第22話 もう一基だけ
消えた導灯の横を通り過ぎてからも、道はしばらく一本のままだった。六人は急がず、ハルトが白墨で残す印を確かめながら進んでいく。先ほど裂牙犬と戦った場所から離れるにつれて、床に残る人の痕跡は少なくなり、最初に見つけた足跡もほとんど分からなくなっていた。
代わりに、導灯だけは途切れなかった。間隔は一定ではなく、百歩ほど何もない場所もあれば、短い距離に二基並んでいるところもある。ただ、どれも番号札がなく、灯っているものと消えているものが混ざっていた。
管理院のものによく似ている。なのに、記録にはない。
ルアンは三基目の消えた導灯の前で足を止めた。
「また止まるの?」
「ちょっとだけ」
しゃがみ込み、外殻越しに中を見る。魔石は入っており、壊れた様子もない。さっきのものと同じだった。
「これも少し残ってる」
「魔力か?」
「はい。ただ……」
ルアンは顔を近づけた。見えるわけではないが、導灯を毎日触っているうちに、魔石の中に残っている魔力の濃さや流れは以前よりずっと分かるようになっていた。完全に消えた魔石は、冷えた水のように静かだ。今目の前にあるものは違い、ほんの少しだけ一方向へ偏っている。
「さっきのと同じです」
「何が?」
「残ってる魔力が、片側に寄ってます」
ハルトが外殻を覗き込む。
「俺には分からんな」
「僕も、はっきり分かるわけじゃないんですけど」
ルアンは灯りの左右へ手をかざした。触れてはいない。それでも右側のほうが、わずかに濃く感じる。
「こっちです」
「何がこっち?」
「魔力が」
セインに聞かれ、ルアンは少し言葉を選んだ。
「流れてるのか、引っ張られてるのかは分からない。でも、さっきの灯りも同じ向きに残ってた気がする」
“分からないことに名前をつけるな。”
以前に教えられた言葉を思い出し、言い切るのは避けた。
ハルトの表情が変わった。
「向きまで覚えてるのか?」
「何となくです。でも、確認はできます」
地図を広げても、今いる道そのものは載っていない。それでも方角は分かる。ルアンが示した方向は南西で、中層詰所がある方角にも近かった。
「偶然かもな」
「はい、そうかもしれません」
それでも、少し前まではなかった情報だった。道は分からず、地図も使えない。それでも導灯に残った魔力には、向きがあるかもしれない。
六人はさらに進んだ。次に見つかった灯りは点いていたが、光は弱い。ルアンはそこでも外から魔力の状態を確かめた。
「どう?」
「こっちも同じ」
また南西側だった。今度は、さっきより少し自信があった。
ハルトもすぐには歩き出さず、灯りと周囲を見比べる。
「導灯って、地面から魔力取ってるんだよな」
「補助だけね」
「じゃあ、その魔力が同じ方に流れてるなら、そっちに何かある?」
「あるかもしれない」
ルアンは考えながら答えた。
「普通の導灯なら、地面から来た魔力は中で散るんだ。片側だけに残ることはあまりない。でも、ここにあるのは全部そうなってる」
「その先に、別の導灯がある可能性は?」
「あると思います。強い流れにつながってるなら、もっと出力が安定してる灯りがあるかも」
もし管理院が把握している系統につながっているなら、その先に人の使っている道があるかもしれない。断定はできないが、何も手がかりがなかった少し前よりは、ずっとましだった。
「追うか」
ハルトが決めた。
六人は、導灯に残る魔力の向きを確かめながら進むことになった。それから二基、三基と見つかった灯りは、すべて同じ方向へ魔力が偏っていた。少しずつ角度は変わるものの、全体としては南西へ寄っている。
ルアンは歩きながら、地図の代わりになるものを見つけたような気持ちになっていた。紙に線はない。それでも灯りには流れが残っていて、消えているものまでが進む方向を教えているように思える。
「嬉しそうだな」
「そう見える?」
「ちょっと」
「帰れるかもしれないから」
「それだけ?」
「それ以外に何があるの」
セインは少し笑った。
「いや、こういうの好きそうだから」
「こういうの?」
「分かんなかったものが分かるやつ」
ルアンは少し考えた。
「……好きかも」
「ほら」
「二人とも前見て」
「見てる」
「セインは見てない」
「見てるって」
言い返した直後、セインは床の小さな段差につまずいた。ミレーナは何も言わなかったが、その顔だけで十分だった。
さらに進むと、通路が二つに分かれた。左は今までと同じくらいの幅があり、右は人一人が通るのがやっとの狭さだった。天井も低く、セインなら少し身体をかがめなければならない。
ハルトが周囲を見る。白墨の古い印はなく、足跡もほとんど残っていない。
「どっち?」
ルアンは近くの導灯へ寄った。外殻の中には弱い光が残っており、少し集中すると、魔力の偏りが今まで以上にはっきり分かる。
「狭い方です」
「確かか?」
「今までで一番分かりやすいです」
左側にはほとんど残っていない。右側へ引かれるように、魔力が偏っている。
ミレーナが狭い通路の入口へしゃがみ込んだ。
「人は通ってる」
「最近?」
「たぶん。ここ、擦れてる」
壁際の砂に細い筋がついている。荷物か靴が触れた跡のようだった。
セインが槍を持ったまま入口を覗く。
「行けそうじゃん」
「お前、その槍で入る気か?」
ハルトが言うと、セインは槍を横にしてみた。当然、入らない。
「置いてけば」
「探索者が武器置いて知らない道に入るな」
「灯守みたいなこと言う」
「俺は灯守だ」
今度はミレーナが笑った。
少しだけ空気は緩んだが、誰もすぐには狭い道へ入らなかった。ハルトが携帯灯を差し込むと、十歩ほど先で通路は右へ曲がっており、その向こうは見えない。
「今日はここまでにして戻る?」
探索者の一人が言った。
誰もすぐには答えなかった。戻ると言っても、その先の既知の経路はすでに地図と違っている。白墨を追えば今いる場所までは戻ることができても、そこから詰所へ帰れる保証はなかった。
ハルトも同じことを考えているらしい。
「灯りの流れは、こっちなんだな」
「はい」
「この中に導灯があったら分かるか?」
「たぶん」
「距離は?」
「分かりません」
ミレーナは入口の壁を触らずに観察した。
「崩れそうには見えない。水も流れてないし、魔物の爪痕もない」
「だから安全とは限らん」
「分かってます」
セインが槍を壁へ立てかけた。
「じゃあ俺が見てくる」
「お前が行って何を見る」
「道」
「それなら誰でも見える」
「魔物がいたら俺が一番強い」
それは、たぶん正しかった。少なくともここにいる六人の中では、戦闘ならセインが一番強い。
ルアンもそう思った。それでも、導灯に残る魔力の偏りを確かめるなら話は別だった。通路の先に灯りがあったとしても、それだけでは帰り道につながっているか判断できない。
「僕が行きます」
「何で?」
「導灯を見るなら、僕の方が分かるから」
「でも魔物いたら?」
「戻る」
「戻れなかったら?」
「……その時は困る」
「いや、困るじゃないだろ」
自分でも、今の答えがよくなかったことくらいは分かった。それでも、導灯があるかどうかだけでなく、その中に残った魔力まで確かめるのなら、自分が行くのが一番早いという考えは変わらなかった。
「一人では行かせない」
ハルトの返事は当然だった。
ルアンは入口を見る。二人で入れば、前の者が止まった時に後ろも動けなくなる。途中で魔物が出てもセインの槍はまともに振るえず、ミレーナなら通れるとしても導灯の状態までは分からない。狭い通路そのものが、自分一人で確かめに行く理由を増やしているように思えた。
「じゃあ、入口から見える範囲だけ。曲がり角まで行って、先に灯りがあるかだけ見ます」
「曲がったら入口から見えなくなる」
「すぐ戻ります」
「それを一人で行くって言うんだよ」
ハルトの言うことは正しかった。だからルアンも、すぐには言い返せなかった。
ただ、ここまで導灯の魔力を追ってきたことで、帰路につながるかもしれない手がかりが初めて見つかっている。それを確かめられるのは自分であり、しかも狭い道は大人数で進むのに向いていない。さらに先ほどの戦いでは、魔力を十三秒まで通し続けることができた。危険があればすぐ引き返せばいいし、もし何かあっても以前よりは動ける。
一つずつ考えれば、どれも間違ってはいないように思えた。
「僕が分かることなんです」
気づくと、そう言っていた。
ハルトがルアンを見る。
「だから?」
「だから、僕が見た方がいい」
少しだけ沈黙があった。
セインが先に口を開く。
「俺の方が強いよ」
「知ってる」
「何か出たら、俺の方が役に立つ」
「うん」
「じゃあ俺でよくない?」
「導灯を見るなら、僕の方が分かる」
セインはしばらく何も言わなかった。
ルアンも譲らなかった。自分の方が強いとは思っていないし、一人で何でもできるとも思っていない。むしろ、できないことの方が多い。それでも、自分にしか分からないものがあるなら、自分がやるべきだという考えは、ルアンにとってずっと自然なものだった。
ハルトが長く息を吐いた。
「三十歩までだ」
「はい」
「曲がり角を越えても、三十歩。導灯が見えなかったら戻る。何か見えても勝手に近づくな」
「はい」
「声が届く範囲から出るな」
「はい」
「異常があったら、調べる前に戻る」
「はい」
何度も返事をするルアンへ、ハルトは念を押した。
「英雄ごっこするなよ」
「しません」
「十三秒使う前に戻れよ」
「分かってる」
「お前、分かってる時ほど怪しいな」
「何それ」
ミレーナが携帯灯を一本差し出した。
「落とさないで」
「ありがとう」
「あと、壁触らないで」
「うん」
「床もちゃんと見て」
「うん」
「知らないもの拾わないで」
「子供じゃないって」
「銀貨十二枚」
そこで言う意味は分からなかった。それでも少しだけ笑えたことで、狭い通路の向こうに感じていた嫌な緊張もわずかに薄れた。
ルアンは工具袋を軽くし、短剣と携帯灯、小さな測定器だけを腰へ残した。背負っていた予備部品はハルトに預け、身体を横にするようにして狭い入口へ入っていく。
入口からの光はまだ背中に届いていた。壁と壁の間には思っていたより余裕があり、十五歩ほど進むと最初の曲がり角へ着いた。
「ルアン」
「聞こえてる」
「返事早いな」
「返事しろって言われたから」
曲がり角から先を覗くと、道はさらに奥へ続いていた。右へ曲がった先は少し広くなっており、その奥に青白い光が浮かんでいる。
導灯だった。
「あります!」
「見えるだけにしろ!」
ハルトの声は、まだはっきり届いた。
ルアンはその場から灯りを観察した。番号札はなく、光も弱い。距離は十数歩ほどしかなく、ハルトから許された三十歩の範囲には十分収まっている。
けれど、ここから分かるのは灯りが存在することだけだった。魔力の偏りまで確かめなければ、今まで追ってきた流れと同じものかどうかは分からない。
「灯り、点いてます!」
「分かった。戻れ!」
返事はすぐに来た。
戻るつもりで、ルアンはもう一度だけ導灯を見た。その時、青白い光が大きく揺れ、一度弱くなったあとで元の明るさへ戻った。
単に出力が落ちたのとは違う。これまで見てきた導灯と同じように、内部の魔力が一方向へ引かれた時の動きに見えた。
ほんの十数歩。
そこまで行って確かめ、すぐに戻るだけなら大丈夫だろう。魔物の気配もなく、道が崩れている様子もない。ハルトから離れる距離もほとんど増えない。
ルアンはそう考え、導灯の前まで進んだ。
外殻には触れず、内部の魔力だけを確かめる。
予想は合っていた。
今までよりもはっきりと、魔力が片側へ寄っている。その方向は、さらに通路の奥だった。
「ルアン!」
後ろから声が響く。
「大丈夫!」
怪我もなく、魔物もいない。まだ声も届いているのだから、嘘ではなかった。
ただ、顔を上げると、その先の通路はもう一度曲がっていた。曲がり角の向こうから、ごくかすかな青白い光が見えている。
もう一基、導灯がある。
あそこまで行けば、流れが同じか確かめられる。二基続けて同じ方向へ魔力が寄っているなら、今追っているものが偶然ではない可能性はさらに高くなる。
本当なら、ここで戻って報告するべきだった。
けれど次の灯りは近く見え、ここまで危険らしいものもない。自分一人なら身軽に動けるし、何か起きても以前よりは動ける。何より、導灯のことなら自分が一番分かる。
一つずつなら、どれも完全に間違った考えではなかった。
だからこそ、それらが全部同じ方向を向いた時、もう少しだけ先へ進む方が正しいように思えた。
「もう一つ、灯りが見えます!」
少し遅れて、ハルトの声が返ってきた。
「戻れ! それ以上行くな!」
今度は命令だった。
声ははっきり聞こえている。戻るべきだということも分かっている。それでも、曲がり角の先に見える灯りは近く、自分ならその意味を確かめられるという感覚の方が、少しずつ強くなっていた。
ルアンは振り返る。
曲がり角の向こうに、もう仲間たちの姿は見えない。
「もう一基だけ見ます!」
返事を待たず、携帯灯を握り直した。
ルアンは奥へ進んだ。
一人で。




