code04:vision09 リビングルーム
帰宅して、ソファに座り込んだ。
動けなくなり、そのまま半時間。
集合は夜9時、本部地下駐車場。
現在、夜7時半。
1時間後に支度をはじめる、と決めた。
ワンルームの部屋に物音はなかった。
灯りも付けるのを忘れている。
ただ床を見つめて、気力を抜いて。
引越しの日に、従弟が来て以来。
来客も、住んでいる本人すらも。
人気のない、ワンルーム。
伯父は、もっと広い部屋を勧めたが。
十分、正解だったと思っている。
あるのはソファとベッド、テーブルと。
生活雑貨に、ノートPCくらい。
支給品ではなく自前のPC。
司令室で、白石が同じ物を出した時は、
驚きを隠すのが精いっぱいだった。
ゲームするんだね、という会話は。
誰とでもするものではないと思う。
とくに、いまは。
ゲームのステッカーの事を気にしている。
もし白石も気づいていたら……。
本部では、言えない事も実は多くて。
気が張っているのだな、と帰ると分かる。
ただ。
家でこうして脱力し、目を閉じて浮かぶ。
その姿は、もう決まっていた。
再会して、もうすぐ1か月。
以前の空気に、すぐ戻れるとは、
思っても居なかった。
それは相手が高桐で。
そう振舞ってくれるからに他ならない。
変わらず秀逸で、変わらず優しい。
以前より、そして苦しくないのは――。
1年5カ月前の冬。
初任科研修が、終わりを告げた。
部署内でのあいさつを済ませ。
明日の昼には東京か……と。
三朝は最後に、道警本部の地下。
休憩室に足を運んでいた。
そこは研修中の定番の場所だった。
高桐の教えを聴く場所。
何度、一緒に来たか数えきれなかった。
いつもの紅茶を1人で買い、
無人の部屋でベンチに座り込んだ。
毎日、夜遅くまで一緒だった。
嘘みたいに離れ離れになる。
それが苦しくもあり、安堵でもあった。
膨れる気持に無理やり、蓋をして。
さらに重石を幾つも積んで。
限界まで、耐え凌いだ。その終焉だった。
おそらく伝わっていただろう。
それも会えなくなれば、なかったことに。
この先、もう交わることも――。
紅茶を飲んで、深く息をつき。
ドアが開いたので、ふり向いた。
最後に現れたのは、前の指導刑事だった。
「ごめん……」
たしか開口一番は、そんな言葉だった。
「俺のせいで、研修を台無しにしたと思う。悪かった」
堀口というその指導刑事は。
結局、研修期間中、三朝に絡んでいた。
班が変わって、指導者が高桐になっても。
何なら、高桐にまで突っかかって。
本気だ、というのは感じざるを得なかった。
その事を詫びてくれたのだと思っていた。
だからせめて、角が立たないよう返した。
「気にしないでください」
それが、とんでもない地雷になるなど。
「気にするな……?」
形相が変わるのに1秒もかからなかった。
語気まで荒げて、堀口が詰め寄った。
「そうかよ。さみしくないもんな、立樹は」
訳の分からないことを、喚きはじめて。
「帰ったって連絡取るんだろ?
好きだよな、高桐が。
またあいつの部下になって、東京で会って……
浮気だろうがお構いなしで、またよろしくやるんだろ!」
その数日前にも、堀口は責めていた。
あいつには女がいるんだぞ。
いいのかよ、あいつ……誰でもいいのか。
その時感じた嫌悪感が、
休憩室で最大限、三朝を襲った。
気がつくとベンチに押し倒されており。
堀口が。
咄嗟に理解できないものだ、と。
それは抵抗して押し返したが。
現役警官相手に、通用するはずもない。
訓練ですら勝てたことは一度もなかった。
三朝は、その堀口に圧し掛かられ。
力の限り羽交い絞めにされ。
顔を背けて、何とか回避したが。
どう足掻いても、やめてはもらえず。
いよいよ足の間を、足で割られ。
服に手が入りそうになる。
悔しいより恐怖で涙がこぼれる。
そこで、ふっと。
自分の身体が軽くなり。
どがっと、聞くだに痛そうな音がして。
怒鳴り声が、耳に飛び込んできた。
「お前、ここがどこだかわかってるのか!」
怒鳴った声は、高桐のもので。
起き上がると、堀口が床に転がっていた。
「立樹」
呼ぶ声が、聴こえたと思う。
高桐が駆け寄ってくれ。
それが本人だと、あらためて認識でき。
身体じゅうに震えが来て、視界が霞んだ。
涙が熱く、腕も何だか温かいと気づいて。
その時にはもう、唇が離れていた。
「悪い……」
何を言う暇もなかった。
直後、駆けつけた検証室のメンバーに、
三朝は医務へ連れて行かれ。
高桐は、堀口の対応に追われた。
翌日、届いた「またな」というメール。
悪いと呟いた、低い声。
錯乱状態でも、たしかに焼き付いた、
わずかな感触――。
外からのクラクションの音で我に返った。
着替えを探さないと、マズいじゃないか。
クローゼットを漁り、引っ張り出す。
薄手の白いトップスと、黒いパンツ。
あとロングカーデで、まあいいか。
着替えて、メイクし、整えた。
また高桐のもと、集合する。
変わらない、でも、どこか。
前より近く感じる、距離。
どう思っているんだろうか――。
パンプスも、棚の奥から引きずり出し。
痛んでないことを確認して。
最低限の荷物を持って、家を出た。
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