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LOVERSコード  作者: 蒼貴みかげ


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code05:vision07 指導上官

 さきほど遠目に見た笑顔とは違う。

 厳しく、涼しい顔だった。


「どうかしたのか」


 ゆっくり背中を壁から離して、

 三朝の方へ向き直る。

 鋭い視線が、内情を伝えるようで。

 女性に向けていた視線と比べて、

 胸のざわめきが、痛みに変わった。


「いえ……すみません、お手洗いに」

「誰かいた、とかじゃないよな」


 通路の奥へ一瞬、目をやる。

 信用されないのは仕方なかった。

 嘘ではないが、すべてでもない。

 高桐相手に、通用するはずなかった。


「ほんとは」


 見下ろしている目を、わずかに細める。


「誰かに見られた気がしたんですが」

「……居なかった」

「はい」


 もう一度、通路の奥へ視線を流して。

 また三朝を見下ろした。


「白石には言ったのか」

「え、いえ……」


 そういえば制止する声を背中に聞いた。

 命令違反……ということだ。


「余裕もなかったって感じだな」

「……すみません」


 何かあると止められない性格を、

 少なくとも現場では出すな、と。

 昔、指導されたことを思い出した。


「変えられないのと、変わらないのは違う。

前にも言ったよな」


 高桐も、思い返したようだ。


「衝動で動く。性質を変えるのは難しい。

だから制御しろ。動くと分かってて、放置するな。

行動1つが現場を変える。

立樹も、周りにも、何かあってからじゃ遅い。

衝動に任せる前に、抑え込む。自分のクセへの対応策。

その変わる努力は続けろって」


 そっくりそのまま。

 あの時かけた迷惑を、くり返した。


「たしかに」


 高桐が息をつく。


「状況次第で言えない時もあるだろう。

けど、そういう時が一番危ない。

被害者はトイレ前で狙われている。

立樹だって客に見えるんだから、何がないとも限らないだろ。

取り返しのつかない事になったら、

一番に責任を感じるのは白石だ。

1人にするなって言ってあったんだからな」


 返す言葉もなかった。

 

「まだ経験不足かも知れない。

分かってて白石と立樹を投入した。

潜入捜査は難しい。事態がどう動くか予測できない。

バレたら命の危険すらある。判断は即時。

目立つ行動も取れない。

男に絡まれたって、ふり払うこともできないしな」


 その時。

 思わず高桐を見てしまった。


 そういう意味で、ないのは分かる。

 迷惑をかけ、少なからず現場を乱した。

 衝動だって、制御すら忘れて。


 だから、こうして諭される。

 後先考えず、危ういから。

 心配も……あるかも、知れない。

 それは職務上の、立場的な――。

 また女性と談笑していた姿がちらついた。


 1人にするなと言われたり。

 絡まれても対処できないと――。


「それは」


 釈然としない、その衝動を。

 また止められなかった。


「それは……

高桐さんみたいに、上手くは出来ませんが」


 高桐の目の色が、少し変わる。


「どういう意味だ」


「見習いですから。補佐って。

サポートですらありません。

潜入しても馴染めてないし、見てるのが精いっぱいで。

今夜は、もうちょっとで連れて行かれそうでした。

ちゃんと裁けなくて、倉橋さんや高桐さんみたいに」


「それで?」


「すごいですよ、お2人は。

経験の差だけじゃない、もっと……

白石さんが来てくれなかったら」


「その時は、こっちでどうにかした」


「自分では対処できないって事ですよね。

1人にするなって、そういう」


「それは」


「すみません、迷惑かけて。

読み切れませんでした。高桐さんみたいに」


「立樹」


「あんな、楽しそうに……

女の人としゃべってても、ちゃんと現場は見て――」


「いやだったか」


「そりゃイヤですよ! だって、た……」


 停止する、とはこういう事だろう。

 高桐を見ていたことも、意識の外で。

 視線の間を、きらめく埃が流れていく。

 気づいた時には、遅かった。


 射抜くような。

 目の奥まで刺し通すような視線で。

 高桐はまっすぐ三朝を見下ろしていた。

 目の奥以外、表情がないのが。

 かえって痛い――蒼い、あの火――。


 しばらく目を伏せることも出来ずに。

 唇が震えるのを、ようやく自覚した。

 高桐が何か言おうとする。

 その素振りを目にした時。


「ほんとなのー?」


 それは聴こえてきた。


「ほんと、ほんと。

この裏通りのさ、あるじゃん? 煌びやかな通り」


「ホテル街でしょ」


 トイレの方向から聴こえてくる。

 若い男女と思しき声。

 なんで、誰も居ないと思ったのに――。

 隠れていたのか?


「そうだけど。

一軒だけさ。あるんだよ、廃ビルが。そこがね」


「オーナーだっていうわけ?」


「そうそう。爺ちゃんから相続してさ。

で、知り合いが始めたんだ。おしゃれなバー」


「廃ビルで? 嘘くさいんだけど」


「いやいや、雰囲気あるよ。

薄暗ーい階段を上るとさ、ポッと看板の灯りがついてて。

小汚いドアを開けると、もう別世界」


「ふーん」


 まさかと思って聴いていたら。

 男女の声は、だんだんと近づいて。

 すぐそこの角まで迫った。

 背中に、突然、強い衝撃があり。


 三朝は、高桐に腕をつかまれ。

 壁に押しつけられていた。

 爪の食い込む、痛さよりも。

 息がかかりそうな――ゼロ距離射程。


「ね、行こうよ」


「でもなあ」


「で、そのあと、すぐ隣の……」


「は?」


「は?ってなに。むさぼり合っただろ、いま。あの陰で」


 隠れて……そういうことか。

 気づけなかった。


 目の前の、ほんとに目前の高桐は。

 冷たいくらいの流し目で、

 現れた男女の気配を探っていた。


 女性の方がばしっと男性を叩く音。


「もう、やめて。聞かれるでしょ」


「ったいな。お互いだろ、ほら」


「みたいだけど」


「いいから。行こう。俺、先に出てるから」


「えー」


「前で待ってる。荷物取ったら出て来て」


「じゃあ、ちょっとだけだよ」


「上等。なるべく早くね」


 真後ろを過ぎて、フロアの方へ。

 2人の姿が出口に消えると。


 壁から離れた高桐が。

 三朝の左手を強く握った。


「追うぞ」


 そのまま。

 急ぎ足ではなく歩きはじめる。

 ついて行くしかなかった。


『LOVERSコード』および関連作品に掲載されている文章・画像・動画・ロゴ・キャラクター・設定等の権利は、作者・蒼貴みかげに帰属します。

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