院の話を振らないでくれればそれがいい。
すっかり落ち込んでいた私だったので、放課後、グズグズと校舎に残ってしまった。まあどっちみち、今出ても迎えの車がないんだけど…。本当は花瓶の件を調べようかと思っていて、暫く送迎の運転手さんには迎えに来てもらう時間をずらしてもらっていたのだ。ああでもどうしよう、さっきの発言を聞かれた手前、裏庭や温室に行って西門達と出くわすのも気まずいなあ……。
「あ、教室から様子を見ればいいのか」
そう気付いたのは、図書室に借りていた本を返しに行った後のこと。今回の事件に花が関わるせいか、なんとなく熱が盛り上がってバーネットの『秘密の花園』を借り、私は人気のなくなった教室に再び足を向けた。万が一花山院や西門がいたらどうしようかと思ったけれど、そもそも無用の心配だったようだ。まあそりゃそうだよな。女子が群がって落ち着けないから二人は温室という安寧を求めたわけだし。
教室内には誰も残っていなかったので、窓から外を覗いた。人影が見えて、思わずカーテンの陰に隠れるものの、思ったより緊張はしなかった。一瞬でも男子の制服と女子の制服を見間違えたりしない。人影は女子生徒だったのだ。
なんだ、と思って背を向けようとしたところで気が付いて、私はなるべく時間を掛けずに裏庭へと続く扉を開けた。
「あっ!?」
「! あ、今朝の……?」
そう。そこにいたのは、今朝涙を流していた、あの先輩だったのだ。




