code06:vision05 蒼い部屋から①
また月がのぞいていた。
今夜見た、どの月よりも大きく見える。
部屋じゅうが蒼い光で満たされていた。
カーテンが青いからではないだろう。
高桐に引かれて入ったドア。
中は、寝室になっていた。
大きめの木製ベッドと、クローゼット。
奥にもうひとつ、別の扉が見える。
三朝を入れて、ドアを閉じた高桐は。
ベッドに近づき、三朝をそこへ座らせる。
自分も端に、ゆっくり腰を落ち着けて。
繋いでいた手を、今度は両手で包み込んだ。
職務でなく、感じる手のひら、伝わる熱。
――手を置いた膝が触れあう。
こんなに近くで向き合うのは、初めてだった。
「立樹」
小さいが、芯のある声。
「怖いか」
伏し目がちに、視線を落として、問う。
「ずっと……怖がってるように見えた、立樹は……
今日だけじゃなく」
包まれた手に吸い寄せられる。
ここに来るまでの緊張が、溶けていた。
「俺が怖いんじゃないのは分かってる。
……進むのが、怖いんだろ?」
ゆっくり視線を上げた。
うつむく高桐の目の色が、優しい。
「知ってる。立樹の気持ちは。
立樹だって、気づいてたはずだ。……もう、ずっと前から」
出会ってからの様々な光景が。
スライドで流れ始めた。
「正直に言えば、
最初に会った時……あの日から……覚えてるだろ?
立樹が下について、自覚した。
隠そうと思ったことも、実はない」
高桐も同じ画を浮かべているだろうか。
最初に会った時。
初めて研修に行った日。
三朝は凝視し、高桐はすぐ目を逸らした。
一か月後の、旭川の帰りの車内。
指導についてからの日々。
半年とは思えない濃度の、いろんな出来事。
花火大会、射撃場、雪山、宝石強盗――
道警本部の休憩室。
最終日――休憩室での一件から、あと。
1年4カ月、連絡も取らなかった。
「立樹が帰る時、ちゃんと話せてたら……
それきりにしたから。そこは悪いと思ってる」
静かに言う高桐に、小さく首を振った。
高桐が謝る事では、けして無かった。
「異動の前、
立樹がどんな状況だったかも、ある程度は聞いてたよ。
専門家講習の途中だったって事も。
それが終わるまで来ないだろうなと思った。
うちへ来るって事は、専門知識も必要って事だからな」
半分驚き、半分納得して聞いていた。
医局が併設されているJPOでは。
経験豊富な医師と連携して捜査に当たる。
専門家から学べる機会を逃したくなかった。
高桐は、ちゃんと察してくれていた。
「ただ……
やっぱりそれだけじゃ無い、って会って分かった。
立樹は逃げてるんじゃない、怖いのかって……
ちょっと揺さぶると反応する。及び腰じゃなく、息を飲む。
仕事上の悪い癖だけど……見てれば分かったから」
流れようとする視線を、押しとどめた。
本当に敵わない相手だと思う。
「だから……言わない方が今はいいな、って。
立樹が慣れるまで……思い出してくれるまで」
水面をたたえた目が、深淵に。
高桐は、ゆっくり三朝の目を捉えた。
「それをアリアで見たと思った。ごめん……止められなかった」
三朝が言いかけた、『だって』のあと。
高桐には容易に伝わったのだろう。
「話せるなら言って欲しい。何がそこまで怖いか、を」
深淵を見つめて、三朝は。
自分の目は、どんなだろうかと思った。
揺らぎ、迷って、ようやく言葉を出せた。
「……高桐さんなら……分かるんじゃないですか」
正直な、感想、に近いものだった。
高桐の影が、少しだけ濃くなる。
「……かも知れないけど、俺が言うのはな」
「やっぱり」
1ミリだけ、笑みがこぼれていた。
敵わないことが、なぜか嬉しくもある。
誇らしいような、不思議な気持ち。
「私も同じです。はじめて見た時から……
旭川まで来ていただいて……
指導についてからは怖くなりました。止まらなくて」
蓋も重石も、功を奏さなかった。
はっきりしていたことだった。
「そこ、なんだよな」
高桐が、包む手を少し強める。
一瞬、迷いを見せて、三朝を見た。
「……止める必要、あった?」
瞬いて、高桐を見つめていた。
たがいの認識の落差を確かめる前に。
言葉が突いて出ていた。
「だって……」
「うん」
「高桐さんは上官で」
「そうだけど」
「私は研修生で……研修生が、指導上官に」
「……まあ、対外的にはな」
そこで高桐がゆっくり瞬きをして。
「それだけじゃ……ないだろ?」
その澄んだ目を、こちらに向けた。
深淵が、少し翳っている。
聴取室で、よく見た、あの目。
これまで堕ちた、被疑者たちの顔が浮かぶ。
こういう心理で、話してしまうのか。
2年越しになる、この質問――。
「高桐さんは……」
「うん」
「どなたか……
相手の方が、いるんじゃないですか……?」
『LOVERSコード』および関連作品に掲載されている文章・画像・動画・ロゴ・キャラクター・設定等の権利は、作者・蒼貴みかげに帰属します。




