code06:vision05 蒼い部屋から②
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目の翳りが『思考停止』に変わった。
すこし瞬いてから、小さく笑う。
「あれか、道警本部の」
「噂というより、聞きました。見た、という人から……」
おなじ部署の先輩の話だった。
地元のスーパーで、女性と買い物をする。
そういう高桐を目撃した――という、話。
研修が始まってすぐ、聞かされていた。
高桐は、笑った目のまま、続ける。
「ほかには」
「……え?」
「ほかにはないのか。まとめて答えようかと」
今度は三朝が目を瞬く番だった。
否定も、肯定も、しない……。
「わかるよ。上官だから、女がいるなら。
立樹の場合は、とくに……止める理由になったんだろうな。
けど『怖がること』じゃない」
薄い笑みは、やがて消えて。
奥の深淵が三朝を射抜く。
「知らなかったんだよな、立樹は」
「……何をですか?」
「再会すること」
……え?
「俺は知ってた。警視監に聞かされてたから」
突然、出てきた伯父の名前を。
三朝は、また処理できずに聞いた。
「研修先として、俺の所に送るからって。
東京でも世話になると思うが、
よろしく頼むって、立樹が来る前に言われてた。
もともと北海道へ行く前に、JPO入りも決まってたから。
組織が始動したら、立樹がまた部下になるって、
知ってたんだ」
はじめて聞く話だった。
言う機会なら、何度もあっただろうに。
伯父は話すつもりは無かったのだろう。
三朝には。
「だからな」
蒼い部屋に、堕ちた、声。
「あの時も……立樹にキスした」
研修最終日の、烙印。
消えなかった、薄い感触――。
「『またな』ってメールしたよな。
あんな場面だったけど……勢いだったわけじゃない」
ぱらっと。
何かの欠片が、剥がれ落ちた。
「そうだったんですね……」
「立樹にしたら分からないだろうから。
それで怖がらせたか、と思う事もあった」
また、小さく首を振った。
あの時、高桐が来てくれたからこそ――。
烙印は、確かな救いでもあった。
「だったら」
高桐の声が、再び一石のように、堕ちる。
「なんで、そこまで怖がるのか」
「…………」
「話はそこに、戻ってしまうな」
優しい色に戻った、高桐の目を。
三朝にすれば、いろいろある。
もはや本体がどれか、わからないほど。
「……どうする?」
包む手の力が、少し緩んでいた。
「俺は、立樹が怖いなら、進めない。
……少なくとも、いまは」
職務ではなく、初めて触れた手。
この手を……離す?
「ただ。これだけ言っておく」
ぐっと。
もう一度、両手を握りなおした。
強い視線を、向けた。
「俺は、立樹と始めないのは無理だから」
ガラッと、今度は大きく崩れ堕ちた。
ぱらぱらと積もっていた破片の上に。
「立樹を連れて帰って来て、ここまで話した。
止める理由も、俺にはない。
あとは立樹がどうしたいか……悪いけど、
実際、止められる自信もない」
逸らさない目を見つめて。
離したくない、と思ってしまった。
「それは……」
気配が、少しだけ動く。
「怖い、ですよ……」
「うん」
「恐れ多いですし……私なんかでいいのかって」
「それで?」
「相手の方がいるなら、なおさら」
「いないよ」
すぱっと。
高桐が切った言葉に、息を飲んだ。
「いない、立樹のほかには誰も。
ごめん、その見たって話は本当だけど。
一緒に住んでた相手がいて。
けど立樹が来る何か月も前に東京へ帰って。
それから会ってない。いま、どうしてるかも知らない。
完全に終わってる」
その言葉を、素直に受け取っていた。
人伝てなんて、こんなものか……。
「まとめて答えるって言って、
後回しになってたな。そういうことだから」
「はい……」
「だから今は、立樹のほかに、好きなヤツはいない」
大きな何かは、崩れて瓦解していた。
いま、確かに言った、高桐は。
「どうする? 立樹」
目を上げた。
「怖いで止まるか、一緒に進むか」
「…………」
「俺と居るか、このまま帰るか」
帰る――先。
この手を離して、行きつく先。
伝わる熱を、失った、明日。
「どうしたい?」
蒼い部屋に、限りなく優しく響いた。
ずっと封じ込めてきた自分。
高桐は、けして押し切らなかった。
「止めないで、いいんですか」
「いいよ」
「高桐さんと居ても……」
「いい。居て欲しい」
言い終わる頃には、すでに重なっていた。
熱い手で、しっかりと首元を抱き寄せ。
1年4か月ぶりの感触を、唇に受ける。
涙が流れそうだった。
「立樹」
手どころじゃない、全身に温もりを受けて。
今までにない耳元で、その声を聞いた。
「俺だって、怖かった。
言えなかったから。立樹だけじゃない」
長い、三朝の髪に顔をうずめて。
はじめて気づいていた。
結果、長い時間をかけてしまった。
「ごめんなさい……」
「いい。来てくれたから。
俺と居たいなら、それで――」
ふたたび唇が重なって。
割り入った舌を、熱ごと受け止めた。
肩からすべり込む手が、
カーディガンを、はらりと落とす。
外気にさらされた腕に、
蒼い月の、光の温度まで差すようで。
体が芯から熱くなった。
支えきれずに、両腕を掴むと。
重みをかけた高桐と一緒に倒れ込んだ。
慣れた手で、残りの服が取り払われる。
動きには一切の迷いもなかった。
あまりの手際が少し気になったが。
信じられない想いで、委ねていた。
好きになりすぎて、怖かった。
とめどない想いを、今夜、赦された。
これで、もし。
高桐を失う日が来たら。
その時、自分はもう立ち上がれない。
分かっていたが、それでもよかった。
それでもいい、とやっと思えた。
高桐の腕の中に自分がいる。
他ならぬ自分が。
なら、いまは――それだけでいい。
あふれる熱を体ごと受け止めながら。
三朝ははじめて、高桐に出会えた事を。
心の底から、感謝していた。
LOVERSコード1巻
―完―
LOVERSコード2ignite―北海道警研修編―へつづく




