第53話 同じ寸法
古い地図は、朝になっても管理院の机の上に広げられたままだった。
六十二年前に作られたその地図には、現在の図面にはない窪みが描かれている。昨日見つけたばかりの現在の窪みと位置はほとんど同じだったが、それだけなら偶然や測量上のずれという可能性も残っていた。
ルアンが部屋へ入ると、リサはすでに何枚もの図面を年代順に並べていた。オズも向かい側の椅子に座り、古い紙を傷めないよう一枚ずつ端を押さえている。
「おはようございます」
「おはよう。ちょうどいいところよ」
リサは三枚の地図を順に指した。
「ここ三十年ほどの図面を確認してみたけど、この窪みはどれにもないわ」
「六十二年前の地図にはある」
「そう。少なくとも、確認できた範囲ではね」
現在の図面では壁はほぼまっすぐだが、六十二年前の地図には途中から奥へ入る小さな窪みが描かれている。昨日ルアンたちが見つけたものと、よく似た形だった。
「古い図面の誤差ってことはないんですか」
「昔の測量だからな。その可能性はある」
オズが答えると、リサが地図の端を指した。
「でも、この窪みには寸法が残ってるの」
リサが古い地図の端を指した。窪みの横には、小さな文字で入口の幅、奥行き、高さが書き込まれている。
入口は2.84m。奥行きは1.67m、高さは2.31m。
ルアンは数字を見たあと、もう一度窪みの形を追った。
「測り直せますか」
「そのつもりよ」
午前の通常点検を終えたあと、ルアンたちは測量班とともに現場へ向かった。
窪みは昨日と変わらず残っていた。通路を歩いているだけなら壁の一部が少し奥へ入っているようにしか見えないが、古い地図を知ったあとでは、その形が妙にはっきりと目に入る。
測量班が窪みの寸法を測っていく。入口は2.83m、奥行きは1.67m前後、高さは2.30mだった。
リサが古い地図を開いた。
「入口2.84m。奥行き1.67m、高さ2.31m」
測り直しても、誤差はほとんど変わらなかった。
誰もすぐには口を開かなかった。
数cmの違いなら、六十二年前の測量では誤差の範囲だ。だが、窪みの形まで一致していた。
「奥、少し狭くなってますね」
入口から奥へ向かって右側の壁がわずかに内へ入り、最も奥では12cmほど狭くなっている。オズが古い地図を確かめた。
「こっちもだ」
六十二年前の地図も完全な長方形ではなく、右側の壁だけが途中からわずかに内側へ寄っていた。入口の幅、奥行き、高さ、そして奥へ行くほど狭くなる形まで重なると、偶然で片づけるには少し無理がある。
ルアンは窪みの入口に立ち、奥を見た。昨日まではただ突然現れた空間にしか見えなかったが、今は六十二年前の地図の線が、そのまま目の前の壁に重なるように見える。
「同じ場所に、同じくらいの大きさの窪みができた……ってこともありますよね」
自分で言いながら、ルアンの声は少し弱くなった。オズは壁の角や表面の摩耗を確かめてから、「できたって言うなら、何か理由がいるな」と答える。
「崩れた形でもないわね」
リサも窪みの内側へ目を向けた。
石が落ちた跡や、新しく削れた面はない。窪みの内側にも大量の石粉が残っているわけではなく、壁だけが突然そこから奥へ移ったように見える。
ルアンはもう一度地図を見た。
「六十二年前には、ここにこの空間があった」
「地図が正しければね」
「それからなくなって……今、またある」
リサは答えなかった。
その代わり、現在の測定記録と六十二年前の地図を並べて地面へ置いた。二つの形を見比べるには、それで十分だった。
管理院へ戻ったあと、三人は過去の図面をもう一度年代順に確認した。
六十二年前の地図には窪みがある。その後の古い図面では少しずつ記載方法が変わっているものの、少なくともここ三十年の地図では壁は一貫してまっすぐだった。
そして前回の測量でも、窪みは記録されていなかった。
「測り忘れた可能性は?」
「この位置に測点があるから、それは考えにくいわ。壁までの距離も残ってる」
リサの答えに、オズも腕を組んだ。
「ずっとあったのを見落としてた、って線も薄いな」
ルアンは机の上に並んだ二つの記録を見た。寸法だけでなく、右側の壁が途中から内側へ入る形まで一致している。
「……昔の形が、戻ったんでしょうか」
今度は、誰もすぐには否定しなかった。
「まだ仮説よ。でも、考えないわけにはいかなくなったわね」
「似た窪みが、たまたま同じ場所にできたって考えるよりはな」
六十二年前にはそこにあり、その後の地図から消え、前回の測量でも存在しなかった空間が、今はまた同じ場所にある。
新しい窪みができたのではない。
六十二年前の形が、もう一度現れたのかもしれなかった。




