最高のUIとは
良いUIというのは、常に良いUXを提供するものじゃないのか、とか思いますね。
実装ベースで考えるUIというのは基本的にイケてない。
UXが考慮されてない場合が多いから当然といえば当然なのかもしれませんけどね。
そもそも、提供する機能を増やす場合に、その機能が求められている事実というものはあるのか、とか思ったりします。
もっというなら、どの程度の比率で求められているのか、とも。
単に機能を増やしました、というのは害悪でしかないと思っていたり。
というのも、機能を増やせば当然のようにアプリケーションのシンプルさというものが相対的に損なわれるから。
本当はもっとシンプルなものを求められているんじゃないのか、とか思うことも多々ある。
そしてシンプルさが失われたアプリケーションというのは副次的に内在的なバグが増えますし、当然のようにパフォーマンスが下がります。
いやそこ削ってまで誰が求めてるかよく分からない機能を本当に実装する必要があるの? って。
まあ、動作初期にif分岐ですぐさま別動作に移るとかならそこまでユーザに直結したパフォーマンスダウンというものは起こらないんだけどね。
それでもアーキテクチャとして考えるなら間違いなくその比較処理の分パフォーマンスというのは下がってる訳で。
その閾値というのが、CPUのHzで考えていくと実時間でどれくらいなのか、とかそういう問題もあるっちゃあるんですけどね。
それでも、機能を増やすというのは処理を増やすということと≒ですよねということは考えておかないといけないんじゃないか、と。
特にアニメーションだとか時間軸的な管理が必要な機能になってくると一動作で複数回の無駄分岐が追加されたりしますからね。
まあなんにしても、本当に求められているもの以外の機能を実装するというのはUX的に考えて完全に害悪でしかない。
そのために追加されるUIがあったとして、それがUIとして良いものなのかと言えばおそらくNOなんだろうね、と。
より良いUIというのはより良いUXが両立される場合に生まれるものなんだろう、と、考えると、最高のUIというのは最高のUXを提供するアプリケーションにだけ存在するんだろうなぁ、とか、本質的に完全に無駄なことを考えてみる次第。
アプリケーションとUIが切っても切れないものだと考えるとするなら、やはりUIとプログラマというものも切っても切れないものなんだろうと思うばかりというかなんというか。
責任という意味ではデザイナとか企画の方が重いものではあるんでしょうけどね、かといってプログラマが無責任でいられる部分でもないんだから多少は考えていこうぜと言わざるを得ないプログラマのなんと多いことか。




