009
「そんなわけで、わたくし、きちんと準備してまいりましたの」
さっと取り出したるは、人数分の白手袋。本当は軍手が欲しいと思ったんだけど、仮にも白鳥家の令嬢である私が「軍手が欲しい」なんて言い出したらさすがに怪しまれるか精神の不調を心配されてしまいそうなので、授業の実験で使うから作業に向いた手袋が欲しいの~、なんてカマトトぶるしかなかったのだ。すごい肌触りいいし軍手とは似ても似つかないけど、まあ作業出来ればなんでもいいよね。
戸惑う二人に手袋を渡すと、医者ものドラマでよくあるように、ピチッと音を鳴らしながら手袋を嵌めた。気分は完全に「メス」と言うブラック・ジャックの気分。あれ。ブラック・ジャックって助手つけて手術するっけ? にわかがバレそう。
「えっと……白鳥さん? もしかしてと思うけど、この手袋で何するつもり?」
「決まっていますわ! わたくし、この花壇に秘密が隠されていると思いますの。というわけで、掘ります」
「掘る」
「ええ」
「素手で?」
「何のための手袋だと思っていますの?」
「いや、いや……、え? 本気で言ってる?」
え~、花山院まさか掘りたくないのかな? 親友(そして淡い恋のお相手)である透子ちゃんのためだよ? っていうかメインヒーローがこういう作業をしたがらないのって私的に結構ポイント下がるんだけど……。
そんな落胆が表情に出ていたのか、西門が手袋を嵌めながらため息を吐いた。
「言っとくが、コイツが気にしてるのは“おまえが本気でやる気かどうか”って事だぞ」
「え?」
「いや、もういい。いちいち反応してたら日が暮れそうだ。さっさとやるぞ」
実際、放課後の良い時間だ。お金持ち学校だから帰宅するか習い事に行く生徒がほとんどで、部活に興じている生徒はまずいないから、まあ目撃される心配はそんなにないかなと思うけど、それでも学校で一番二番を争う男子生徒二人と学校で一番の権力を持っていそうな女子生徒が花壇を手で掘り起こしているところなど見られたくはないな……。
私たちは三人並んで黙々と花壇の土を掘り起こした。土と花の状態を見るに、植え替えられているのは半分だけと見て間違いなさそうだったのでそれだけが救いだったけど、出来れば関わり合いたくない二人と出来ればあんまりやりたくない土の掘り起こしをするのってすごく疲れる。っていうか、私、白鳥エリカだよね? ああ、なんか今になって西門と花山院の言ってた意味が分かったかも……まず間違いなく白鳥エリカはこんな事やらないよ……。
しかも何より私を落ち込ませたのは、ミミズやダンゴムシとの邂逅ではなく、二時間かけて掘り起こしてプラス一時間かけて戻す作業――計三時間もかけたにもかかわらず、特にこれといった成果が挙げられなかったことだった。
「なぜですの……探偵小説ならここでまず間違いなく手掛かりが見つかるはずですのに!」
「小説みたくポンポン手掛かりが見つかる訳ないだろ……」
「だってここは漫、……………」
「……まん?」
「いえ、なんでもありませんわ……」
いけないいけない。疲れすぎてうっかり口が滑るところだった。
いやでも私がこう思ってしまうのも無理はないと思う。だって少女漫画だけどミステリー要素もあったんだよ、『わたとげ』は。作者の先生がミステリーの中でも特にエラリイ・クイーンを敬愛していたせいか、作中で起こる事件は全て作中に描かれた情報で謎が解けるようになってたわけ。何気なく描かれた階段のワンシーンとかが解決に一役買ったりしてたわけ。こんな事件原作では起こってないけど、それでもヒントぐらい用意されててしかるべきじゃないの!?
――それとも、原作では起こってない事件だから……?
◇ ◇ ◇
大した成果もなく、汗と泥まみれになっただけの放課後はなんだかすごく疲れた。
まあ手袋を嵌めていたとはいえ、白鳥エリカ自ら花壇を手で掘り返した事で、二人の中では「白鳥って犯人じゃないんじゃね?」説が浮上してきたのか帰り際の二人の対応は今までの中で一番優しかった気がしたけど……いやあれは憐れみか……!?
しかし透子ちゃんに罪を着せるためじゃないのでは、という話自体は、花山院には信じられるものであったらしい。西門はまだ私の事を疑っているみたいだったけど。また明日も作戦会議ね、なんて言われたら嫌だなとさっさと帰りたいアピールをしていたら、別れの言葉は「またその内連絡するね」と予想外にあっさりしたものだった。私知ってるよ。それって絶対連絡しないやつ。合コン帰りにそう言われて連絡来た試しがないもんね。
くたくたに疲れて早く眠ったせいか、起き出したのはいつもより早かった。
特に家でする事もないし、いつもより早めではあるけど学校に向かう事にした。もっとも、今日は別に聞き込みをするわけでもない。本当は推理ゲームみたいに、花壇を探したら別の手掛かりが見つかって、新たな場所へ行けるようになる……みたいな展開を期待していたけれどそれもないし。
だから、その時私が裏庭を散歩していたのは、まったくの偶然だったのだ。
ただ、教室に誰もいなくて、一人ぼっちで教室にいるのも何だか落ち着かないと思っただけ。
朝一番の裏庭は相変わらず手入れがしっかりとされていて、綺麗な景観が保たれていた。昨日私たちが掘り起こして(おまけに体力気力もなかったので)わりとぞんざいに戻した土も、きちんと整えられている。ありがとう校務員さん……。
そういえば昔、とある人気テーマパークの特集をテレビで見た時、そこではパークが閉園してから開園するまでの間に花壇を整えるって話を見て驚いた。だって私達がへとへとになって帰って寝た後にもそんな事してるなんて。パークに入ってすぐにある、ガラス張り天井にはよくお客さんのちびっこが手放した風船が残る事あがるから、とんでもなく長い棒で風船を割って処理する話も面白かったな。朝から晩までキラキラ、ぴかぴかしていて、だけど私達がさよならした後も、再び輝かせるために準備する人達がいる。
この学校もそうなんだろう。名門花山院と呼ばれるにはもちろん通う生徒の質もあるとは思う。選りすぐりの名家から生徒が集まる事。成績も優秀である事。
だけど、そんな学校を「さすが天下の花山院」と呼ばせるために、色んな人が活躍しているんだろう。こんな風に、毎日夜や朝に花壇を整えてくれる人が。
――私は偽物の白鳥エリカだけど、それを忘れずにいたいな……。
そんなおセンチな事を考えながら花壇の傍にしゃがみ込んでいると、ふと頭の天辺に雨が落ちてきたような感触があった。
思わず見上げると、視界に入ったのは雨雲ではなく、
――こちらを向いて泣いている、ひとりの女生徒だった。




